2007/7/29  13:05

夏はカレー!  プライベート

まだ関東は梅雨明けしていないようですが・・・ここ数日、とっても暑く、夏らしくなってきました。
で、暑くなると食べたくなるもののひとつが「カレーライス」!
明日から「長野検診強化ウィーク(?)」に入り、7月30日〜8日(水)、土日をはさんでずっと長野泊になります。
家で一人留守番となる(後半は出張でいないけど)旦那さまが、ちょっと風邪気味(食欲はあり。)なのもあり、せめて数日の食事に困らないように、という意味も込めて、朝からカレーを作りました。
私の作るカレーは、ごく普通の市販のルーを使ってのものですが、こだわりは「にんにくたっぷり」ってところ。まず刻んだにんにく(今日は5カケ)と玉ねぎを炒めることからスタート。そこにお肉を入れて炒めた後に、小さめに切ったじゃがいも、にんじんが入って、水(コンソメも入れて)を足して煮込み。最後に、カレールーは必ず2種類を混ぜます。ちなみに今日はジャワカレーの中辛と、こくまろの辛口。お肉は今回豚と鳥の角切り。ルーとお肉は、何を入れるかはお店に置いてあるものと値段を見ての気分ですが。

で、お昼は長野で買ってきたおそばで軽く済ませて、カレーは晩ご飯まで我慢しようと思ったのに、匂いの誘惑に負けて、ついつい食べてしまいました。。。
少し辛味を足すために、数年前に長野で買ってきてあまりのおいしさにはまってしまい、我が家に常備している「八幡屋礒五郎」の「一味大辛」を少々かけて、二人とも汗をだらだら流しながら、ペロリといただいてしまいました。・・・はて、明日以降、どれだけ残っているのだろう???

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簡単サラダもつけましたが、ドレッシングはふるさと都城で、親戚の「ヤマエ食品」が作っている「空飛ぶタマネギドレッシング」。おいしいんですよ。あっさりしててノンオイルだし。なくなると新宿の宮崎物産館「KONNE」に行って補充しております。
こんな日曜日の昼下がりもなかなかないので、ゆっくりのんびりしたいと思います。

そうそう、カレーといえば、実家の母のカレーは本格派。ルーからつくるお店のようなビーフカレーを作ってくれます。母は(昔は)専業主婦だったこともあってか、とにかく料理が大好きで、上手。すごく手のこんだものをいとも簡単に手際よく作っていきます。
私も料理は好きですが、とても母のようにはできません。
(時間がない、って言い訳も入りますが。。。)
「そろそろ母の自慢のカレーの作り方を教えてもらわなきゃ」って思いながら、こんな年齢になってしまいました。お盆に帰ったときにでも、習って帰ろうかな?
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2007/7/23  23:05

運転免許の更新−5年間の思い出−  プライベート

先週、誕生日を迎えましたので・・・5年ぶりに免許の更新に行ってきました。
5年ぶりに金色の免許証に戻りましたよ。長かった〜!!

高校の卒業式の翌日から教習所に通い、春休み中に免許を取ったのが18歳のとき・・・平成元年です。その後、あっという間に今年は平成19年ですから、とんでもない年月が経過しましたが、その間1回だけ違反がありました。

忘れもしない、2年目の研修医の時です。
当時、兵庫県北部の公立八鹿病院におりました。
7月に誕生日で、八鹿警察署で免許を切り替えたばかりの夏休み。8月のお盆に帰省しました。宮崎から飛行機で戻り、伊丹空港に置いていた車に乗って、ご機嫌で中国縦貫道から舞鶴道で福知山まで出て、国道9号で八鹿まで戻りました。
が、その途中で事件が。
当時の愛車は、ローンで買ったばかりの真っ赤なAZ-3。車の中ではCDをかけて歌いまくるという「走るカラオケボックス」状態。
その日はご機嫌で、当時まだデビューしたてのEvery Little Thingの1stアルバム「Ever Lasting」をBGMに、思い切り歌いながら走っておりました。
中国道から舞鶴道へ・・・絶好調で走っている丹波篠山付近で、いきなり後方からサイレンが・・・。そうです。スピード違反!!舞鶴道に入って80km制限になったことに気づかず、すっ飛ばしていたんですね、私。しかも気持ちよく歌いすぎて、後ろにパトカーがずっといたことにも全く気づかなかったというお間抜けぶり。
そのとき、5年有効のゴールド免許を更新したばかり。5年経ってようやく更新したときに、ブルーになって、さらに5年。そしてこのたび晴れてまたゴールドに戻れました!!
たった一回の違反から10年・・・長かった〜!!

