さて、いよいよ風邪シーズン到来ですね。
今日は皆さんに
風邪の症状にはそれなりに理由がある!
ということでお話させていただきます。
風邪といいましても実際には風邪と区別されている
インフルエンザについて書きます。
1.のどの痛み→2.咳→3.発熱→4.食欲減退(疲労感)→5.鼻汁
の順で説明します。
1.のどの痛み
ウイルスが口腔粘膜から進入し細胞内に入ります。このとき一次免疫群(好中球・マクロファージなど)がそれに気づき退治しようとします。
そのときの戦いが炎症反応として痛みや腫れを伴います。
この戦いに勝てる体力があれば、ここで風邪は完治します。また過去に罹患(感染)した事があるウイルス(香港Aなど)であれば、体内に、そのウイルス専用の武器(抗体)が存在し、瞬く間にやっつけられます。いわゆる新種のウイルスに感染すると抗体がありませんので次の症状に進んでいきます。
2.咳
喉に異物が入ってくるとそれを排除しようとして咳を出します。喉の粘膜には
繊毛(過去記事参照)という毛があって異物を外に排除したり、タンパク分解酵素を出して進入しようとする微生物を溶かしてしまう働きがあります。その残骸を痰として外に出そうとするのも咳です。
激しい咳で眠れなかったり、苦しかったりしたら咳止めで止めたほうがいいですが、多少の咳はむしろ出したほうがいい訳です。言わばこれこそが一次免疫(防御作用)と言えるからです。
3.発熱
ウイルスが喉の粘膜細胞に進入したあと一次免疫群でやっつけられないとき、前出のマクロファージは、サイトカイン(インターフェロン・インターロイキンなど)と言われる物質を放出します。この中の一部が
脳の発熱中枢まで行き、その指令の元 脳は発熱させます。発熱させる理由は、
ウイルス自体が熱に弱いことから、ウイルスの働きを弱らせるために発熱させます。また発熱させ交感神経を興奮させ戦う気持ちを高めるという説もあります。したがって熱は風邪を治すために必要不可欠なんです。最近は病院でもあまり解熱剤を出さなくなりました。上記の理由以外に、無理に熱を下げるとウイルスの働きが活発になるだけでなく、脳の血液脳関門(関所みたいなところ)をウイルスが通り抜け(通常は通らない)
脳症などの致命的な症状が出ることがあります。
4.食欲減退(疲労感)
体は風邪をひくと、全勢力をウイルス退治に費やそうとします。食欲がなくなるのは胃腸や肝臓は休んでいてもらうためです。従って、昔のように無理やり食べさせることはありません。最低限の水分・ミネラルの補給だけでいいのです。食欲が出てきたときはウイルスが減るか滅びたときです。そうしたら思う存分(限度はあるが)食べさせてください。
疲労感も同じです。体を休ませろ!という防御システムです。
5.鼻汁
ここでは、白または黄色い鼻汁についてお話します。透明な鼻汁は鼻炎などのアレルギーで起こる場合が多いので別けさせていただきます。
これらは痰と同じで、喉粘膜周囲から鼻腔にかけて感染したウイルスをやっつけようとした免疫群ならびに粘液からできています。つまり体が戦ってる証拠です。
以上主な風邪症状について述べましたが、風邪をひいても早く治るか、軽く済むかはその人の体力によります。
◆ウイルスが進入してからの人体の対応は、ウイルスが進入してマクロファージがウイルスを貪食(どんしょく)します。その破片を持ってT細胞という司令官的存在の免疫細胞に提示(実際にやりとりをする)します。提示されたT細胞は、全部隊に総攻撃命令を出します。すると各免疫細胞は勢いづきウイルスの入った細胞を破壊します。(一種の炎症)このときその細胞には”ウイルス入ってますよ”という目印がつきます。(ほんとうです)その目印を認識し破壊します。
これと同時に、司令官のT細胞はB細胞という武器製造工場(抗体産生細胞)に
、”そのウイルス専門の兵器(抗体)”を作らせます。抗体ができれば瞬く間にウイルスは全滅します。ここまでの日数が体力で決まります。
日ごろ体力をつけて風邪をひかない、ひいても軽く済むか早く治せる体をつくりましょう。いろんなものを食べてよく眠ることが大事ですね。
もちろん
手洗い・うがいは忘れずに。
質問がありましたらお気軽にコメント欄にお書きください。
おまけ)
「うちの子はすぐ風邪をひくから」
「僕は(あたしは)風邪をひきやすいのよ」
こういった言葉は禁句です。なんの特にもなりません。子供に対しては”脳裏に焼き付けて”しまうことになります。
こんな実話があります
ある20代の強靭な体を持ったスポーツマンがいました。
しかし、ある日 夕立に会い 少し雨に濡れてしまいました。
するとまもなく発熱し風邪の症状を訴えました。この青年 真冬でもサーフィンをやるほど冷たい水には慣れているのに・・
青年が言いました
「私は、小さい頃お母さんから”雨に濡れると風邪ひきますからね”と年中言われていたんです。」・・・と

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