センター試験、もとい、共通一次の思い出

2012/1/14  22:13 | 投稿者: 江夏亜希子

毎年、この時期は寒いですね・・・そう、今日と明日は大学入試センター試験。

私が受けたのは、センター試験ではなく、「最後の共通一次」で、
思い起こせばなんと!○○年前!!・・・って、平成元年だから計算は超簡単ですね。
移転したばかりの宮崎大の清武キャンパスに、みんなでバスに乗って行ったな〜。
バスの駐車場がまだ舗装されていなくて、ぬかるんでいたのをよく覚えています。

初日のお昼、キャンパスの庭でクラスメイト何人かでお弁当を食べました。
私は、高校時代、都城の実家を離れ、高校近くで下宿をさせていただいていました。
3年間、下宿のおばちゃんのおいしいお弁当に毎日お世話になっていたのです。
それで、共通一次の日も、いつものようにお弁当のふたを開けたら・・・
爪楊枝の先に旗がついていて、おばちゃんからのメッセージが!!

今だったら、すぐに写メに撮って、こんなブログとかにアップできたのでしょうが、
残念ながら当時はそんなものあるわけではなく。
確か、「フレ〜フレ〜あっこさん」とか書いてあったんだと思う。
いや〜、もう、言葉では表しきれなくって、涙がボロボロこぼれたのを
昨日のように思い出します。

ただ、せっかく応援していただいたのに、共通一次の点数は、思ったより取れず。
正月明けに、現実逃避で漫画「あさきゆめみし」を読んでしまったのですが、
古文でバッチリ、源氏物語の、それもちょうど読んだ部分が出て、
奇跡的に国語で192点(200点満点)という点数を取れた以外は、結構散々。
特に、生物は当初47点とかで、目の前真っ暗!
でも、他の理科科目と比べ、かなりの平均点数の差が出たために、
補正されて、なんとか首の皮一枚つながって。

でも、とても第一志望の宮崎医大に余裕で通れるほどの点数ではなく。
当時、A・B日程といって、2校受験ができたので、
B日程の宮崎医大以外のもう1校、どこを受けるのか、悩みに悩みました。
年子の兄が浪人しているのを見て、とてもじゃないけど自分は浪人は向いていなさそう。
宮崎医大がダメなら、医学部をあきらめて、歯学部や薬学部を受けようか・・・。
そう弱気なっていたら、思い切り「喝!」を入れてくださった先生がいらっしゃいました。

「医者になりたくてこれまで頑張ってきたんだから、最後までこだわらんか!!」

そうは言っても、理系が本当に苦手な私。
物理も化学も高校1年時点でちんぷんかんぷんだったので、
医学部志望のくせに理科を生物だけに絞るという大胆な行動を取っていただけに、
受験できる学校があるのかすらも、わからない。
困っていたら、その先生が2次で挽回できるような点数配分の医学部を探してくださいました。
・・・それが、鳥取大学だったのです。

そして結果は・・・A日程の鳥取は合格、B日程の宮崎医大は不合格。
合格発表から1か月も経たず、あれよあれよという間に鳥取の人になったのでした。

鳥取に行って数年は、季節うつ病になったりして大変でしたが、
住めば都とはよく言ったもので、
大学を卒業した後も鳥取の医局に残り、それから約15年を鳥取で過ごし、
今ではすっかり第2の故郷ですもんね。不思議なものです。
鳥取では、大切なクラスメイト、先輩、後輩に出会うことができ、
大学外でも、たくさんの鳥取の皆さんにお世話になるわけで、
何か、不思議なご縁に引き寄せられたとしか思えません。

医者の世界は、結構しんどいことも多く、
もしかしたらあの時、医学部に合格できずに、
「普通に」大学に行って、就職して、恋愛して、結婚して、子供に恵まれて、
「普通のお母さん」とかしていたほうが幸せだったかもな?
・・・なんて、考えたこともなくはなかったけれど、
それは、きっと、ないものねだり。
もしそうなら、「私は本当は医者になりたかったのに!」なんて
沸々としたものを抱えて生きることになったのかもしれません。

合格できる実力があったかどうかはわかりませんが、
きっと、「こいつは医者という職業に就かせよう」と神様(か誰か?)が決めていて、
そのようになっていたのではないのかな?としか思えません。

きっと、受験って、そんなもの。
ご縁のあるところに、引き寄せられるように決まっているのかもしれないな。

浪人するのは、それはそれで意味のあることでしょうし。
私みたいにストレートで入学できても、その後に迷ってしまって留年するのも、
(親が、それを許して、見守ってくれていたのも)
きっと、そのように導かれていたのだろうと思うのです。

高校受験も、大学受験も、学生時代も、国家試験を受けるときにも、
もし、その結果がダメなら、人生が終わってしまうような恐ろしさを感じていたけれども、
きっと、「なるようにしかならなかった」のだろうと、今になっては思います。
もちろん、そのための努力は確かに一生懸命やったという自負はあるけど、
そのうえで、もしダメでもきっと「方針転換」のチャンスなのではないかな?
だって、受験に失敗したって、「生命」まではとられないもの。

今年は、親戚(従兄姉の子供たち)にも受験の子が多いのだけれど、
それぞれに、精一杯頑張って、自分の道を見つけてほしいな〜と思う、寒い夜なのです。


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