東京に来て約3年、ほとんどペーパードライバーだったのですが、最近は長野でレンタカーを運転しているので、せっかくのゴールドに傷がつかないように、慎重に運転しようと思います。

そうそう、5年前の免許を見て・・・この5年の環境の変化にしみじみしてしまいました。表書きの姓も、本籍も、住所も、前の結婚のときのものが残っていたのです。裏面には書ききれないほどビッチリ、姓の変更、本籍の変更、住所の変更・・・これ以上書き込む欄はない状態でした。
いろんなことがあったこの5年。
免許証まできれいに「江夏亜希子」に戻って、ようやくすっきりリセットできた気分。

5年後にまた免許を更新するときに、どんなことを思い出すのでしょうね。
いい思い出がたくさん残る5年間になりますように。
5年後の免許の写真にも、幸せそうな顔で写ることができますように。クリックすると元のサイズで表示します
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2007/7/14  23:50

「嵐を呼ぶ女」の由縁  プライベート

さて、何故私が「嵐を呼ぶ女」と言われるようになってしまったのか・・・。
その理由を書いておきたいと思います。

最も象徴的だったのが、コレ。  「初海外・香港事件」

私にとって、生まれて初めての海外渡航は、1999年に香港で行われたワールドカップ(短水路)のドーピング・コントロールのお手伝いでした。学生時代は国内の試合に出るのが精一杯で、海外旅行に行ったこと無かったんで、社会人になってからが初めての海外でした。
出発は1999年の1月7日頃だったと思います。朝10時関空発の飛行機で、海外旅行のベテランであるG先生とおちあって香港に向かう予定でした。
当時、まだ医師になって3年目。当直三昧の年末年始をくぐりぬけ、その前日も当直で、当直明けも夕方ギリギリまで働いた後で、翌朝までに何とか大阪入りする予定だったのですが・・・。夕方、7時頃だったか、「そろそろ最終の電車に間に合わない!」と焦って大学病院を出たときには・・・なんと、雪!!(大学病院って、中に入ってしまうと、外の様子が全くわからない!)

初めての海外だというのに、その時点で荷造りも全くできていない状態。(だって、ほとんど家に居なかったんですもん・・・)家で必死で荷造りして、時計をみると、もう電車には間に合わない。仕方ないので、なんとか車で高速を飛ばしていくつもりでした。でも、高速の米子ICまで行ってみると・・・「雪のため通行止め」という無情の文字。

なんとしても夜のうちに山陰脱出したかった私は、一般道でトライすることにしました。今思えば、完全に無謀なんですが(日本海沿いを東に向かえば、雪が増えるのは当然なので)・・・その前の年まで、八鹿(兵庫県北部)にいたので、国道9号線で行けるんじゃないかと思い、とりあえず東へ向かいました。でも、見る見る雪は勢いを増して、視界はほとんど得られず、道路の中央分離帯はおろか、路肩の縁石もあっという間に見えなくなっていきました。道路を通る車もほとんど居なくなり、ほんの1時間走っただけで、道路上の雪はほとんど新雪!タイヤが埋もれてしまうほどの積雪になってしまいました。怖くて怖くて・・・。
今のようにカーナビやiModeがある時代ではないですから、天気予報もラジオだけでは状況がつかめず、倉吉まで行ったところで、状況を把握しようと、警察署に入ってみました。
「明朝の関空発の飛行機にどうしても乗らなくてはならないんですけど、今からでも通れる道路はありますか?除雪が始まるのは何時くらいですか?」
・・・おまわりさん、あきれてました。
「一人で?この車で?・・・無理無理。危ないからやめときなさい!!」

さすがに、素直にあきらめました。
通ってきた道を引き返し、半べそをかきつつ、命からがら、米子の家までたどり着き、翌朝の電車が再開するのを待って、仮眠。
朝一番になんとかJR(伯備線経由)で関空に向かいましたが、予定の飛行機に間に合うはずもなく。途中でG先生と航空会社にキャンセルの連絡を入れつつ、とにもかくにも関空に到着。初めての海外なのに、航空券の買い方も、搭乗手続きも、出国・入国審査も、まったく何も知らない状態で、度胸ありますよね。

