2013/1/6  22:58 | 投稿者: 江夏亜希子

昨日、1月5日(土)から四季レディースクリニックは新年の診療を開始。
土曜日なので、再診の方々だけの外来で、ゆったりめのスタートでした。

ある患者さん(未婚)からの一言でいろいろ考えちゃいました。

「年始に年賀状を見ているがつらかったんです。」

なんでも、友人からの年賀状の「結婚しました」「子どもが生まれました」などなど、
幸せな写真を見るとなんとも言えない気持ちになったと。
自分では、一人でも幸せだ、と思っていたはずなのに、こんなに苦しいのはなぜなんでしょう?
・・・わかる気がするなあ。

「他人の幸せ」を素直に喜べないのは、やっぱり自分の中に満たされないものがあるからなんですよね、きっと。
自分の満たされない願望の裏返し、深層心理ってやつなのでは?
素直に「いいなあ、幸せそうだなあ、うらやましいなあ」ってところで終わればいいのでしょうが、「なんで私にはパートナーや子供がいないのに、こんなの送りつけて!」なんて考えてしまうのは、つらいですよね。

以前から、産婦人科を語るときに耳にする、
「自分は不妊なのに、子宮の病気で苦しんでいるのに、目の前に幸せそうな妊婦さんがいるなんて、無神経だ」
というのと、同じような気持ちなのかな?と。

ちょっと被害妄想っぽい感じ、といっていいと思うのですが、
自分を「不幸のヒロインにして、それに酔ってしまう」のはとても危険ですよね。
女性にはそれに入り込んでなかなか抜け出せない人が多いのはちょっと困りもの。
・・・私にも、そんな時期もなくはなかったので、反省も込めて。

ただ、「幸せ」って、一人ひとり定義が違うんですよね。

実は、この年末年始、私と同年代の女性たちの妊娠、出産のお知らせを3〜4件聞き、少し胸がザワザワしました。
最初に思ったのは「いいな〜、うらやましいな〜。」
・・・だったので、ホッとしました。
少し前、不妊治療真っ最中の時には、「なんでうちには来てくれないの?」だったと思うから。

そしてその次に思ったのは、
「不妊治療をあきらめたのは早すぎたのかな?もう1〜2年頑張ればよかったのかな?」

おかしなものですよね。あれだけ悩んで、考えて、40歳になるのを機に、
「クリニックを自分の子供代わりに産み育てていこう」
と決意したくせに。
時間が経つと、そのプロセスも忘れてしまったのか?!アホか(笑)!
と、すぐに思い直しましたけど。

自分が手に入れていないもの、手に入れられないものを数えるより、
自分が持っているものを数えて感謝して毎日暮らした方が、絶対に幸せですって!
子どもの頃に母から耳にタコができるくらい言われた、
「人は人、自分は自分」「よそはよそ、うちはうち」
という言葉の意味は、大人になってから腑に落ちるものですね。
友達をうらやましがるのを親がたしなめるのに使われたあの言葉は、
大人になってからは、人をうらやましいと思ったときに、
自分に言い聞かせるといいのかもしれません。

子どもを授かるって、幸せなことには間違いないです。
結婚することも、きっとそうです。(少なくとも、その瞬間は。)

でも、結婚や妊娠・出産・子育てが、必ずしも将来的な幸せにつながることではなく、
かえってそのことでつらい思いをすることだってあり得るわけですよね。

逆に、結婚しなかったり、子供を授からなかったり、ということで、
そのような苦しみを「免除」されている、という考え方だってあるはず。

ま、そんなことは、テレビや雑誌では絶対言わないでしょうけど。
だって、結婚しない、出産しない、では、
商売が成り立たなくなる業界がいっぱいありますから。

「ある年齢になったら、パートナーができて結婚して子供ができるのが幸せ」
それって、あくまでも表面的な、画一的な考え方だと思いません?
政治なのか、文化なのか、マスコミなのか、何かのプロパガンダ的なものに
「思い込まされている」だけ、と気づけたら、楽になるんですけどね、きっと。

