悩みがないのか?悩まないのか?

2010/11/22  0:14 | 投稿者: akikoenat

この前、タレントさんの「お悩み相談」みたいなのをテレビで見てて、ふと思ったこと。

「今、私、何か悩みあったっけ?」

今年は私にとって激動の一年で、父の病気のこと、四季レディースクリニックを開業したことなど、大きな出来事が起こった年でした。
当然、日々色々なことが起こり、そのたびに決断を迫られることばかりだったような気がしますが・・・そういえば、「悩み」はないような気がします。

もちろん、目の前に起こっている事象に対し、咄嗟の判断を迫られることばかりで、
いろいろ考えてはいますが、立ち止まって悩んでいる場合じゃないという感じ?
実は、悩んでいる時間があるのって、とても贅沢なんじゃないかな?

おかげさまで、咄嗟の判断で決めてきたことも、後になったら
「あながち間違いじゃなかった」と思えることばかりで、
ありがたいことだな〜と思います。

こうして悩むことなく日々を過ごせるようになった理由を考えると、
判断基準から、「他人からどう思われるか?」という視点を一切排除したことが大きい。
自分をよく見せようとか、嫌われたくないとか。

とにかく
「自分がきちんと筋が通っていると思えるか」
「どうしたら自分で責任が取れるか」
だけを考えるようにしたら、すごく楽になりました。

今までの自分は、
「他人からどう思われるか?」ということを気にしすぎていたような。
でも、これって甘いし、ずるいですよね。
責任を「他人のせい」にする言い訳を用意しているんですから。

そして思い出したのは、
亡き父が、口癖のようにいつも言っていた
「どげんかなっとよ」 という言葉。

「お父さんはおおらかでいいよな〜。さすがO型!」
なんて、暢気に思っていましたが、
今になって、父の言葉の裏がようやくわかるような気がします。

「どげんかなる」のは、「どげんかする」からなんだよね?お父さん?

私たち家族を、そして会社の部下を、率い、支え続けていた父の言葉の重さ。
それを、気負わず軽く、大したことではないように言いながら、
きちんと、「どげんかして」から人生を終えた父のすごさ。
・・・「ひよっこ経営者」として、日々感服しております。

これからもきっと、決断と判断を迫られる毎日でしょうが、
決断や判断を最終的に他人に委ねなければならないことのほうが、
私にとってはよぼどストレスが大きいということもよくわかってきました。

父のように、日々決断・判断させていただけることに感謝して、それを楽しみつつ、
過ごしていきたいな〜と思う今日この頃です。

ちなみに今日は「いい夫婦の日」。
2年前の今日、父の食道がんが見つかったのでした。あっという間の2年でした。
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