2009/11/19
なぜ「科学」はウソをつくのか
・「なぜ『科学』はウソをつくのか 環境・エネルギー問題からDNA鑑定まで」
著者:竹内薫
出版:祥伝社

最近の事業仕分けで科学技術関連の予算がバカバカと廃止・削減査定されたことに作者はかなり憤慨していた。
その様子がTwitterに流れ、本書を読んだ小飼弾氏が「この本を書いた作者がそんな風に怒るのはどうなの」みたいな一言を掛け、それに対して素直に作者が反応する一幕があって(詳細なヤリトリは覚えてないんだけど)、これはちょっと好感が持てる光景であった。
本書で、研究費について、作者はこう書いている。
<なんらかの形で「血税」を注ぎ込むべきかどうかを診査するシステムが必要になるが、残念ながら、そこに税金を出している側の「市民」が第三者的に参加するシステムはない。結局、科学者(の親分たち)と文科省の役人が研究費の配分を決めてしまう。だから、大学や研究所は、こぞって文科省の役人の天下りを受け入れようとする。彼らは「金」を背負っているからである。科学本来がもつ「社会の赤子」としての性格と、無駄に浪費される税金の問題は、いずれ、文科省の改革とともに必要となるだろう。>(P.199〜200)
「事業仕分け」は、ある意味で「そのとき」が来たとも言えるんじゃないかね。
今回の「事業仕分け」におけるヤリトリ、そこでの文科省の敗北は、上記の作者の問題意識そのままが噴出した事象のように思える。
まあ作者は「科学」を愛しており、「社会の赤子」としての「科学」の重要性を強く認識している。
だからこそ「事業仕分け」に対して強く憤ったんだろうが、「社会」に対してそのことを説明し、理解することを怠ってきたコレまでを思えば、その当然の帰結であったとも言えるんじゃないだろうか。
「国家のことを考える政治家ならば、そこまで見通すべき」ということかも知れないが、政治家だって万能じゃないからねぇ。
(勿論、「事業仕分け」は一つのプロセスであり、最後は「政治」が決めることになる。
そこで「逆転」がある可能性は否定しないが(理系内閣だしね)、文科省の説明能力の驚くべき低さ、組織の不合理さについては、今回の事業仕分けであからさまになっている(そういう意味では毛利氏の説明は素晴らしかった)。
ここにメスを入れる必要性があるのは間違いないし、そこは作者の問題意識と重なるんじゃないかね)
<本書は半自伝風の科学評論である。>(P.3)
<この本は、ボクの仕事の中では硬いほうに属する。よくもわるくも真面目な「科学評論」を集めたものだからだ。>(P.202〜203)
まあそういう本なんだけど、すごく読みやすいし、バランスも取れていると思う。
実名を挙げての科学者批判は、
「そりゃ煙たがれるだろうな」
とは思うけど(笑)、面白さという点では、結構貢献している。
それに言い分は作者の方に利があると思うしね。
こういう人物を科学界はもっと活用しなきゃダメだよな。
そうして科学ファンを増やし、そのことで科学に関連する「産業」の層を厚くしながら、社会の理解を深め、政策決定に影響を与えていく。
そういう「好循環」を作り上げることが早急に求められる。今回の「事業仕分け」が明らかにしたのは、そういうことだと思うよ。
別に狙ったわけじゃないだろうけど、「事業仕分け」のおかげで、本書は「ホット」な内容になっている。
一読の価値アリ・・・です。
著者:竹内薫
出版:祥伝社

