2015/10/13

姑、他界  子ども・家族

怒涛の週末でした。
施設に入って丸6年、寝たきりになって丸3年、姑が亡くなりました。

木曜日、娘が出演する大学のオータムコンサートで、
帰りは娘も疲れているだろうし、荷物も多くなるだろうと、
午後車で宝塚ベガへ。

私の友人も聴きに来てくれて、一緒にホールに入った途端、
夫から姑が危ないとメール。

寝たきりで自力では寝返りもできず、3年前からは胃ろうしていたし、
夏からは何度も肺炎を起こし、
いつどうなってもおかしくないと病院からも言われていたので驚きはしませんでしたが。

コンサート終演までもつかな、と思っていたところ、
開演まもなく夫から着信があり、亡くなったと。

コンサート終演は9時で、そこから挨拶もそこそこに高速飛ばして帰りました。

病院で時間調整してもらい、10時半過ぎに帰宅し、すぐに仮通夜の準備をしました。
コンサート後の余韻も無理やり連れ帰って、疲れ果てた娘にも手伝わせ、
親戚が姑とともに帰ってきたのは日付が変わるころでした。

5年半前に舅を見送っている記憶もあり、夫も私も少し余裕はありましたが。
カッターシャツを忘れたという息子のために買いに走ったり、
娘は、葬儀当日に自分のソロのコンクールがあり、
翌日は声楽のコンクールの伴奏もありました。

家中人が出入りして落ち着かない中、練習させ、睡眠や食事や、
できるだけコンクールに集中できるようにフォローしました。
やいのやいの言う親戚を黙らせ(黙らせたのは夫と夫の従兄弟ですが)、
自分のコンクールも、もちろん伴奏にも穴をあけずに済みました。

金曜日にお通夜、土曜日に葬儀告別式と初七日を終えました。
日曜日には、骨壷に入らない荒骨をお墓に埋めに。

ちょうど秋祭りで、だんじりと出くわさないように祈りながらの移動でした。

昨日は葬儀会館の人が葬儀費用の清算に来ただけで小休止。
息子も京都に帰りました。

今朝は夫は仕事の早朝会議だけ出席し、役所や銀行関係の後始末に。
私も今日までコーラスなども休んで手伝うことになりました。

田舎なので、49日までは毎週7日毎の法要もあり、
まだまだ全て日常には戻っていませんが、一息つきました。

姑は今月末が誕生日でした。
享年86歳。
寝たきりになっていたので、楽になれたのではないかと思います。
舅の元へ送り出せてよかったと思います。

あちこち、特にオータムコンサート後に失礼しながら帰ってきましたこと、お許しください。
コンサートの余韻に浸れなかったし、
正確には私は既に訃報連絡を聞いてしまったので
コンサートの娘の演奏もきちんと聴いてやれなかったのは残念ですが、
もし訃報が朝ならコンサートにも行けなかったし、
娘もコンサートに集中できなかったでしょう。
そう考えると、姑は最後まで助けてくれたのかもしれません。
来月49日法要、それまでの毎7日法要、年明けに納骨と、
心込めてお祀りしたいと思います。
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