Non-Cinema

2017/3/5 | 投稿者: pdo

ここ数年の間に、タイは次第に政治的な無秩序状態に陥ろうとしている。わたしは密かに、この国が滅びることを望んでいる。一度、みずからを破壊することによって、わたしたちは異なる存在へと変化し、新たに生まれ変わることができる――これは、ごく自然なことではないだろうか?



『アピチャッポン・ウィーラセタクン ──光と記憶のアーティスト』(夏目深雪, 金子遊編、フィルムアート社)を購入。

ヴォリュームのある本で、読み終えるにはしばらくかかりそうだが、興味深い論考が揃っている。

従来の映画の文脈とは異質な実験的試みをする監督として、「アピチャッポン・ウィーラセタクンはわれわれの時代のジャン=リュック・ゴダールである」と形容する人もいる(このフレーズはまさにこの本の冒頭に出てくる)。

僕はゴダールの映画は一本も見たことがないので(学生の頃『勝手にしやがれ』を観た記憶があるが中身は全く覚えていない)、この喩えが適切なものかどうかは分からない。

しかし、彼の映画は映画というよりも、実験的な映像を組み合わせている(そういうのを「ビデオ・インスタレーション」というのだとこの本で知った)アート作品を見せられているという印象を受けることは確か。その一方で物語性がまったく無いわけではない。

最新長編映画『光りの墓』などに顕著な、物語内容と絡み合わない風景ショットの過剰な挿入、カメラの物理的制限を無視した突然の異物の映像、ついには観客の五感を逸脱した非人間的な目の存在、といった要素。

こういうものを説明するのに、Non-Cinemaという概念が提唱されているのだと知った。

What is non-cinema ? By William Brown(英文記事デス)

もちろん彼の映画はこういう概念では説明しきれない豊饒さとユーモアと「得体の知れないもの」に充ちている。

アピチャッポンは映画監督であると同時に、現代美術のアーティストとしてギャラリーや美術館で作品を発表する。先月日本でも上演された舞台「フィーバー・ルーム」の制作者でもある(この舞台も特殊な体験を喚起するユニークなものだったようで、今回観に行けなかったことが悔やまれる)。

タイといえば、映画『バンコク・ナイツ』も今テアトル新宿で公開中だ。テイストはかなり違うだろうが、見てみたい一本である。

一緒に買ったこれはゆっくり読もうっと。


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