仕事から帰ってみると、昨日まで硬い玉のような蕾だったボタンが、まるでポップコーンが弾けるみたいにほころびていた。
去年は大ぶりの花がふたつだけ咲いたのに、今年は小さめの花がいくつも一緒に咲いた。
同じく夕方になって気がついたのだが、庭に三個見つけていたオオカマキリの卵のうのうち、ひとつが今日、昼のあいだに孵化していた。
子カマキリはすでに分散して、わずかに十数匹が卵のうの上に留まっていた。
昨年の日記を見ると、ボタンの開花は五月の末、カマキリの孵化は六月の出来事だったようだ。
天気予報によると、明日は大荒れの天気だという。
咲いたばかりのボタンも生まれたてのカマキリたちも、どうか雨風に耐えてくれよと、祈るばかりである。
* * *
昨年、カマキリが孵化した日に書いた詩を、以下に再録してみる。
思えばこの詩が、新刊エッセイ『昆虫楽園』の重要なエッセンスとなった。
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おめでとう さようなら 六・十四
その密やかで
しかし賑やかな出来事は
朝早くに起こったのだ
雑草の庭の片隅で
朝寝坊の庭番は
その瞬間を見逃すところだった
しかし優しい優しい雑草たちは
声なき声で教えてくれた
……ここへおいで
しゃがんでごらん……
わたくしは招待された
密やかで賑やかな
自然界のセレモニーに
雑草を排除しない
そのご褒美に
そのうす茶色の塊は
昨年の晩秋に
母カマキリが産んだものだ
雑草の庭に託すように
静かに静かに祈るように
わたくしは母カマキリの最期を見た
十二月の寒い晩
彼女はひっそりと身を横たえた
わたくしの手のなかで
かすかに息を吹きかえし
……いい一生でした
精いっぱい生きました……
母カマキリには
千の兄弟姉妹がいた
うす茶色の塊には百五十の卵
母カマキリのそのまた母は
それを七つも産んだのだ
千の兄弟姉妹のうち
九百九十五匹は幼くして死に
残った四匹はおとなになって
卵を残して死んでいった
そして最後の一匹は
……こんなに空気の澄んだ
星明かりの夜に死ねるなんて幸せ……
わたくしの手のなかで
眠るように旅立った
翌朝
わたくしは見た
雪を被って輝く
七つのうす茶色の塊を
彼女もまた千の卵を
雑草たちに託したのだ
それから半年
六月の晴れた朝
とうとうそのときは訪れた
うす茶色のかたまりから
あふれるように生まれてきたのは
透き通るような体をした
吹けば飛ぶような カマキリたち
おめでとう おめでとう
今日が君たちの誕生日
意気揚々とカマをかまえ
雑草の庭を見わたすカマキリたち
おめでとう おめでとう
今日が君たちの旅立ちの日
六月の空に響く
祝福の声
おめでとう おめでとう
しいーっ!
大きな声を出しちゃいけない
ヨモギの葉っぱのその裏で
一部始終を見つめるクモ……
やれやれこれで
ようやく獲物にありつけるわ……と
てぐすね引いて待っている
早くもそれらの犠牲になって
命を失うカマキリたち
さようなら さようなら
お空の母さんに伝えておくれ
みんな 元気で生まれてきたと
さようなら さようなら
生まれたその日に さよならなんて
それが虫の宿命だなんて
おめでとう さようなら
それが虫として生きるということ
おめでとう さようなら
でも やっぱりおめでとう
さようならと おめでとう
ちょっぴりだけど
おめでとうのほうが多いのよ
それが虫の宿命なら
ちょっぴりのおめでとうを大切に
ちょっぴりのおめでとうに感謝して
誰が死に
誰が生きても
恨むことなく
生き残った誰かが
千の卵を残すだろう
死んだみんなのぶんまで
卵を産んでくれるだろう