これは、2003年6月、山陰〜北九州にかけてのトレイング終了時に平成筑豊鉄道で締めくくり、行橋で特急富士に乗り込んだ時の車窓である。
一般的には、ビジネス指向で夜22時頃発車し朝7〜8時頃目的地に着く寝台特急が最も生き残っているわけだが、やはりこういうまだ陽のあるうちから走り、だんだん暗くなっていき、そして眠り、だんだん明るくなっていく寝台特急こそが本来は王道である。
「夢空間」が現役だった頃は、「夢空間でディナーを味わうこと」を目的に弘前行
きや和倉温泉行きなどの臨時特急が運転されたが、ディナーを味わうことと、それに
相応しいたそがれの時間帯を走らせるために 列車はわざと始発を16時〜17時と
いうかなり早い時間にしておき、ゆっくりディナータイムを味わい、途中長時間の
運転停車を随所に挟み定期寝台特急や貨物列車に何度も道を譲り、終着には9時から
10時にゆっくり入る、こんなダイヤで設定されていた。始発時間からして、この
手の列車に乗るにはリーマンなら最低半休を取らないといけない不便もあったが、
おそらくゴージャスなディナーもあったりしたことから、どちらかと言えばセレブ
なおばちゃんや定年退職後の暇なご隠居さんたちが主な利用者層だったと思われる。
さて「夢空間」亡き後、この手のクルージングタイプの夜行臨時列車が走ることが
皆無になった。
こうなると、サンライズを交直流にした上で、更に中間車にモハ(ロビーカー)
とサハシ(高級食堂車)を挟んだ585系のような寝台電車の登場を望むしかない。
きっと我が師匠川〇令三代先生も喜ぶだろう。最近 オバちゃんや定年退職者の
セレブ客層はこの手の列車が皆無な状態になって皆寂しい思いをしている事だろう。
セレブ と言えば、まだバブル景気の頃だが、オリエントエクスプレスが来日した
事もあった。やはり最高速度が通常の日本の寝台特急より若干遅いので、定期列車に
道を譲りながらのゆっくりした走行だったようだ。この列車はテレビ番組では当時
拝見したが ロンドンからずっと欧州、シベリア、中国を経由するフルコースでのツ
アーは料金が100万円の大台で見るからに金持ちの人たちが参加していた。
もう日本の寝台車にはあまり期待できないので、今後はJR各社は欧州から車両を
レンタルするなどして企画列車を走らせるべきである。