なんとか香港に行く方法を探ると、午後4時頃に、今は無き「日本エアシステム」の香港便があることがわかり、自腹を切って(!)航空券をゲット!でも、香港到着は夜の8時くらいですから、ちゃんと他のドクターと落ち合えるのか・・・不安ばかりでしたが、「もう、行くしかない!」の一心。
ガイドブックで空港からホテルまでの行き方を調べ、関空のビジネスサービスで、他のドクター(M教授、O先生、G先生)宛に「搭乗する便と、到着したらホテルに直接入る」との伝言を泊まる予定のホテルにFAXを入れ(海外携帯もなかったですからね)、機上の人
なりました。年末からの激務の上に昨日の状況ですから、ほとんど眠っていないのに、3時間半のフライト、緊張で眠れず。ガイドブックでホテルへの行き方を何度も復習。
香港新空港に着いた後は、入国審査を終え、荷物を引き取って、とにかくわき目も振らず空港と市街地を結ぶ新交通に乗り、名物のフェリーに乗り継ぎ、九龍のフェリーターミナルの隣にある「マルコポーロ香港ホテル」に無事到着!!

しかし!実は、心配されたドクターたちは、空港まで迎えに来て下さっていたそうなのですが、私は一心不乱にExpressを探していたし、しかもすっかり「現地人」になじんでしまっていたのか?気付いてもらえなかったようですれ違い。
フロントには、「到着したらとりあえずチェックインするように」との伝言がありました。部屋に入ったら、しばらくして電話が鳴り、初めての海外で、いきなりフロントからの英語の電話で緊張しましたが・・・出てみるとM教授で、「その部屋から動くな!!」との指令。約一時間後にようやく合流できたのでした。

本当に、ご心配をおかけしたと思います。
あれから10年近くが過ぎましたが、かなり鮮明に覚えていますね。
覚えているうちに、書いておこうと思っていたので、いい機会になりました。

その後も、私が参加しようとするイベントの直前には、台風が近づいて飛行機が欠航になるとか、大雨とか、大雪とか、やきもきしつつも何とか代替策で無事にイベントを終えるようなことがことごとく続き、いつの間にか「嵐を呼ぶ女」とのありがたい(?)称号をいただくようになったのでした。

もう、ほんと、皆様すみません。
でも、なんとかキャンセルなしでこなせて来ていますので・・・今後ともよろしくお願いします。
まずは、明日のたいちゃんの結婚式、なんとか天気が持ちますように!!

おやすみなさい。
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2007/7/14  22:39

「嵐を呼ぶ女」のバースデー  プライベート

台風、近づいていますね。
今回の台風4号はスピードも遅いし、勢力も強いし・・・九州ではかなりの被害も出ているよう。故郷・宮崎の皆さん、大丈夫でしょうか?

こんな日に、私は誕生日を迎えました。
朝から、たくさんの方にメールや電話でお祝いのメッセージをいただきました。
ありがとうございました。

夕方から銀座に出て、旦那様にもお祝いしてもらいました。

帰りに「キルフェボン」のケーキを買ってもらいました。台風のせいか、どこも人出が少なく・・・並ばずに買えましたよ!

家に帰って、おいしくいただき、「島根の弁護士」を見ながら更新です。
出雲弁が懐かしいです!
私は鳥取大学の出身ですが、医学部のあった米子は島根県境ですし、山陰は、一つの文化圏ですからね。私も結構、患者さんとは鳥取弁だったり、米子弁だったり、出雲弁だったり、いろいろごちゃ混ぜでしゃべってましたね〜笑。

今日は、「嵐の呼ぶ女」にふさわしい?誕生日になってしまいました。

そう。実は私、水泳ドクター会議の仲間内では「嵐を呼ぶ女」と呼ばれています。
行く先々で、様々なトラブルや困難に見舞われて、
「なんで私がこんな目に・・・」
なんて、ダイ・ハードのブルースウィルスのようにつぶやきつつも、
ばたばたと必死でしているうちに、無事に終わっている・・・。
水泳関係の仕事で、とくにコレが多い・・・。

特に象徴的だった事件は次の日記へ。

実は、明日は高校時代からの友人、「たいちゃん」の結婚式なんですが・・・この天気、私のせい???ごめんね〜。
あ、でも、たいちゃんの誕生日も私の1日違い(13日)なので、私のせいではない?
明日は着物を着る予定なんですが、この天気なので、ホテルからは出られそうにないですね。残念。

