2010/6/29  やっぱり私がおかしいのかなー?  姑ネタ

前回のつづき。

週末、久しぶりに姑宅へ行った。

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なんと読む?

どう見てもヌローミ、またはマローミよね?







中身を見ると


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それはマリーム!!

笑、じゃなくて衝撃だった。
これって「惜しい!!」って言うところなのか??しばし自問自答して、とりあえず写真に収めた。(また「ここ変」ネタげっと〜)

姑さま、一応は短大をお出になっているはずなのだが・・・(しかし何を勉強していたかは理解していない、説明もできない)
さらにビックリ!なのは、これを見て姑さまは「マリーム」って読んだんだよ。

前回の記事のコメントで小学校低学年並みの残念度と言ったけれど、
確実に残念度はアップしているように思う。

それでもやっぱりそう思う私がおかしいんだろうか?う〜む・・・・

2010/6/28  なんだかイライラする!  姑ネタ

というのは、「南、なんだかイライラする!」という最近40歳を迎えたいとうあさこのネタなんだけども・・・。

ここ2ヶ月近くの私のイライラの原因が判りかけている。

私の記憶力というか「忘れなさ度」は、ダンナによると病的なのだそうだ。

なぜこんなことを指摘されたかというと、姑さまに(私としては)認知症を疑う言動が増えてきていて、それを私がダンナや姑さまに伝えたことによる。

「ここが変だよ姑さま記録」と称して、このところの姑さまの「えっ!?」と思う言動を記録している文書があるのだけれども、内容を掻い摘んで紹介すると、

・会うたび、電話で話すたびに同じ話をする頻度が高くなっている。「それは前に聞いた」と言っても押し切って話す。頻度は前日に言った話から数分前に言ったことまで。Aの話をして、派生してBを話す。普通ならそこで終わるところをAを1からというより0から話す。「さっき言ってた話ね」と言って、もうその話は知っているアピールをしても止まらず、先回りしてこちらからAの結論を話しても止まらず、結局Aの話を自分で話し終わるまで話す。前回聞かされてから新しい話、追加事項があるわけでは無い。

・以前ずっと(何度も)聞かされていた話と最近話す内容が変わってきている。(特にお金の出所の話)

・他人の話を、自分のことと置き換えて話している。(親戚とその娘の話を、自分(姑さま)と私(嫁)のこととして話す)

・以前から何度も何も見ずに作っていた得意料理(エビチリ)を、「どうやって作るんやったかなー?」と途方に暮れた挙句、料理本を取り出してきて作る。
同じく得意料理のバラ寿司(標準語でちらし寿司)のご飯がベチャベチャ(しかも芯残ってるし)。「水加減間違えたわ〜」とは言っていたが、食べられるレベルではなかったのを持って帰らされた。味付けも以前以上に(舅さまが脳梗塞で倒れてから塩分制限があったらしく、やたら砂糖過多な料理が多かったんだけど、舅さまは糖尿病もあったんだよね・・・)砂糖が多く、子供達にも「無理して食べなくていいからね(汗)」と言わないといけないほどだった。
指摘してダンナに怒られるのがイヤなので、それ以来姑の料理を食べていない。作る場にも立ち会っていない。

・絶対作ってない!と言っていたクレジットカードが実は契約されていた。そしてそのカードは送付されているはずなのに無い!(紛失と思われる。舅さま名義のもの含め、判る範囲で3枚)

・電話オペレータと会話ができない。話し始めても何を話しているのか理解できないらしく、「ゆきさん代わって〜」と私に丸投げ。自分で話すのは本人確認事項のみ。結局クレジットカードの解約は一人ではできなかった。
クレジットカードだけでなく、通帳もいくつか無くしていた。商売人の娘というのが自慢でお金に関してはしっかりしていたはずだったのに・・・
ちなみに年金事務所の職員との会話も全く理解できていなくて、遺族年金などの手続き全て私がやることになった。姑さまは横で座っているだけ。できることと言ったら判子を押すことだけ。職員の人が話をしている間、愛想よくニコニコしているわけでもなく、ただただ無表情・・・

・絶対にやってはいけない、と何度も言っていたこと(舅さまが亡くなる直前に舅さま名義の貯金をきれいさっぱり下ろす)をやった。相続の手続きでややこしくなるのでやってはいけないと説明したにも関わらずやった。(伯母ちゃんが亡くなったときにも同じことをやっていて、葬式代《そもそも大してかからない》に困るわけでもないやろ?と説明したときは、ほぉほぉ、なるほどね、わかったわ、と理解したのに!!)さらに「するなと言ってたやろ?」と追及すると、辻褄の合わない言い訳をする。(「○○の伯父さんが出しとかんと銀行にロックされる!」て言うから・・・とか何とか。死んだと言わない限りロックはされないし、ロックされても葬式代程度は下ろすことはできると言っておいたのに。そもそも一人っ子の息子《ダンナ》の他に相続人がいないのに、何言ってるんだか・・・)

