母の手術から
誰が何を言っていたとか、
誰々が嘘ばかりつく・・・とか
巻き込まれてきて、
あねが信じられるのはあちこだけだと思っていたから
色々あちこに確認したりしてきた。
あちこは日記に
「嫌われても、自分が大事に思う人が健康ならいい」
「気付かれなくても」
と書いていた。
あねも
「鬱病のあちこをけっして見捨てない」といった。
ずっと言ってきた。
それは昔も今も変わらない。
それは、この日記を読み返してもわかる。
あちこは自分が自殺未遂したから
約束を破ったと負い目があるから普通にできない。
ぎくしゃくしていると言った。
病院でそんな事ない、絶対見捨てないと言ってからも
相変わらず以前のように連絡をしたりしない。
自分の心の目を信じて
なぜこうなったのか考えてみた。
思い出した。
自殺未遂をするずっと前から
この日記を書かなくなった頃くらいだったと思う。
あちこを信じて言った事が母に伝わっていた。
あちこだけが知っていればいい事を
母に言っていた。
母は怒ってすぐに電話してきた。
あねは「どうして母に言うんだろう・・・」と不思議に思った。
あちこを信じて、あちこに話す事ができないのかな・・・と思った。
それからもたまにあちこと話すと
「あれ?」と思う事が度々あった。
全て母の意見と同じだったからだ。
今まで母のそういう所が嫌だと言っていたのに
そっくりそのまま同じ事を言っていた。
自分の意見というより、母が言った事をそのまま信じて
そう思っているといった感じだった。
あねは母のそういう所が嫌だから
ちょっとあちこと付き合いにくいな・・・と思っていた。
人の言葉は信じない。
自分の心の目で見た事しか信じない。
母の手術の病院でも
「変わったな・・・」と思う事があった。
あちこには全部言っている。
日記にも書いている。
だからあちこは忘れたり、自分の知らない所で人を傷付けたりしているのかもしれない。
だから今あねは
あちこと溝ができたのだと思い出した。
信じて話した事を母に全部伝える。
母はそこから嘘をつく。
それが嫌だから、あちことどう接したらいいのか分からなかった。
それが真実。
あねもそうだが
自分の姿は自分で見えないのかもしれない。
あちこにはあちこの考えがある。
いちいち面倒くさいと言われるかもしれない。
だからこの話にも何も言わないかもしれない。
あねは
あちこを信じて
これを書いた。
書いた事で関係が良くなるかどうかは分からない。
ただ、これを読んであちこがどう思うのか
あねを切るのか、また母に相談するのかは分からない。
人の言葉に惑わされるのは嫌だから
自分がされた事、したことを事実として書いた。
ただ
あちこを信じた。
それでも
絶対に病気のあちこは見捨てない
絶対に