野村胡堂は、今年、生誕百三十年、没後五十年という節目の年に当たっている。
そこで名誉館長である高橋克彦氏の講演も、四月からの来年度は文章講座受講生限定などと言わず、大々的に開催しようと計画している。
氏の講演は、対談相手を設けるのが常なので(一昨昨日は、脚本家の道又力氏にお願いした)、では今年は、氏と親交のある脚本家の内館牧子さんにお願いしよう、と考えた。
さっそく、講演を終えたばかりの高橋克彦氏に、次回の相談をする。
「対談相手に内館牧子さんをお願いしたいのですが……」
「ああ、いいんじゃない」
「では、交渉を進めさせていただいてよろしいですか?」
「ああ、だったら明日、僕ら盛岡で内館さんに会うから、そこへ来て、直接お願いしてみたら?」
なんと内館さんは、テレビの取材で大槌町を訪ねるため、盛岡に前泊するというのである。
直にお話しできるのなら、それがいちばん気持ちも伝わるだろう(何しろ内館さんの講演料の相場に比べたら、スズメの涙ほどの講演料でお願いしなければならない)と、ありがたく同席させていただくことにした。
* * *
当日は、スタッフのOさん、Sさんと、女三人で出かけた。
宴席に飛び入りで参加するには、かしましい人数である。しかし皆さん、
「いいよ、いいよ、座って、座って」
と、お優しい。
自己紹介が必要だと思い、私は『宮澤賢治 雨ニモマケズという祈り』を持参していた。
すると内館さんは、
「あら、この本、新聞で見たわ!」
とおっしゃる。
そう言えば先週、賢治関連書籍の出版について、読売新聞に記事が載ったばかりだった。
「記事を見て、読みたいな、と思っていたのよ」
なんと内館さんは賢治が大好きで、今年の年賀状のために、わざわざ賢治ゆかりの岩手大学構内で写真を撮り、それを使ったのだという。
興味のない本を持参すれば、荷物になるだけだと危惧していた私が、ほっと胸をなで下ろしたことは、言うまでもない。
その席にいたのは、毎年暮れに上演される盛岡文士劇に出演している面々だったし、内館さんもすでに文士劇の常連になっていたので、
「だったら講演を、文士劇の練習日とぶつけちゃえばいいじゃない。昼に講演をして、夜に練習をするの」
との内館さんのツルの一声で、講演依頼は、じつにスムーズに終了した。
単にタイミングがいい、という言葉では片づけられないほど、タイミングがよかった。
ふだん、ろくな信仰を持たない私だが、こういうときばかりは、神様っている! と思うのである。

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