ただ、産婦人科医師の多くも、そう思い込んでいるというところが少なからずあるところは、
問題かも?
不妊治療をするのか、どこまで治療をするのか?
「子どもを授かる=幸せ」としか考えていない医師、スタッフのもとで治療を進めるのは、
結構しんどいことですし、危険なことではないでしょうか?
「妊娠=ゴール」では決してないですから。
そういう意味では、私みたいな産婦人科医もいていいのかも?
私の経験も無駄ではないのかも?と思うことが多い、今日この頃です。




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2012/10/15  1:34 | 投稿者: 江夏亜希子

この週末は、山形で「日本女性医学学会」(旧・日本更年期医学会)の学術集会があったので、土曜の外来も休診にさせていただいて、
半年くらい前からホテルも確保して、行くのを楽しみにいたのに・・・。
木曜くらいから風邪をひき、それがどんどん悪化し、
金曜の夜中には頭痛と熱が38℃近くになり、泣く泣く断念。
ゴロゴロと土日を自宅で過ごしました。
(といっても、16日(火)の毎日新聞夕刊、「アタランタ(女神)の末裔たちへ」の
 連載第13回原稿をさっきまでウンウンうなって書いてましたが。)
鼻の噛みすぎで鼻の下が痛く、まだ微熱は残りますが、
明日の外来はなんとか復活できそうです。

医者は本当に体力勝負で、特に開業してからは、自分がいないとなにも始まらないので、
健康管理が自分の一番の仕事になりました。
外来に穴をあけないのは当然、できるだけ体調のいい状態で患者さんと向かい合うこと、
本当にこれが私の一番の仕事です。
そして、クリニックで働くスタッフに対しても、
それができるのが、働く人間として最も必要な資質だと感じるようになりました。
そのために、仕事とプライベートのメリハリをつけられる職場環境を作るのが、
経営者として最も大切な私の仕事だと。
(残業させないように、とか、出勤メンバーに合わせて適切に予約を調整するとか)

そう思っているところに、いろいろな患者さんや、受診希望者がいらっしゃって、
いろんなことを考えさせられますね・・・。

仕事を持っている、特に、責任ある職務についている患者さんに多いのは、
「仕事を休めない、穴をあけられないので、手術は受けられない」という方。
 (もちろん、手術が必要な患者さんです。)
初診予約のために連絡を下さる方に多いのは、
「平日17時までは仕事で行けないので、18時からや土曜に見てほしい」という方。

私は、健康管理も働く人の仕事の一部だと思うし、
管理者はそのための休暇を認めなければいけません。(法律上も)

また、仕事の現場で休みを取られるのは、突発的なものが一番困るはず。
突発的な(緊急手術など)ことを避けるために、
前もって準備をしての手術を勧めているのに、
「穴をあけられないので」というのは、本末転倒では?と思います。

初診の方で「仕事で来れないから、特別に再診枠に見てほしい」というのは、
申し訳ないですが「単なるわがままでは?」と思います。

当院が初診を、平日17時までに限定しているのは、
それ以降の時間や土曜に初診をお受けすると、
再診の方の予約を何人も断らなければならないばかりか、
診療時間内に必要な診療、説明を終えることができず、
職員に残業を強いることになるからです。

「私はこんなにしんどいのに、なぜ診てもらえないんだ?」
という初診の方は、
「そんなにしんどいなら、なぜ数時間でも休みをもらってこないんだ?」
という話になります。
それに、広い東京、当院より遅い時間に診療を行っているところ、
特に夜間診療を売りにしている婦人科クリニックもネットで調べればあります。
そういうところに行っていただけばいいのです。
「自宅の近くにかかりつけ医を探していたのだから」と言われても、
個人経営のクリニックで、一度も診療したことがない人を、
「近所だから」と時間外でも診なければいけない、ということはありません。

先日、18時で初診申込みの方に、
「症状がお辛く、お急ぎであれば、他の医療機関受診をお勧めします」
と返信したところ、
「あたたかな場所とHPで謳っているのに、違和感を感じる」
というクレームのメール返信を無記名で下さった方がいらっしゃいましたが、
それは、「優しさ、あたたかさと、『甘さ』の取り違え」だと思います。

働く女性のみなさん。そろそろ、
「忙しいから健康管理に時間を割けない」
なんて言い訳をやめませんか?


