2011/7/17  23:38 | 投稿者: 江夏亜希子

2007年3月。
子宮の中に小さな小さな胎嚢が見え、念願の妊娠に喜んだのも束の間、
1週間経ってもその胎嚢の大きさは変わらず、腹痛と出血が始まり・・・。
4月5日に子宮の中を綺麗にしてもらう、いわゆる「流産手術」を受けました。
夫との間には、その半年前にも同様に初期の流産があり、
さらにそれが、私の人生でトータルすると4回目の流産。
その度に大きくなる子宮筋腫と子宮腺筋症。
当時37歳になっていた年齢。
・・・私は失意のどん底でした。
子供を産めない私を、自分自身で認めることができなかった。

筋腫と子宮腺筋症の手術を受け、不妊治療を受け、
40歳までになんとか子供を授かりたい!
でも、仕事に穴を開けることはできない・・・というジレンマを抱え、
今、思えば焦っていたと思う。

そんな時、7月になって、以前から気になっていた乳頭分泌物が突然褐色に!
「まさか、乳がん?!」
慌てて予約を取り、癌研有明病院を受診。
乳管内視鏡まで受けて「悪性所見なし」と診断されて一安心したのが9月はじめ。
それまでに4〜5回、週1回ペースで通院したかな?

有明の病院に通院すると、その帰りに、私は必ず立ち寄る場所。
豊洲の「ビバホーム」というホームセンターの、ペットショップ。
もともと犬好きの私。かわいい子犬たちを見ていると、気が紛れ・・・。

子犬が入ったショーケースのようなケージを見ているうち、
1匹の子犬に目が止まりました。
背中に真ん丸い茶色いぶちが2個ならんだ、尻尾の短い、眉間にしわを寄せた犬。
クリックすると元のサイズで表示します

「あ〜、ジャックラッセル!糸井さんちのブイヨンちゃんと一緒!
 背中のぶちもなんとなく似てるし。でもなんか貧相な変な犬。」

そして、ガラスに貼られたプロフィールを見てびっくり!
「2007年7月14日 埼玉生まれ」
この子、私と誕生日一緒?これってすごくない?
・・・これが私とあんこの運命の出会いでした。

すっかりこの子に心奪われて、週1〜2回通いつめました。
「売約済」の札が貼られていないかヒヤヒヤ、ドキドキしながら。

ずっと「大人になったら犬を飼いたい」と思いながら、
医学生、研修医、大学院生の間はとてもじゃないけど犬を飼うことなんか・・・。
だって、金魚すら飼えない生活ですもん。月に15回当直もザラでしたから。
東京に来て当直はなくなったし、結婚して夫と二人なら面倒見れるんじゃないか?
と思い始めた頃でした。

有明への通院が不要になった後も、銀座での仕事が終わると、
有楽町線に飛び乗って豊洲へ行き、かわいいジャックの顔を見て帰るのが日課に。

そして、何回か通ううち・・・なんと!「10%オフ」の札が!
「急がなきゃ誰かの家にいってしまう!!」
旦那さまを必死で説得し、11月5日、ようやく我が家にあんこお嬢がやってきたのでした。

あんこが我が家に来て1ヶ月くらい経ったある日。
ペットショップのお姉さんから突然電話が。
「血統書が届いたのでお送りします。
 あの〜大変申し訳ありませんが、誕生日が間違っていたみたいで・・・。
 本当の誕生日は、7月17日でした!申し訳ありません!!」

えっと、私が感じた「運命」って?(笑)。

でも、すぐに思い直しました。
「誕生日詐称をしてまで我が家に来たかった、本当に運命の犬」なんだよ!」

それに、実は、4月に流産したあの子。
そのまま順調に行けば、出産予定日は11月だったはずなんですよね。
私たち夫婦のなかでは、
「きっと、あの子の生まれかわり。
 あの子は、何かの理由で人間としては生まれてこられなかったんだ」
ということになっております。

その後のことは、このブログにもたくさん書いている通り。
すっかりうちのお嬢としてすくすく成長しております。

あんこの居ない我が家はどんな状態になるのか、全く想像がつきません。

2011年7月17日、あんこは元気に4歳になりました。

人間なら、「アラサー」くらいかな?これから数年の間に私たちの年を追い越してしまうのですね。

「自分のことを必要とし、信頼し、待っていてくれる存在」

そんな、あんこと一緒に暮らすことができるのは、何よりの幸せです。

そして、その信頼に応えられる人間でありたい。
あんこが一生を終えるその瞬間までずっと、
幸せそうな笑顔で短いしっぽを振ってもらえるように。

あんこの「運命の飼い主」=「人間のお母さん」は頑張るのです。

あんこ、生まれてきてくれて、ありがとう!
そしてうちに来てくれてありがとう。
これからも、ずっと、ずっと、よろしくね。



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