5月28日(火)の34
12:52 明治用水碑(写真1)
明治用水 wikipediaより
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明治用水(めいじようすい)は、西三河地方南西部に農業用、工業用の水を供給する用水である。幕末・明治維新期に、全国に先駆けて測量・開削が行われた近代農業用水だったため、明治という元号を冠するエポックメイキングな命名がされた。大正時代には、農業王国として、中原に位置する安城市が「日本デンマーク」と称して教科書に掲載されるほど、画期的な成功を収めた。
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私は安城市が日本のデンマークと呼ばれるのは、デンマークに匹敵する豊かな農業地帯 だからだと思っていましたが、もちろんそれも重要ですが、それだけではないことを今回知りました。
安城歴史博物館HPより
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日本丁抹
?大正時代末期から昭和時代初期にかけて、安城を中心とした碧海郡は、「日本丁抹(デンマーク)」と呼ばれました。当時世界的な農業国であったデンマークの名が冠せられたのは、単に農業経営が多角的で教育・指導機関が充実し、組合組織が発達していたこと等、農業のあり方が先進的であったことだけではありませんでした。
心豊かに生きる場
?碧海郡では農村医療の改善を図るために病院を、また農民の読書に対する要望に応えて農業図書館を設立したり、地域の書店が出版活動に力を入れる等、経済的な豊かさだけではなく、人間として心豊かに生きる場としての「農村」づくりに意欲的に取り組んでいたのです。こうした活動がある程度成果をあげた地域として、当時理想の国、模範とすべき国とされていたデンマークのイメージがこの地に投影されたのではないでしょうか。
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12:52 明治川神社鳥居(写真2)
この神社も、明治用水と関わりが深い神社です。
wikipediaより
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明治用水の竣工式と祝賀式の際に神社の創建が決定され、同年12月には水に縁の深い大水上祖神、水分神、高?神を勧進して神社とした。1884年(明治17年)には社号を明治川神社とした。
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12:55 松並木(写真3)
今日は松並木が多い日でした。雨の松並木はしっとり、旅情を誘います。
本日の35に続く


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