2005/11/5 | 投稿者: pdo

868 :通行人さん@無名タレント:2005/11/04(金) 20:44:20 ID:kGjxUp4c
「胎内」
新国での同舞台とはまた一味違う新鮮な物を見せてもらった。
今回の収穫はなんと言っても奥菜恵。
全く期待していなかっただけに予想外の出来の良さに驚愕。


869 :通行人さん@無名タレント:2005/11/04(金) 20:46:40 ID:kGjxUp4c
昭和初期の聞き慣れない語尾を伴う独特の語り口を、実に心地良く聞かせてくれ、
しかもあれだけ激しく動きながら、乱れることがなかった。
花岡(伊達)と言い争う場面など、”上手な演技を見せつけている”というより、
目の前で本当に男女が争っているかのように錯覚させ、強い緊迫感を感じさせた。

870 :通行人さん@無名タレント:2005/11/04(金) 20:48:24 ID:kGjxUp4c
閉じ込められて以降、性悪女から普通の女性だった頃の気持ちに帰っていく語り口の変化が絶妙。
文字通り胎内のテーマを具現。
絶望の後に精神的人間の再生といった一種の希望までも感じさせた。

871 :通行人さん@無名タレント:2005/11/04(金) 20:50:06 ID:kGjxUp4c
伊達暁、いかにも金の亡者と化した俗物をやや,振り切れがちながらも好演。

872 :通行人さん@無名タレント:2005/11/04(金) 20:51:14 ID:kGjxUp4c
長塚圭史、逆に彼が意外にも欲求不満気味。
もちろん、人間の本質を問う、この舞台の主旨に沿う熱演であったことに異論は無い。

873 :通行人さん@無名タレント:2005/11/04(金) 20:53:56 ID:JSeQjKtI
ただ、トーンが単調で世の中を諦めきった独白調の長い台詞を聞かせたのち、
ラストで「俺は人間が好きだなあ」と変わらぬ口調で言われても、”ちょっと信用できないね”という妙な違和感が残ってしまった。
奥菜の好演、伊達の熱演を感じただけに非常に惜しいと思った。

874 :通行人さん@無名タレント:2005/11/04(金) 21:04:47 ID:JSeQjKtI
「胎内」は全く笑いの無い重い舞台だったので、
昨今の軽い芝居に慣れてきた自分にとっては最初は実にとっつきにくかった。
しかし、こういう芝居こそ、思想が大きく変わりつつある今、改めて見る価値があるのだと思った。


876 :通行人さん@無名タレント:2005/11/04(金) 22:30:41 ID:o5yC2UZG
3人に比べたら長塚の演技はダメだったの?

877 :通行人さん@無名タレント:2005/11/04(金) 22:58:02 ID:/zaxRhTW
脚本に問題があるのでは?
佐山はもっと達観しているほうがしっくりいく。
なにかこう、あまりにもペシミスト的台詞が多すぎることなかった?

878 :通行人さん@無名タレント:2005/11/04(金) 23:03:53 ID:u/yuQBb4
長塚が少しオヤジになっていたのに時代の流れを・・・

879 :通行人さん@無名タレント:2005/11/04(金) 23:15:56 ID:2h3d7sxz
胎内の舞台装置ね、土かと思ったらあれプラスチックみたいなゴツゴツした硬い舞台なのね。
ところどころにあった水を浸み込ませた柔らかい場所。
転がる芝居は、あそこに飛び込んまないと怪我するんだってわかった。
しかし、10日間もあんなハードな芝居よく続けられたな。
奥菜ってタフ。

880 :通行人さん@無名タレント:2005/11/04(金) 23:23:04 ID:2h3d7sxz
>>876
ダメということは絶対に無いよ。長塚もいい芝居してた。
阿佐ヶ谷スパイダースの作品とは趣がかなり異なるから、戸惑う向きも多いだろう。

881 :通行人さん@無名タレント:2005/11/04(金) 23:29:30 ID:ISmjBvFf
>>872
長塚欲求不満ってどういう意味でいってんの?

