2008/4/18 | 投稿者: pdo

鳥居みゆきを見ていると、痛々しくて目をそむけたくなることがしばしばある。

今日の『誰でもピカソ』がまさにそうだった。

期待の若手芸人たちが大御所たけしの前でネタ見せするという、正月の『ガキの使い』と同じ趣旨の番組。

『ガキの使い』のときもヒヤヒヤしたが、今回もそれに負けないくらい厭な汗が出た。

結構受けていて、たけしにも好評だった髭男爵の次で、まずマサコネタが滑りまくり。あれ、客がいないのかな? と思うくらい笑いがなかった。

まあそれはいつものことだからいいとして、その後、たけしと今田と久本のいるテーブルでトークするというコーナーになったのだが、たけしからは冒頭に「困ったな、これ」「ドキュメンタリー番組みたいだな」と言われただけで、以後一切コメントなし。

どの芸人に対しても口数は少ないものの温かい言葉やアドバイスを与えていたたけしにしては異例の対応ぶり。しかも、今田や久本がいつもどおりの鳥居の支離滅裂な応答をフォローして場を盛り上げようとする中で、たけしだけは鳥居に背を向けるようにして仏頂面を保っていた。明らかに機嫌を損ねている様子に、今田もさすがに感想を振ることができなかった。

この収録は3月7日に行われたようで、その後新宿でライブがあったのだが、鳥居はそこで「誰ピカの収録でやらかして落ち込んでいた」と言っていたらしい。普通の芸人なら、たけしにあんな対応をされたら胃に穴が開くだろう。

その後の仕事ぶりを見る限り、1か月以上前のこの出来事はもう吹っ切れているようだが、鳥居にとってこれは『ガキの使い』以上の試練だったと思われる。

高田文夫はこの後のラジオで鳥居みゆきについて「小島とか鳥居は人を不快にさせる芸。あれが受ける理由がまったく理解できない。繰り返し流されることで視聴者が不感症になってしまうんだろう」という旨のコメントをしているが、たけしの感想もこれと大きく離れたものではないだろう。

正直、僕自身も、マサコネタしか知らなければ、ただの不快な芸人としか思わなかったに違いない。鳥居の魅力を知ることになったのは、ネット抜きにはありえなかった。だから、おそらくマサコの鳥居しか知らないたけしの反応もそんなに意外ではない(それにしても少し露骨すぎたような気がする。何か別に気に障ることがあったのだろうか)。

今回の番組、それから今日生放送で行われたGYAOの番組なんかを見て思うのは、ネタだけでなくトークでのマサコキャラも、そろそろ止めた方がいいんじゃないかということだ。

僕は、鳥居について一番最初に書いた記事の中で、「この子はキャラを作らなくても十分やっていける」と言った。もう、DVD発売を境に、支離滅裂さを演じるキャラを脱ぎ捨てて、素のトークでやっていけばいいんじゃないか。

素でもたぶん多少支離滅裂さは残るんじゃないかと思うが、普通にしようとして逸脱してしまうのと、意図的に逸脱するのでは与える印象が違う。僕にとっては前者の方が作為的でなくて魅力がある。一般の人にとってもおそらくそうだろう。

一言でいえば、今後も地上波に出続けるつもりなら、毒デンパのコラム程度の人格でやっていくべきだと思う。

(この稿つづく)
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