連休の予定が狂った人も多いと思いますが、とにかく無理をされないように!!
これ以上被害が広がらないようにお祈りしています。

写真は、キルフェボンの「バナナとマンゴーのババロア」と「イチゴのタルト」
おいしかった〜!幸せです。
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2007/7/11  0:09

「命の洗濯」、2週目。  ひとりごと

長野県東御市出張も2週目。今日で5日目が終わりました。

私にとって、今回の長野出張、どうも「命の洗濯」になっているようです。

今回は、佐久平駅そばのビジネスホテルに宿泊し、レンタカーで病院往復しています。
もともとドライブ大好きだった私。東京に来て車を泣く泣く手放したので(だって駐車場代5万円は払えません!!)、運転する機会がないのがストレスの一つでした。
今は、こんな知らない土地でも、カーナビがついているので、全く問題なく運転できるんですよね。特に今月は駅レンタカーの「バースデー割引」も利いたので、かなりお得です。

ところで・・・こちらに来てみて、本当に実感しています。

「やっぱり私には都会生活向いてないのかなあ?」

この、肩の力が抜ける感じというか、深呼吸すると肺の奥まで空気が入る感じというか。
こういう生活のほうが、私にはいいのかも?と思いつつ、
自分の現在の診療スタイルは、まだ都会でないと成り立たないのではないか、
とも思うし、
どうせ地方都市で生活するなら、地元・宮崎で、
やっぱりお世話になった人たちにご恩返しをしたいと思う気持ちと、
でも、地元特有の「しがらみ」の中でのストレスもあるかなあ?と思う気持ちと。
・・・まだまだ結論が出ないうちは、東京で勉強すべきなんだろうという結論に達するのですが。

昨年から強く感じていたストレスは、思っていた以上に自分を蝕んでいたようで、
今、思えば、ごく最近まで異常な疲労感を感じていました。
もともとひどかった肩こり、頭痛、便秘は、
ちょっとマッサージしても、薬を飲んでも、もうどうしようもないところまで来ていたし、
お酒はちょっと飲んだだけですぐに酔いが回り、いきなり真っ白になって動けなくなるし。(もこちゃん、ご迷惑かけました!)
金属アレルギーはひどくなり、アクセサリーはおろか、腕時計もつけられなくなった。
体力が落ちると同時に、精神的にも、かなり追い詰められて・・・。

満たされない気持ちになると、
結局、なんだか無いものねだりをしているだけじゃないか?と反省し、
それでも、置かれた状況下で、与えられた仕事を頑張ろうと思うと、
「こうすべき」「ああすべき」「これもしなきゃ」
挙句の果てには、・・・「こんなことも出来ないなんて!」

こんなんじゃ、なかなか体も心も動かなくなりますよね。当たり前。

・・・でも、こんなとき、私ってホントに運がいい。
ちゃんといいタイミングで出会いやチャンスがあるんですよね。

その一つが、今回の長野出張。いい意味で「転地療養」って感じ。
こちらの元気な保健師さん、スタッフと一緒に仕事していると、私まで活力をもらっている感じがします。
そして、自然に囲まれることもいいのでしょうね。
新緑の中に身をおいて、温泉なんかに入っていると、かなり癒されてきました。

そして、もう一つ。
6月から週一回のペースで通い始めた全身の鍼治療がかなり効いているよう。
先生との相性もよかったようで、
少しずつ、体と心が軽くなってきている感じがあります。(体重は全然・・・)
そこでは、鍼治療と一緒に食生活の改善(マクロビオティック)も勧められ、
まずは無理のないように酵素のサプリメントからスタート。

2週くらい前から、旦那様には顔色がよくなったと言われ、「またまた〜」って思っていたのですが、この前行った化粧品屋さんで、「ものすごく肌がいい状態。いままで出てたクスミが無くなってますね!」と言われて驚いた!
もうここ2年半、同じところで定期的に肌の状態を見てもらっているんですよ。

まだまだ、本調子って訳にはいかないですが、
ゆっくり、じっくり、自分のこころとからだに向き合って、
本当の意味で元気になりたいと思います。

これまで、職業柄どうしても、ってところはあるにしても、
いかに「自分のことを後回し」にしてきたか、なんとなくわかったので、
いつも自分が患者さんにお話している
「自分をいたわり、可愛がろう」というのを、しっかり実践してみようと思います。