882 :通行人さん@無名タレント:2005/11/05(土) 05:51:38 ID:4rckI3WO
>長塚の単調なトーン
というのは解釈の違いだよ。
銃も持たされずただ穴を掘るために召集された元インテリの諦観。
世の中の軽薄さに呆れ返ってしまったら、感情の起伏も無くなるんだよということだろう。

長塚が奥菜に「おまえはメスブタだ!!」と叫ぶとこは感慨深いぞ。
奥菜の離婚騒ぎはこの舞台のための宣伝じゃなかったのかなんてね。
不思議に奥菜が好きになったよ。皮肉じゃなくて。

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2005/11/3 | 投稿者: pdo


下のブログ・レビューを読む限り、『胎内』での奥菜の評判は上々のようで、喜ばしい限り。

しかし、僕自身は見ていないので断言はできないが、今回はキャラクターに助けられた面もあったのではないか。つまり、奥菜にとってやりやすい役であると同時に、観客にとっては感情移入しやすい役だったのでは。

男優の評価がいまいちなのと好対照である原因はそのへんにあるのでは。

ともあれ、女優として一つのステップを確実に上がったと思う。

おめでとう。
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2005/11/2 | 投稿者: pdo

個人的には特に期待していなかった奥菜恵が見事に昭和の女で素敵だった!「〜しているの」を「〜しておるの」と言ったり、「〜ではなくて?」と言うような、昭和初期の女子(女史?)独特の言葉がわざとらしくなくむしろ気持ちよかった。昼ドラとか合うんじゃないかしら。時代物の連続テレビ小説(NHK)とか。でも大きな目は舞台映えしますね。背は低いけど、それを補って余りある瞳でした。

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きちんと村子の複雑さを表現しきっていた奥菜さんにも(それも3人中唯一右脳で分かってる感じだった)感心しきりだったんだけど、今回は長塚さんがこんな熱い演技できるんだ!とビックリしたのがいちばんの収穫です。・・・
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かなり難しいモチーフでしたが、長塚さん、伊達さん、奥菜さんの絶妙な演技に、鈴木勝秀さんの演出が相まって完成度の高い芝居へと昇華されていたような気がします。

また円形劇場という特殊な空間と暗転を効果的に使った演出も、防空壕の閉塞感みたいなものを芝居の登場人物と観客が共有でき、とてもよかったと思いました。
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奥菜恵は意外にもはまってましたが、男優勢は言葉を生かしきれてない印象。
3人が閉鎖的空間でどんどん追い詰められていくさまなどは、一番の見せ場であるはずなのに、言葉に振り回されて三好十郎の書いた言葉が伝わってこない感じがしました。
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こどもの城開館20周年記念、青山円形劇場 + ゴーチ・ブラザーズ共同プロデュース公演である。まあ、そんなこったどうでもよい。奥菜恵、長塚圭史、伊達暁の3人芝居であることを見ればわかるように、この芝居の目的の7割は奥菜恵なのであって、残りの3割は阿佐ヶ谷スパイダースのファンである(ような気がする)。実際に劇場に足を運んでいたのは女性が多かったので、比率は逆なのかもしれないが、少なくともぼくの関心は7割方奥菜恵にあった。

何も最初からそう考えていたわけではない。そうでも思わなければ、この芝居に6000円も払ったことに納得がいかないからである。確かに奥菜恵は(そんなに好きではない―ぼくは目の大きな人が苦手である―のだが、それでも)キレイだったし、ちょっと好きになった。3列目(近いときで2、3メートルの距離のところ)で見れたのもよかった。阿佐ヶ谷の2俳優(俳優?)に疲れが見えた(伊達は序盤から噛み噛み)千秋楽前日でも、奥菜は最低限のことはこなしていたと思う。

しかしながら、それ以上のものではない。厳しく言えば演劇ではない。というのは、演出に主張がないように感じられてしまうためだ。「騙る=語るとは、観客の身体的気分を一定の方向に誘導し、騙すことである」と鈴木忠志が言ったように、演劇的想像力がその力を発揮するためには、意味ではなくある種のリズムみたいなものが、観客を同化させるということが必要である。しかし、この舞台には、そのような「リズム」をもって観客の身体に訴えかけようとしているとは到底思えなかった。

