wing-spaceさんのブログ「今ここが幸せ」を見ていたら
「感情のコントロール」という記事があって、なんて考え方が似ているんだろうとびっくりしました。
wing-spaceさんは昔DVをやっていた人で、私は元AC。症状は違うけど、抱えていた苦しみの根っこは同じだったのかなぁ?
過去の症状も、途中の学習歴もまったく違うのに、なんで同じような考えにたどり着くのか不思議??
アドラー心理学でも感情はその人の目的の達成のための道具だと考えます。(「
感情はコントロールできる」というアドラー心理学学者が書いた本があるくらい。)
私は、それに
TA(交流分析)の知識を織り交ぜて、「感情はある程度定式的に湧き上がってくるものだけど、目的のための道具だと気がつけばかなりの自由度でコントロールできるもの」と考えています。
感情は私たち高等なほ乳類がよりうまく生きていくための道具として開発されました。だから、犬や猫でも、愛情とか喜びとか悲しみとか怒りとか嫉妬とか恐れとか、基本的な感情は使えます。これは動物を飼っている人には周知の事実ですよね。
だから、それぞれの基本的な感情には、大まかな使用目的があります。
例えば、「好き」「愛らしい」という愛情の感情は誰かに親しく近づくための感情です。「好き」という感情があった方がより大胆に近づいていけますものね。で、ほ乳類は丸っこい形態に「愛らしい」という感情を発動させるようにインプットされています。
だから、ほ乳類の赤ん坊はみんな同じように丸っこくて「愛らしい」でしょう。成体が赤ん坊の世話をしやすいように、成体が愛情をという感情を持ちやすいように、ほ乳類の赤ん坊はあんな形態をしているのです。
そのようにインプットされた情報でなくても、私たちが相手に近づきたいという意図や目的を持てば、「好き」という感情が発動されます。
インプットされた情報の刺激によるものであろうとなかろうと、私たちは相手に近づいて親しくしたいという意図を持った時、「好き」という感情を発動させます。その証拠に、おなかをすかせた肉食獣はいくら獲物の赤ん坊が可愛いくてもかみ殺して食べてしまいます。
逆に、「可愛いし、育ててやろう。」という意図を持ったオオカミは人間の子を育てます。(希な出来事ですけど。)
とにかく、目的と意図によって感情は簡単にコントロールできるということです。
逆に、あなたが「嫌悪感」という感情を発動させたら、それはあなたには、何かの理由で相手に近づきたくないという意図があるのでしょう。
あなたが体感タイプだったら、相手の醸し出す雰囲気が過去に嫌な目に遭わせた人間と似ていたのかもしれませんし、視覚タイプだったら、相手の姿形があまり思い出しもしない嫌な体験を連想させるのかもしれません。
怒り系列の感情は、もともと攻撃してくる相手から自分の身を守るために創り出された感情です。怒りの表情によって、攻撃してくるかもしれない相手を怯ませ、怒りによって体中に満ちたアドレナリンのパワーでもって反撃して、自分の身を守るのです。
だから、誰かに攻撃されたと感じ、それを脅威と思うと、怒りが湧き起こります。その意味で、怒りは重要な感情です。
怒りの感情を出すことを悪いことだと教えられて(言葉ではなくて親の態度で)、怒りを封印してきた人は苦労します。実際に攻撃を受けた時に怒りのパワーで反撃できないからです。
もちろん、いじめはいじめる方が不適切なので、いじめられる方にも理由があるなどと言うつもりはないのですが、人をいじめるほど劣等コンプレックスを募らせた人は、鋭い嗅覚で怒りを封印している人を捜し当てて執拗にいじめ続けます。
怒りが「悪い」と誤解されやすいのは、怒りが防御のためでなく、他人を自分の思い通りにコントロールしようという自己中心的な意図のために使われやすいからです。
怒りは自己防衛のための道具ですから、感情の中で最大のパワーを私たちに与えてくれます
ですから、その道具の使用者である人間が、周囲の人間を自分の思い通りにコントロールしたいと意図した場合に、怒りはあばれ狂うわけです。突き刺すような傷つける言葉、暴力さえもが伴うかもしれません。
これは、怒りという道具が悪いのではなくて、道具を自己中心的な他者コントロールという意図のために悪用したことが不適切なのです。
悲しみはもともとは「どうしようもない傷ついた心」を癒すための感情です。誰か大事な人を喪った時など、人は悲しむことによって自分自身を癒します。十分悲しんでいないと、そのほころびはいろんなところに出てきます。
だから、グリーフワークなどをするのです。
ところが、これも違う意図で使うことが出来ます。例えば、誰かの注目を引きたい時泣く子どもがいます。泣くことで大人を自分の思い通りにコントロールしようとしているのです。
大人は(大人になっても悲しむことで誰かの注目を引くという作戦を使い続けている人もいますが、多くは子どもなので)そんな子どもの作戦に引っかかってはいけません。
他者コントロール癖というやっかいな不幸に至る癖をその子につけてしまいます。
意図の見分け方は簡単です。自分を癒す意図の悲しみは一人にしたら、じっくり悲しんで復活してきます。一人で十分癒せるからです。他人の注目などじゃまになるだけです。
注目作戦の悲しみは、「あっちで一人でじっくり泣いておいで。」と促すと、今度は怒りを使ってじたんだし出すでしょう。
うちでは、子どもが泣き出したら、「どうぞ、二階に行ってゆっくり泣いてきてください。」ということがルール化してありました。「何か要求がある時は、態度で示すのではなく、言葉を使って理性的に話してください。話し合いにはいつでも可能な限り応じます。泣きやんだら、おりてきて私たちと仲良くしましょうね。」と言ってありました。
恐怖系の感情は、もともとは未来の危険から自分を守るための感情です。
だから、車のスピードをある程度出すと怖くなってきてアクセルをゆるめます。
大事な恐怖の感情を麻痺させることを勇気と勘違いしている暴力団関係者などの人たちは、早死にする可能性が高いです。危険な境地に自分を追い込んでいくからです、恐怖を麻痺させながら。
だから、対人恐怖症などの困った恐怖は、恐怖の対象を何のために危険だと思っているのかということを明らかにしていくことで解消していきます。
危険ではないということを、セラピーによって自分の無意識に刻み込み、自分に言い聞かせ、明らかにさせればいいからです。

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