職場で重要な立場にいるのであれば、自分の健康管理をするのは何より大切な業務です。

被雇用者の立場で、「そんなことで仕事を休めない」というのであれば、
あなたの職場は「ブラック企業」では?
有給休暇や病休のない職場はないはずです。
もう一度、就労規則や労働基準法を見直してみては?

そして、何より、いつも「休めない」という人の言葉を聞いて考えること。
「休めない」と思っているのは、
「休んでしまうと、自分の居場所がなくなってしまわないか、怖い」
と自分が思っているだけではありませんか?

あなたが普通に仕事ができる、職場にとって大切な人材であれば、
体を壊してまで仕事をして、緊急入院とか、ダウンしたら退職とか、
そんなことになっては困るはずです。(まともな企業なら。)
日ごろから頑張って職場の人間関係がうまくいっている人なら、
「体調が悪くて病院に行く」といえば、何かと便宜を図ってもらえませんかね?
(同僚が体調が悪くて困っている時、自分が仕事を引き受けて
 病院に行かせたりしませんか?)

婦人科外来にいると、いろんな人の、いろんな言い訳を聞くのですが、
「忙しくて検診受けられなかった、受診できなかった」
そんな言い訳をして、大切なことを後回しにしていて、
一番困るのは、間違いなくあなた自身です。

そして、自分自身のことを大切にできない人に、大切な仕事を任せられるとは、
私は到底思えません。
厳しいようですが、働くうえで大切なことなのでは?と思うのですが、いかがでしょう?
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2012/7/1  0:34 | 投稿者: 江夏亜希子

日付が変わってしまいましたが、6月30日(土)の外来を休診にさせていただき、
出身である鳥取大学産婦人科学教室の同門会「錦窓会」に出席するために
鳥取県米子市に「帰って」きました。
米子市内、皆生温泉のホテルの部屋から久々のブログ更新です。

私が入局した頃(今もかな?)、医局では「オーベン制」という制度が廃止されていました。
オーベンとは指導医のことで、研修医が入局すると、
「担当指導医」が決まり、手取り足取り指導する、というのが
多くの医局の通例らしいのですが、その制度がなかったのです。

当時は、「この先輩についてさえいれば責任もって教えてくれる」という訳ではないので、
かなり不安だったのですが、
今、振り返ると症例によって癌、不妊・内分泌、周産期、それぞれの専門の先生から
適切な指導を受けられる、という贅沢な環境。
そのおかげで、「すべての先輩が指導医」ともいえることになっているのです。
ありがたいことですね〜。

今、東京で一人で外来をしているうえで支えになっている考え方や技術は、
「あ、この考え方はこの先生の教えだな」とか、
「この手技はこの先生に教えていただいた」とか、
「こんな時に、この先生がこんなアドバイスを下さった」とか、
鮮明に覚えているものですね。
鳥取の先生方は、決してひけらかしたりしないけれど、
淡々と、こつこつと、真面目に鳥取の医療を支えていらっしゃる。
「鳥取大が踏ん張らないと、鳥取県民は県外で医療を受けなければならなくなる。」
という自覚と自負を、お一人お一人がお持ちなんだと感じます。

こうしてお一人お一人の先輩にお会いすると、
この医局で育てていただいてよかったと、心から思います。

毎年、こうして6月の同門会と、12月の忘年会にはできるだけ帰るようにしているのですが、
今日も、たくさんの先生方に、
「遠くて大変なのに、毎年ちゃんと東京から帰ってきてくれて本当にうれしいよ」
とおっしゃっていただきました。
でも、私にとっては大好きな先生方にお会いし、
初心を振り返るのにとても大切な時間なのです。
これだけはできる限り、少なくとも年1回は続けていきたいと思っています。