とにかく、声の出し方ひとつ取ってみても、動きのスピードや位置にしても、間の取り方にしても、合っていないのである。3人の身体のリズムはちぐはぐで、一定のリズムがないから、そこに観客が引き込まれているということがない。阿佐ヶ谷スパイダースの芝居は観たことがないし、今後も見ることはないかもしれないが、客演中心のこの劇団であれば、いっそうの努力をしない限り、やばいと思う。努力というか客を「一定の方向に誘導」しないと、観客の身体は非常に疲れてしまうのである。

結果として、非常に肩が凝った。連れは、同様に「お尻が痛くなる椅子だった」と言っていたが、つまるところ「お尻が痛くなる芝居だった」ということである。寺田透は「よい演劇を観た後はマッサージにあった後のようだ」と評したが、それに準拠すれば、非常に下手なマッサージにあってしまったのだ、今日は。不運としか言いようが無い。揉み返しがきても文句は言えない。しかしこうすることはできる。二度と長塚圭司の芝居は観ないと(注:ただしこの芝居の演出は後で確認したところ長塚ではなく鈴木勝秀)。

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奥菜恵、長塚圭史、伊達暁という若い役者3人では、とてもじゃないけどリアリティなんか出せないし、セリフに説得力がないから確かに荷が重かったですね〜。
特に男性2人は、カツゼツのせいなのか、セリフがちゃんと身体に入ってないからなのか、何を言っているのかわからないセリフが多く。
そういう意味では、奥菜さんはちゃんと聞こえた。
あ、でもセリフの内容の問題もあるかも。
男性2人のしゃべる言葉が、観念的なことが多かったから、私には難解だったのかも。
奥菜さん演じる村子が一番、一般人的な立場、反応をする役だから、セリフも共感しやすいしね。

まぁ、でも、巷の酷評の嵐で予想していたよりはよかったですよ。
少なくとも上演した意味はあったと思うし。
伝えたいことは、ちゃんと伝わってきましたしね。
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奥菜恵は良かったです.もともと好きな女優なので贔屓目にはなるだろうけれど、彼女の台詞にはリアリティーがある.それでいて舞台を客観的に俯瞰しているので、のめりこむ演技の時でもバラバラにならない.この芝居では彼女が空間を支配していた感すらあった.

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Eブロック右端席での観劇。役者さん達の芝居を自分の右側、手を伸ばせば届く距離で観るというなんとも不思議な感覚でした。戦時中に掘られた防空壕という舞台が円形劇場だからこそリアルに感じられて、そして防空壕の壁を担っているのは客席で、それが不自然じゃないのがまた不思議。


伊達さんの芝居はどうも鼻につく感じが拭えなかったんですが、実はそれが花岡という男の最大の特徴なんだなと気づいたのが、いよいよココから出られないと理解した花岡の本性が現れ情けなく助けを乞う場面。
金や受け売りの言葉といった表面的な”力”で自分を大きく見せようとする花岡と、自分の内面に自分の言葉で”観念”を見いだす事が出来る佐山。佐山が「自分のほうが強い」と言ったのはそういう意味かな。二人が対峙した時の、花岡のピストルと佐山のナイフという互いの”武器”にもそれぞれの人間性が出ていたのかも。

花岡も佐山も、精神が極限に達しようとしたときに村子を犯したい(佐山の場合「子を作りたい」という表現ですが)という衝動に駆られてしまったのは、生きることに”女”という性は常に隣り合わせだということなのかなあ。そして村子が言う「からだとこころは違う」という言葉に、女という性は、愛という感情とは別に、男を受け入れ子を成し生むための”器”なんだと言っているような気がしました。

場面転換のたびに聞こえる”胎動”は、それぞれが新たに”生まれ”る為に足掻いている音でしょうか。生きる事を放棄した花岡の静けさと、生まれ変わった自分に安堵する佐山が最後に村子の子宮に頬を寄せる終演に、諦めと救いが入り交じったような複雑な思いでした。
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奥菜さんは、『ドント・トラスト・オーバー30』で初めて観た。小柄な人なのに舞台上の存在感、すごくあると思ったけど、今日もやっぱりそう思った。
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さて本日は有休を取って、青山円形劇場に『胎内』見に行ってきました。
いや〜久々に芝居らしい芝居を見た気がしましたね。