・諸手続きのために「やる事リスト」と称して、A4レポート用紙1枚に付き5行程度で「○○が届いたら、××を記入して封筒に入れてポストに投函する」みたいなメモを置いていたのだけれど、そのレポート用紙そのものを無くした・・・orz

言いたくない事なら、「それは言われへん(言えない)」と言ってくれればいいと伝えてあったし、あからさまな嘘をつくことは、私からしたらボケたのと区別が付かへんよ?と姑さま本人に伝えてあったにも関わらず多々この手の言動。(-_-)
その後現在まで「あからさまな嘘」は続いている。

事実と違うことを言うのは「嘘」であり、本人に「嘘を言っている」という意識がないのであれば、それは「作話」(文字通り「作り話」)であり、それは認知症の特徴の一つである。言い訳のために一見もっともらしく、しかし明らかに辻褄が合わないことを言うのも認知症用語で言う「当惑作話」である。

従って、姑さまは認知症の可能性が高いですよ、と言ったのだが・・・ダンナによると、私の記憶力が異常に高いのであり、姑の言動は年相応(74歳レベル)であり、それをおかしいと言う私の方がおかしいんだそうだ。



健忘症、認知症、忘れてしまう病気の話はよく聞くけれど、いろいろなことを「忘れない」というのがダンナに指摘されるまで病気だとは思ったことがなかった。


つづく。

2010/6/21  さようなら、こんにちは  買い物

久しぶりすぎの更新。

舅さんが亡くなる少し前の話なのでかれこれもう2ヶ月ちょっと前の話になってしまうが、
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7年半ほど乗ってきた私の愛車、チキチキバンバン3号こと、キャンバストップのデミオに異変が!!

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コレだ。

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エンジンちぇぇぇぇぇっく!!のマークが点灯してしまったのだ。

エンジンに問題があるのではなく、O2センサー(?)とやらの不良で特に走行に問題はないので騙しだまし走っていたのだけれど、再度点灯。これはもうダメだー。
センサーの交換だけでとりあえずは済むけれど、この先いろいろ不具合が出てきそうな気配。

思い起こせば今まで車検を3回も受けけたことがなかった。田舎住まいで先代チキバンまでは走行距離がそこそこ(10000km以上/年)あったのだ。
都会に出てきて電車移動の機会が増えたことで走行距離は大したことはないのだが、初めての普通車、初めてのオートマ車ということでゆっき的には不満もいろいろあり・・・このデミオの3回目の車検の前から車の買い替えを検討していた。

このご時勢なのか国産車には全く面白味?というか作ってる人の心意気??が感じられない。唯一ダイハツのコペンはいいかな?と思ったのだけど(デミオに乗る前まではずっと軽自動車だったので、アンチ軽ではない。むしろちっちゃい車好き)、ダンナが横に乗るのに窮屈すぎると反対された。ダイエットして以前よりはちょびっとスリムになったみたいだけど、それでもやっぱりダメぽい。(苦笑)

エコカー減税があるせいで今は国産車も大して値引きが無いし(コペンも新型デミオも200万!)、今回はちっちゃめ外車にも目を向けてみることにした。

去年の秋頃は見た目でFIAT500かな〜と思っていたのだけど、乗り心地はホンダのフィットや日産マーチと変わらん。しかもマニュアルを無理むりオートマ仕様にしていることでギアの切り替えが何か不自然。そんなだったら普通にマニュアルで売ればいいのに・・・と思うほど。それで200万オーバーてアンタ・・・という気がして、決定するには引っかかるものがあった。

舅さまがベンツにずっと乗っていたので、「外車ってどうよ?」という相談を前々からしていたこともあり、他のメーカーの外車も見学に。

今やBMWグループに入ったMINIにも試乗してみて、営業の人の話やコンセプトにはすごく納得したのだけど、外観や走りにマッチしない必要以上にゴージャスな内装に違和感を感じて、この値段(なんやかんやで300万くらい?)なら・・・とFIAT屋さんに戻ってアルファロメオのMITO(FIATとアルファは同じ店で売っている)に試乗してみた。FIAT500を見に最初にお店に行ったときはMITOは自分が乗る車としては値段が高すぎると思って候補から外していたのと、当時MITOは発売されてからあまり間がなくて、展示車はあっても試乗車がなかったのだ。