「お帰り」と言って下さる人がいる町が、全国に幾つもあるって、
本当にありがたいことです。
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2012/3/11  18:45 | 投稿者: 江夏亜希子

あの日から1年。

テレビをつければ震災の特集ばかりで、
いや、何も情報がなくても、そのことが頭から離れない一日でした。

東京もそれはそれはひどい揺れで、
震災後の生活も、物が手に入らないとか、いろいろと不便なことがあったし、
開院してようやく1年を迎えたばかりのクリニックも患者さんの数がガクンと減って、
この後どうなるのか?心配になったりした日々の始まりから1年。

東北地方のひどい被害を見ても、何もすることができずに、
ただ悶々としていた、今もしている自分の姿を思い出します。

直接被災していない自分、被災地に縁もゆかりもない自分には、
なにを言っても行動しても、どうせ「他人事」だと、
無力感にさいなまれる日々でした。

そして、行きついた自分の気持ちの落としどころ。
大きな自然の脅威の前には、人間は無力であること。
いつ、何が起こるかは誰にもわからない。
結局自分にできることは、
今ある幸せに感謝して、日々、自分の持ち場をしっかり守ること。

もし、自分の身に災害が降りかかった時、
家や仕事を失っても、なんとか自分の足で立てるように、準備すること。
(私の場合は、働いてくれているスタッフの分も準備が必要ですね。)
そして、もし、
愛する家族や友人を失うことがあっても、
自分の命を失うことになっても、
「あの時、こうしていればよかった」なんて後悔しないように、
日々を大切に生きること。

だから、今日は、いつもと変わらない一日を家族で過ごしました。

午前中はマラソンの応援をして、
お昼から、夫とあんこと3人で、長い散歩に出かけました。
クリニック近くから、三越前、大手町を通って皇居へ。
2時46分は皇居外苑にいました。
(サイレンか何かなるかと思ったのに、何もなく・・・ふと時計を見たら過ぎてた(涙)!)
そのまま日比谷公園から銀座に抜け、築地を通って、夕食の買い物をして帰宅。
計3時間のロング散歩になりました。

今日の夕食はカレー。
これからみんなでいただきます。

今日もみんなで一緒に、温かい部屋で、おいしいご飯を頂けることに感謝して。

久しぶりに、あんこの写真を。
銀座の「お父さん」の前で、「お父さん」の膝の上で。

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2012/1/14  22:13 | 投稿者: 江夏亜希子

毎年、この時期は寒いですね・・・そう、今日と明日は大学入試センター試験。

私が受けたのは、センター試験ではなく、「最後の共通一次」で、
思い起こせばなんと!○○年前!!・・・って、平成元年だから計算は超簡単ですね。
移転したばかりの宮崎大の清武キャンパスに、みんなでバスに乗って行ったな〜。
バスの駐車場がまだ舗装されていなくて、ぬかるんでいたのをよく覚えています。

初日のお昼、キャンパスの庭でクラスメイト何人かでお弁当を食べました。
私は、高校時代、都城の実家を離れ、高校近くで下宿をさせていただいていました。
3年間、下宿のおばちゃんのおいしいお弁当に毎日お世話になっていたのです。
それで、共通一次の日も、いつものようにお弁当のふたを開けたら・・・
爪楊枝の先に旗がついていて、おばちゃんからのメッセージが!!

今だったら、すぐに写メに撮って、こんなブログとかにアップできたのでしょうが、
残念ながら当時はそんなものあるわけではなく。
確か、「フレ〜フレ〜あっこさん」とか書いてあったんだと思う。
いや〜、もう、言葉では表しきれなくって、涙がボロボロこぼれたのを
昨日のように思い出します。

ただ、せっかく応援していただいたのに、共通一次の点数は、思ったより取れず。
正月明けに、現実逃避で漫画「あさきゆめみし」を読んでしまったのですが、
古文でバッチリ、源氏物語の、それもちょうど読んだ部分が出て、
奇跡的に国語で192点(200点満点)という点数を取れた以外は、結構散々。
特に、生物は当初47点とかで、目の前真っ暗!
でも、他の理科科目と比べ、かなりの平均点数の差が出たために、
補正されて、なんとか首の皮一枚つながって。