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2007/7/4  23:51

「顔の見える」自治体婦人科検診へ!!  産婦人科診療

冒頭の診療予定にも書いているように、7月から9月までの3ヶ月間、計21日間(最初は19日の予定だったのが、2日延長になりました)、長野県東御市の子宮がん検診を担当させていただくことになり、最初の3日間を終えて戻ってきました。

7月2日(月)は、初日の打ち合わせがあり、この日だけ9時に病院入らねばならなかったので、7月1日(日)の夕方に長野に入りました。
東御市に行くのはもう5〜6回目だと思うのですが、やっぱり東京から近いですね!
1時間半もあれば着いてしまうので、爆睡すると終点の長野まで行ってしまいそうな勢いです・・・。
今回は上田駅前のビジネスホテルに泊まり、しなの鉄道(上田駅→田中駅まで10分)→タクシーで東御市民病院へ向かうことにしました。

今まで東御市の婦人科検診の集団検診は、各地域をバスで回って行っていたそうですが、今年から新たな試みで、市民病院を使っての検診に切り替えたとのこと。
「せっかく病院で検診するなら」と、保健師さんたちの積極的な働きかけもあって、希望者には2000円の自己負担で婦人科超音波(エコー)もできることになりました。
東御市民病院には婦人科がないので、どうなることかと心配していたのですが、人間ドックの施設の一部屋は婦人科用に確保されており、エコーは腹部検診で使われているGE社の上等のもの。(こういうこともあろうかと、経膣プローべも一緒に購入されていたそう)で、使い勝手は抜群!非常にストレスのない検診をさせていただいています。

今回の検診をお引き受けする上で、こだわりたかったのは、出来るだけエコーを併用したいということと、「顔の見える検診をしたい」というこの2点。

実は、自治体検診は、大学に居た頃にも交代で担当させていただいていたのですが、鳥取県も研修医時代にお世話になった兵庫県北部も「バス検診」でした。鳥取県のバスには検診台が1台でしたが、兵庫県のものはバス1台に検診台が2台並んでいて、婦人科医が左右に動きながら次々に細胞を取っていくんです・・・。ノルマもすごかった。確か最多で3時間に120人位の受診者だったと思います。
あれって、受診者の方もストレスでしょうが、私もすごく嫌でした。カーテンで仕切られ、顔の見えない状態で、ただひたすら子宮頚部の細胞を取っていく。
これじゃ、婦人科検診がトラウマになっても仕方がない。
なんとかしたいとずっと思っていました。

東御市でも、このような集団検診が嫌な人は、個人で産婦人科を受診して料金を補助するというタイプと選択ができるそうなのですが、この産婦人科不足の地方都市で、住民検診まで開業医さんが手が回るはずないですよね。そうなると、やっぱり集団検診の意識を変えていくしかない!

さあ、東御市の検診をどうするか・・・。

現在、銀座のクリニックでは、内診室にカーテンはありません。
バスタオルをひざ掛けのように掛けると、受診者からは診察されている部位は見えないけど、私たち医療者の動きや表情が見えるし、逆に私たちも受診者の表情や顔色などを確認できるので、安心できます。
・・・これに慣れてしまったので、最近はカーテンを閉めて内診するのにすごく違和感を感じてしまいます。

そこで今回、内診台が残念ながら旧式のベッドに足台がついているタイプ(最近のものは椅子式です)なので、安全を考えてカーテンを空けて台の昇降し、内診時に希望されたらカーテンを閉めることにしました。意外とカーテンを開けたままでの検査を希望される方が多く(閉めて欲しいとおっしゃるのは1〜2割といったところ)、正直驚きました。

「都会だから地方だから」という問題ではなく、「婦人科診療の常識・非常識」を一から見直し、本当に女性たちが望んでいる診療スタイルを「双方向コミュニケーション」で探っていかねばならないと感じました。

こんな感じで1日約70名のペースで、計21日ですから、1500人近くの検診をさせていただきます。ちょっとでも婦人科検診への抵抗感がなくなり、「これからも毎年受けたい!」と思っていただけるように、そしてこうして保健師さんたちと探っていく方式が全国の自治体に広がっていくように・・・試行錯誤しながら頑張りたいと思います。
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