で、改めて乗ってみると、
「なんじゃこりゃ〜〜〜!、面白い〜〜〜〜!!」

見た目はカワイイ、でも運転してみるとキビキビ、ビュンビュン走るのだ。しかもマニュアル仕様(のみ!)。オートマのデミオの運転に退屈していた私には、願ったり叶ったりだった。

『MITOすげぇ〜!これ欲しい〜〜!!』と、すぐに思ったのだけど、やっぱりお値段がネック・・・(っていうかね、この車を普通に買ったらダンナのオデッセイより高いのよ)、と思っていたら、

「もうすぐMITOのオートマタイプが発売されるので、そうなったら(日本の市場的にマニュアルは売れないので)、今のマニュアルは入って来なくなります。というわけで、今乗った試乗車をお譲りするのはどうでしょう〜?」と、営業氏から悪魔の囁きが。どうやら定価からかなり値引きしてくれるらしい。

翌日までに返事を、と言われていたのを一週間くらい更に悩んで、決めてしまった。
「買いま〜〜す」

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というわけで、最初の写真もそうなのだが、これは引渡し時の新旧チキバン号揃ってのショット。

今自分で乗っていて、まず同じ車と擦れ違うことはないのだけど、当初はそんなに珍しい車という意識がなかった。

というのも、毎週ギター教室に行くときに、駐車場にいつも停まっていた車だったものだから・・・(^-^;;
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今のところなかなかお目にかかれない(勝手に)2ショット。紅白揃ってめでたいな〜〜〜♪(笑)

というわけで、チキチキバンバン4号は初めての外車、そして初めてのターボエンジンの車(おまけに初の3ナンバー・・・これだけはちょっと不満)になったのだった。

2010/4/14  ご満足いただけましたでしょうか。  

葬式にお坊さんを呼ばないというのは、現実的に充分可能な話だ。

お坊さんを呼ぶ理由の最たるものは故人に戒名を付けてもらうということだろうが、そもそも戒名はお釈迦さまが生きていたころには無かったものだし、お布施の金額によって戒名が変わるというのもおかしな話だ。もしあの世があったとして、私だったら現世と違う名前で後ろから呼ばれてもまず振り向かない。(笑)

お坊さんを呼んでおいて「戒名は要りません」とも言いにくいので、舅さまの残した「坊さんも戒名も要らん」というのは理に叶っている。
戒名がなくても現世で使っていた名前(俗名)で弔えばいいだけの話だ。
最近でも故忌野清志郎の位牌に書かれていたのは本名ではなかったけれど「忌野清志郎」という俗名だった。

ではそれでお葬式をやってみよう〜〜!、と考えてみた。
お坊さんがお経を読まないので、間が持たない。静まり返った中で一人ひとりお別れを告げるのもアレなので、舅さんの好きだった映画の曲や好きだった歌手(どちらもほとんど洋楽)を思い出しながら葬儀の前日にCDを作った。
他にも姑さまからのリクエストで、2号と私とでギターを弾くことに。これは前もって斎場に話を聞きに行ったときに行われていた葬儀で楽器を運び入れている子供達がいたのを見ていたからだろう。プロの奏者を呼んでやる音楽葬もあるけれど、車椅子でギター教室の発表会にまで来てくれた舅さまなので、ここは頑張って一夜漬けでも私達が弾きましょう!ということにした。
司会進行も業者には頼まず、ダンナがやることに。「このたびは誠に・・・」なんてわざとらしく神妙な挨拶を業者さんから聞くのもイヤだったし、とことん自分達でやることにこだわってみた。

わざとらしく神妙というか、自分の父親の葬儀を見ていても思ったのだけど、「葬儀は悲しくなきゃいけない」みたいな業者による「作られた悲しみ」という雰囲気が、特にダンナの家には似合わない。そういう意味では今回の公共の斎場(働いている人が委託の民間業者ではなく、完全に市の職員)というのは良かった。

そのエピソードの一つとしておぼえ書きしておきたいのは、葬儀30分前にもなろうかという時まで舅の遺影ができていなかったこと。

遺体を運び込むと同時に遺影用の写真(親戚の結婚式のときに舅さま姑さまが満面の笑みで写っている)も渡してあったのに、おかしいおかしいと姑と話していたら、申し訳無さそうに職員の人が来て、

「実は・・・」

うっかり作り忘れていたんだろう、くらいに思っていたら、その予想をはるかに上回っていて、

「間違えて奥さん(姑さま)の写真を引き伸ばしてしまいました・・・」


・・・私、姑さま爆笑。
プロの業者さんなら、これが本当のことでもまず身内には口が裂けても言わないだろう。

すかさず私、

「せっかくだから、もらって帰ったら?」


言った後で(マズかったな??)と一瞬思ったのだけど、姑さまも、

「そうやねぇ、どうせいつかは用意せんなんしぃ〜」

せっかくもらって帰る気になったのに、何故か職員の人にはその後
「縁起悪いかもしれんし、こっちで処分しておきますわぁ・・」と言われてしまった。(ショボーン)

とまぁ、そんな家なのだ。(どんな家だ!)