でも、とても第一志望の宮崎医大に余裕で通れるほどの点数ではなく。
当時、A・B日程といって、2校受験ができたので、
B日程の宮崎医大以外のもう1校、どこを受けるのか、悩みに悩みました。
年子の兄が浪人しているのを見て、とてもじゃないけど自分は浪人は向いていなさそう。
宮崎医大がダメなら、医学部をあきらめて、歯学部や薬学部を受けようか・・・。
そう弱気なっていたら、思い切り「喝!」を入れてくださった先生がいらっしゃいました。

「医者になりたくてこれまで頑張ってきたんだから、最後までこだわらんか!!」

そうは言っても、理系が本当に苦手な私。
物理も化学も高校1年時点でちんぷんかんぷんだったので、
医学部志望のくせに理科を生物だけに絞るという大胆な行動を取っていただけに、
受験できる学校があるのかすらも、わからない。
困っていたら、その先生が2次で挽回できるような点数配分の医学部を探してくださいました。
・・・それが、鳥取大学だったのです。

そして結果は・・・A日程の鳥取は合格、B日程の宮崎医大は不合格。
合格発表から1か月も経たず、あれよあれよという間に鳥取の人になったのでした。

鳥取に行って数年は、季節うつ病になったりして大変でしたが、
住めば都とはよく言ったもので、
大学を卒業した後も鳥取の医局に残り、それから約15年を鳥取で過ごし、
今ではすっかり第2の故郷ですもんね。不思議なものです。
鳥取では、大切なクラスメイト、先輩、後輩に出会うことができ、
大学外でも、たくさんの鳥取の皆さんにお世話になるわけで、
何か、不思議なご縁に引き寄せられたとしか思えません。

医者の世界は、結構しんどいことも多く、
もしかしたらあの時、医学部に合格できずに、
「普通に」大学に行って、就職して、恋愛して、結婚して、子供に恵まれて、
「普通のお母さん」とかしていたほうが幸せだったかもな?
・・・なんて、考えたこともなくはなかったけれど、
それは、きっと、ないものねだり。
もしそうなら、「私は本当は医者になりたかったのに!」なんて
沸々としたものを抱えて生きることになったのかもしれません。

合格できる実力があったかどうかはわかりませんが、
きっと、「こいつは医者という職業に就かせよう」と神様(か誰か?)が決めていて、
そのようになっていたのではないのかな?としか思えません。

きっと、受験って、そんなもの。
ご縁のあるところに、引き寄せられるように決まっているのかもしれないな。

浪人するのは、それはそれで意味のあることでしょうし。
私みたいにストレートで入学できても、その後に迷ってしまって留年するのも、
(親が、それを許して、見守ってくれていたのも)
きっと、そのように導かれていたのだろうと思うのです。

高校受験も、大学受験も、学生時代も、国家試験を受けるときにも、
もし、その結果がダメなら、人生が終わってしまうような恐ろしさを感じていたけれども、
きっと、「なるようにしかならなかった」のだろうと、今になっては思います。
もちろん、そのための努力は確かに一生懸命やったという自負はあるけど、
そのうえで、もしダメでもきっと「方針転換」のチャンスなのではないかな?
だって、受験に失敗したって、「生命」まではとられないもの。

今年は、親戚(従兄姉の子供たち)にも受験の子が多いのだけれど、
それぞれに、精一杯頑張って、自分の道を見つけてほしいな〜と思う、寒い夜なのです。


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2011/10/5  5:25 | 投稿者: 江夏亜希子

今年のノーベル賞が発表されていますね。
「あ〜昨年、鈴木教授のご実家のししゃも店のことで、「頑固オヤジの記事」を書いて、もう1年か〜」とニュースを見て思いました。
そして今日。明け方、夢を見て目が覚めて、メールを確認したところ、その「頑固オヤジの記事」にコメントが届いているのを発見。読んだら眠れなくなってしまいました。

