美の巨人たち〜河井寛次郎

2006/2/4  22:39 | 投稿者: Author

今日はのんびり土曜日の夜。21時からはテレビ東京のアド街ック天国を見ることが多いのですが、今日はその後もチャンネルをかえずにそのまま見ておりました。すると、「美の巨人たち」が始まり、今日のテーマは「河井寛次郎」!これは絶対に見逃すわけにいかない!
そしてあっという間に30分番組が終わりました。うれしいことに来週後半があります。なんとしても見なくちゃ!
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/museum/f_index.htm

私にとって彼は、大げさないい方かも知れませんが「人生を変える言葉を残した人」なのです。


彼は私が学生時代から10年以上住んでいた鳥取県米子市の隣町、島根県安来市の出身。私が彼(の作品)に出会ったのは20歳の時。当時の私、実は留年中でした。
がむしゃらに勉強した宮崎での高校時代をくぐり抜け、なんとか現役で鳥取大学に滑り込んだものの、全くなじみのない土地。夏までは無我夢中で部活(水泳)に励みホームシックにもかからなかったのですが、秋が深まり冬場になると経験したことのない寒さがやってきました。そして年末、大好きな祖母の突然の死。年が明けると1m近い大雪!(10何年ぶりと報じられるほどでした)・・・後から思えば完全に「季節鬱病」ですね。まったく身動きがとれなくなり、家に閉じこもる毎日。もちろん試験なんか受ける余裕もなく・・・。様子がおかしいことに気付いた家族が宮崎に連れて帰ってくれ、暖かい宮崎でのんびり過ごすうちになんとか治ったのですが、もちろん単位は取れるはずもなく留年したのでした。
ちなみに季節鬱病とは冬期鬱病とも呼ばれ、日に当たる時間が急に短くなることが悪影響を起こすことが分かっています。治療も当然、日に当たってのんびりするのが一番(もちろん薬もありますが)です。当時、私も家族もそんな病気があるなど全く知らず病院にも行かなかったのですが、偶然とった行動が診断・治療にぴったりだった様です。あとから精神科でそのことを習って、ある意味ゾッとしました。(それで自殺する方もいらっしゃるわけですから)
さて、ちょっと話が逸れましたが、留年というある意味「人生初めての挫折」を経験した私。うつ状態からなんとか抜け出したものの、自分が何のために医者になりたかったのかわからなくなっていました。「スポーツドクターを目指す」なんて呪文のように唱えていただけで、実際にできるとは限らないし、自分が向いているかどうかも自信がない、という状態でした。
落とした単位は数単位でしたから時間はたっぷりあるわけで、余った時間にふと思い立って出かけた安来市の足立美術館(http://www.adachi-museum.or.jp/ja/index.html)で、河井寛次郎との運命の出会いが待っていました。
足立美術館には北大路魯山人とともに、地元出身である彼の作品が常設されているのです。美術にそれほどは明るくない私、恥ずかしながら寛次郎のことは全く知らなかったのです(魯山人はさすがに知っていましたが)。そんな私の中に彼の言葉は衝撃的に入ってきました。

 此世は自分をさがしに来たところ
 此世は自分を見に来たところ

今思えば、初めて「自分の全てを享け入れる」ことに覚悟を決めた瞬間がこの時だったような気がします。それから、彼の本も読みましたし、妹の住む京都にある河井寛次郎記念館にもいきました。
http://hcn.plala.or.jp/fc211/sagi/

彼が残した言葉の数々が、「自分の身の丈を知り、自分を大きく見せようとすることも卑下することもなく、誰をうらやむこともなく、ほかの誰でもない自分の人生を生きていく」という覚悟を決めさせてくれ、そして「自分自身の一番の理解者が自分であるべき」=「人のせいにしない生き方をしたい」と考えるようになったきっかけだった気がします。
私のように、彼の言葉に救われる人がいるのなら、もっと多くの人に彼の言葉・生き方を知ってほしいと思っています。
ぜひ、お時間がありましたら来週の放送を御覧下さい。







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