式の流れとしては結局のところこんな感じ(ダンナのブログの記事リンク)になった。

あと、親や自分の親戚の葬儀で常々思っていたのは、「仕出しの弁当はマズい」ということ。1号の学校が始まっていたこともあって、葬儀の開始は2時にした。火葬が済んだら夕方になるので、後はみんなで舅さまの好きだった中華料理店に移動して、遺影とお骨を前に楽しく想い出を語り合いながら食事会をして、最後はせっかく一族集まったので笑顔で集合写真(もちろん舅さまも遺影で参加)を撮って終了した。

形式ばったお葬式ではないので、会葬御礼代わりにみんな笑顔の集合写真を来てくれた人達に送る予定だ。


葬儀を終えて・・・

はっきり言って、葬儀業者に頼むより全然面倒くさい。(爆)
でも、家族にとっては納得のいくというか、充実感のある葬儀になったと思う。
舅さまにはご満足いただけましたでしょうか?

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夕暮れの桜。(震災記念公園にて)
これから毎年、桜を見るたびに舅さんを思い出すんだろうなー。

姑さまの暴走を止めてくれる人(舅さまのこと)がいなくなって、これから大変なことがたくさん増えることだろう。でもお嫁ちゃんゆっきは頑張ります。見ててください、舅さま!!

2010/4/7  舅さまの遺志。  

姑さまと舅さま、そして2匹の猫とで穏やかに過ごした2年ほどの間に、おばちゃん(姑さまの姉)の死という出来事があった。

おばちゃんはこれまでブログに書いたこともあるように、普通の人とは違うところがありすぎた人なのだけれども、一度自分でも死を覚悟したことがあった舅さまはおばちゃんの死に思うところがあったようで、

「自分が死んだら、坊さんは呼ばんでえぇ」「戒名もいらん」

と、姑さまに伝えていたのだった。

もともとの家系では「もんとさん」(浄土真宗)らしいのだけど、舅さまの両親はキリスト教で、舅さまも生まれてすぐ幼児洗礼を受けている。かと言ってその後も教会に通っていたというわけでもなく、親戚にはキリスト教の人も神道の人もいたりする。舅さまの両親は舅さまが子供の頃に亡くなっているので今まで確認することもなく、親戚兄弟みなバラバラの方法で信仰、法事諸々をやってきたのだ。
一般的に故人の意思を生前に確認しておく機会はなかなかないものだけれど、舅さまがこうやって少しでも言い残してくれたことで、葬儀でそれほど悩むことはなかった。


大動脈瘤・・・私の父の時は破裂とほぼ同時に亡くなったのだが、例え手術ができたとしても予後は非常に悪い。姑さまからも「ゆきさん、またお願いね〜」と今回も早々に葬儀の段取りを丸投げされたので、舅さまが手術後のICUに入っている間、お見舞いの合間に姑さまを連れて葬儀場に行って話を聞いたりパンフレットをもらったりしていた。

その資料の中の一つに『私について』というものがあった。
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これは何かというと、自分が死んだ後に家族が困らないように残しておく覚え書きだ。
葬儀以外で葬儀場に足を運ぶ人は、家族の葬儀を控えている人か、自分が死んだときのための見学以外にないのだから、こういうものが置いてあることに納得すると共に感心してしまった。

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内容は、遺影に使って欲しい写真に始まって、宗教宗派、加入している互助会、葬儀に希望すること、希望しないことや、想い出、好きな音楽や花、友人の名前と連絡先、財産についてという項目もあり、残された家族が葬儀で悩むであろうことには一通り触れられている。
最後には署名捺印欄があり、証人欄はないので正式な遺言ほどの効力はないだろうが、この紙1枚で非常に簡潔に自分の考えをまとめられるようになっている。

ICUで寝かされたままの舅さまに書いてもらうわけにはいかないけれど、自分やダンナに何かあった時の子供達のためにと持ち帰ってきた。


舅さまの「坊さんは呼ばない、戒名もいらない」は、私が死んだときの希望と同じだ。
なので舅さまを送り出すのは、私の理想の葬儀を形にしてみようと思ったのだった。


(さらに次回につづく)




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