この「頑固オヤジ道を貫く」上では、このように批判も出るであろうことは覚悟していたことですが、貴重なご意見をいただいた「元患者様」のような思いをされる方が1人でも少なくなるように、この記事をアップしたいと思います。

この、「元患者」様が、「自覚されていないようですが」とご指摘くださったことは、
自分自身、自覚し、分析していることです。
言い方がヒステリックに聞こえたのであれば、それを反省して改善するよう努力して参ります。
ただ、自分がそのような言い方になるのは、必ず「パターン」があるのも事実です。


「医療はサービス業」と言われますが、他のサービス業と根本的に違うのは、
「顧客(医療の場合は患者さん)にとって心地よい、気持ちよいことだけがサービスではない」ということです。


例えば、美容院や小売業などでは「似合いますね〜素敵ですね〜」なんて、
たとえ似合っていなくても言い、気持ちよくなってもらって、商品を買ってもらうこともできる訳です。
でも、医療ではそれはできませんよね。(そうでない医療機関もないとは言いませんが)

医療における最大のサービスは
「体調がよくなること」と「重大な病気を見逃さないこと」
が大前提だと私は考えています。


それを前提に、責任持って1人の方の診療を行おうと思えば、
聞きにくいことも聞かねばならないし、
言いにくいことも言わねばならないことがあります。
受けたくない検査や治療もある程度は我慢して受けていただかないと、
正確な診断や適切な治療ができないこともあります。

「患者の権利」として、「言いたくないことは言わない」「受けたくない検査や治療は受けない」ということも確かにありますが、その分、ご自身の症状が改善するチャンスを狭めてしまうリスクは患者さんが負わねばならなくなります。

それを理解した上でそれを選択されるなら、それは仕方ないことですが、
もしそうであれば、私が責任持ってその方の治療をすることは不可能です。

当院では、とにかく初診に時間をかけます。
問診の際には、初潮から現在までの経緯を根掘り葉掘りうかがいます。
いつごろからどんな症状が起こり、どのように対処してこられたのか、
これまでどんな医療機関を受診し、どのような診断を受け、治療を受けてきたのか。

話を伺っている途中で、非常に残念に思うことは多いものです。
特に、これまでに何件も医療機関を受診しながら、
満足いく医療が受けられなかった、という場合。
医療者側に問題があるとしか思えないことも多く、それに対して腹が立つ場合もあります。
一方、患者さん側がもう少ししっかり自分の病気と向き合っていれば、問題は解決していたんだろうな〜と思えることもあります。
本来、その症状を解決するために知っておくべき知識がなかったり、
必要な検査を受けていなかったり、受けていても理解できていなかったり、
薬の処方などを受けても症状が改善しないとき、それを処方した医師に伝えることなく、
すぐに通院を止めてしまったり。
以前受診した医療機関や医師に対する不満を訴えられ、それがとても医療者側からみると理不尽に思えることでることもしばしばあります。

私、残念ながらそれをスルーできず、指摘してしまうのですよね・・・。

それについて「馬鹿にされた」と思ってしまわれるの方がいるかも知れませんね。
でも、患者さんを「対等」と思えばこそ、言わねばならないことだと思います。
(患者さんを「見下して」いれば、敢えて本当のことを言わない、という手段もありますが。)

以前、他の記事でも書きましたが、
「本当の優しさとは、その人にとって例え耳の痛いことでも、
 その人のためになると思うことは言い続けること」
だと私は思っています。
たとえ初診、初対面でも、自分の診療に期待してきてくださった方です。
自分の患者さんのためにならないことを、言う訳ないじゃないですか!