出演者の長塚圭史、伊達暁、奥菜恵の技量もさることながら、ホンが凄いと
思ったのは久々でした;
おそらくは台本4〜5ページにわたるようなモノローグがどの役者にも頻繁に
あるのですが、役者の力量もあるとして、それが圧倒的な迫力なんですよ。


作者の言霊が一句一句に詰まっているというか何と言うか。
…なんだかもう見ていて息苦しいくらいの重みと吸引力といいますか、
目、離せませんでしたね〜(--;)
あの台詞は長さだけでなく内容も、役者の方も演じていて真剣勝負だと思います。
いや阿佐ヶ谷スパイダースは怖いよと聞いてましたが、本当に怖かった。
内容がホラーであるとか猟奇的だとか、そんな判りやすい「怖さ」じゃないですよ?
こう、心の奥底を覗き込まれるような、生理的な怖さ。
見たくないのに目を離せない怖いもの見たさというか、実際安易に目を反らすことを
許してもらえない感じなんですよね。なんだか

「お前はもうここに足を突っ込んだんだ。どこにも逃げられやしないぞ」

と後ろから拘束されてるような気分にされました。

突然突きつけられるのではなく、じわじわと気付かぬうちに絡め取られる怖さとでも
言うのか…、蜘蛛の糸や真綿でゆっくりと、じわりと締め上げられるような…。


そんな作品世界に配置された、若いとはいえ巧者な俳優陣三人も圧巻でした。
いやはや、長塚さんの狂気と伊達さんのケレン味、女そのものの奥菜さんと、その
配役も実に見事なものでした!
平日でしたが有休使っても行った甲斐がありましたね〜。


初・阿佐ヶ谷スパイダースの芝居でしたが、次の公演も見たいと思わされました。
最近の半端にエンターティメントな空気は一切許さない、妥協の無い芝居ですよ。
戯曲として書かれたもののようですが、映画にも向いているかもしれないです。
内容としては文芸作品の括りにされてしまうかもしれないですが、単なる文芸作品で
収まらない、ヒューマニズムの本質抉った内容だと思います。


演出家の鈴木秀勝さんって、以前條井英介さんの『欲望という名の電車』や、
今年の大沢たかおさんと長塚京三さんの『ディファイルド』でも気になっては
いたんですが、これはかなり要チェックな人物かも知れません。
本日で私のチェック名簿上位ランクインですよ(笑)これから気をつけねば〜!!


さて今日の公演、劇場にテレビカメラが入ってまして、期日は判らないんですが
NHK−BS2で放送があるようです。
私も放送されたら録画必須ですね〜!多分日曜の深夜になると思うんですが。
BS2ってよく日曜の深夜に演劇舞台の放送あるんですよ、先週もオセロ松嶋出演の
劇団ダンダンブエノの舞台やっていたし。
だいたい各公演後、一ヶ月から二ヶ月後に放送されてるみたいですね。
興味のある方は要エアチェック!しましょう。
そして阿佐ヶ谷スパイダースも来年2月の公演が決定しているようで、時代劇です〜。
長塚さん伊達さんご出演で、なんと橋本じゅんさん、猫背椿さんと真木ようこさんも!
作・演出長塚圭史さんによる『桜飛沫』、場所は世田谷パブリックシアターだそうです。
みなさん要チェックですよ〜ん(^□^)bフフフ♪

それにしても奥菜恵さん、「女」を演じさせたらさすがの存在感ですなぁ…(溜息)
華奢で小さくて可愛い人なのに、あの立ち昇るようなオーラ…いや凄い女優さんです…。
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奥菜恵を最前列で観た。
いい女優だなぁ〜。
目の前、50センチで寝ているシーン等があり大満足。
彼女の存在感を楽しんだよ。
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生奥菜は彫刻のように美しかった〜。
内容は・・・設定が洞窟のようなあなぐらの中で、全体的に暗かったので意識がとびとびに。
ていうかほぼ飛んでました。ここちよいくらい。
それにしても洞窟に閉じ込められた3人のテンションが異様に高い。
ああいう性格の設定? 閉じ込められるとあんな感じ? それとも舞台だから?
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