でも、そもそもの前提として、医師や医療者に不信感がある方には、これは通じないのでしょうね。
「馬鹿にされた」「自分を否定された」と心のシャッターを閉じてしまわれたら、
どうすることもできなくなってしまいます。

特に、これまで受けてきた医療に不満を感じていらっしゃる方の場合は、
医療者に何かを求めてばかりで、自分の中にも問題があることに目を瞑っていらっしゃる方も少なくないように思えます。
満足できなかった原因が自分にもないか、もう一度振り返ってみていただくのも必要かもしれません。(こう書くと、また批判を受けるのでしょうが。)

初診にゆっくり時間を確保するのは、「お見合い」のようなものだと考えています。
「当院の方針が患者さん側にご納得いただけるかどうか、
 ご納得いただけるのであれば私は徹底的に向き合うし、
 そうでなければ通院を止めて他院を受診していただいても構わない。」

というスタンスです。

1日に拝見できる患者さんの数は限られていますし、
当院は公立の医療機関ではなく、あくまでも私立の個人開業医です。
残念ながら全ての患者さんに100%ご満足いただける診療をできるとは思っておりません。

とはいえ、何かを期待して当院の受診を決意され、何かのご縁で受診された方には、
やはり何かを得て帰っていただきたい、と私は思っています。
その大前提については、疑うことなく受診していただきたい!
それだけはお願いしたいと思います。

今回、このブログのコメント欄にありがたいご意見を頂戴しましたが、
できれば、通院中にお名前を明かした上で、そのご意見をいただきたかったです。
不快な思いをされた発言があったのであれば、その真意を説明させていただきますし、
そのことでかえってコミュニケーションが取れるようになれば、
今後、様々な医療機関を受診されるときにも、
きっと無駄にはならない経験になると思います。

それから、今後、当院の初診を検討されている方へのお願いです。
もし、ここに書かれている当院の方針と合わないようなら
(どんなに説得されても話したくないことや受けたくない検査がある、など)
最初から当院の受診を避けていただいたほうが無難です。
また、受診中に気になる点があったらまずおっしゃってください。
いただいたご意見には真摯に向き合いますが、
それでも「相性が悪い」と思ったら、
他の相性のいい先生を探していただくほうがいいと思います。
(その際には紹介状をお出しすることもできますし、当院で行った検査のデータは全てお渡ししていますので、それをご持参いただけばどこの医療機関でも診療内容は把握していただけると思います。)

自分ができるベストと思われる医療を提供できるよう、これからも精進して参りますので、今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。


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2011/9/11  23:20 | 投稿者: 江夏亜希子

10年前のこの日。
私は国立米子病院の全科当直担当でした。
夕方、軽い風邪か何かの患者さんを救急外来で診て、病棟で婦人科の患者さんたちのカルテなどを書き、遅めの夕食にしようと医局に上がりました。
テレビの前を通ると・・・あのWTCに飛行機が突っ込む映像が!
鳥肌が立ち、言葉を発することもできない衝撃。
それから朝まで、とても静かな夜でした。
夜間救急の受診者ばかりか、電話問い合わせ一つなく。
誰もがこの衝撃に、具合の悪さを忘れたんじゃないか?と思うほど。
静かに、息を潜めて、当直室で呆然とテレビを消せずに眺めていたのを覚えています。

そして半年前。まだまだ生々しい記憶過ぎて、思い出を語るまでに至らないし、
まだ今も身近な人を亡くした悲しみを抱え、
避難所や仮設住宅で不自由な生活がいつまで続くのか途方に暮れている方も多い中、
何の被害もなく、でも、自分の生活を守るのに精一杯で、
多くの人が尽力されているボランティアなどの活動もできずにいる自分には、
何も語ることはできない、おいそれと語れないような気がします。

震災の後、特に、「絆」という言葉が語られるようになりましたね。
4月に伯父の葬儀で帰省した際、母がこの「絆」について言った言葉。

「絆という字は『糸に半分』って書くでしょ。
 相手が持ちやすいように糸を持たないと、絆は結べないものなのよ」


いつかこのブログに書こうと思っていたのですが、タイミングを失って書けずにいました。
せっかくなので、今日、書かせてもらいました。

なんだか、脈絡ないですが、半年と10年目の節目の日に。
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