最近の事業仕分けで科学技術関連の予算がバカバカと廃止・削減査定されたことに作者はかなり憤慨していた。
その様子がTwitterに流れ、本書を読んだ小飼弾氏が「この本を書いた作者がそんな風に怒るのはどうなの」みたいな一言を掛け、それに対して素直に作者が反応する一幕があって(詳細なヤリトリは覚えてないんだけど)、これはちょっと好感が持てる光景であった。
本書で、研究費について、作者はこう書いている。
<なんらかの形で「血税」を注ぎ込むべきかどうかを診査するシステムが必要になるが、残念ながら、そこに税金を出している側の「市民」が第三者的に参加するシステムはない。結局、科学者(の親分たち)と文科省の役人が研究費の配分を決めてしまう。だから、大学や研究所は、こぞって文科省の役人の天下りを受け入れようとする。彼らは「金」を背負っているからである。科学本来がもつ「社会の赤子」としての性格と、無駄に浪費される税金の問題は、いずれ、文科省の改革とともに必要となるだろう。>(P.199〜200)
「事業仕分け」は、ある意味で「そのとき」が来たとも言えるんじゃないかね。
今回の「事業仕分け」におけるヤリトリ、そこでの文科省の敗北は、上記の作者の問題意識そのままが噴出した事象のように思える。
まあ作者は「科学」を愛しており、「社会の赤子」としての「科学」の重要性を強く認識している。
だからこそ「事業仕分け」に対して強く憤ったんだろうが、「社会」に対してそのことを説明し、理解することを怠ってきたコレまでを思えば、その当然の帰結であったとも言えるんじゃないだろうか。
「国家のことを考える政治家ならば、そこまで見通すべき」ということかも知れないが、政治家だって万能じゃないからねぇ。
(勿論、「事業仕分け」は一つのプロセスであり、最後は「政治」が決めることになる。
そこで「逆転」がある可能性は否定しないが(理系内閣だしね)、文科省の説明能力の驚くべき低さ、組織の不合理さについては、今回の事業仕分けであからさまになっている(そういう意味では毛利氏の説明は素晴らしかった)。
ここにメスを入れる必要性があるのは間違いないし、そこは作者の問題意識と重なるんじゃないかね)
<本書は半自伝風の科学評論である。>(P.3)
<この本は、ボクの仕事の中では硬いほうに属する。よくもわるくも真面目な「科学評論」を集めたものだからだ。>(P.202〜203)
まあそういう本なんだけど、すごく読みやすいし、バランスも取れていると思う。
実名を挙げての科学者批判は、
「そりゃ煙たがれるだろうな」
とは思うけど(笑)、面白さという点では、結構貢献している。
それに言い分は作者の方に利があると思うしね。
こういう人物を科学界はもっと活用しなきゃダメだよな。
そうして科学ファンを増やし、そのことで科学に関連する「産業」の層を厚くしながら、社会の理解を深め、政策決定に影響を与えていく。
そういう「好循環」を作り上げることが早急に求められる。今回の「事業仕分け」が明らかにしたのは、そういうことだと思うよ。
別に狙ったわけじゃないだろうけど、「事業仕分け」のおかげで、本書は「ホット」な内容になっている。
一読の価値アリ・・・です。
2009/11/18
自由をつくる 自在に生きる 本
・「自由をつくる 自在に生きる」
著者:森博嗣
出版:集英社新書

読んでて、少し前に読んだ橘玲氏の「知的幸福の技術」を思い出した。
肌合いはだいぶ違うし、森氏は新自由主義的思想とは少し違うスタンスにあると思うんだけど、
<結論からさきに書くと、「人生の目的は自由だ」と僕は考えている。自由を獲得するために、あるいは自由を構築するために、僕は生きている。>(P.18)
ってスタンスに通じるところを感じる。
そしてその「自由」を、「自在に生きる」って置き換えたところに作者のセンスがある。
確かにこう言い換えられることによって、作者の主張するイメージがより明確になった感じがするし、
「確かにな」
って気分にもなった。
まあ、
「金持ちだから言えること」
って意見もあると思うよ(笑)。
「具体的」であることに作者は批判的だし、同感でもあるんだけど、ここらへんを「具体的」に書いた橘氏の作品のほうが、(ベストセラーを出して金持ちにはなれない)一般人には近しいかも。
まあ投資にもナカナカ踏み込めないんだけどね、ここいらの層はさ(自分含む)。
ただ基本的には「賛成」かな。
今さら独立する気も、「何か一発小説でも書いて当ててやろう」って気持ちもないんだけど(笑)、
「自在に生きたい」「そのための準備をしたい」
そういう気持ちは確かにあるし、本書を読んで刺激もされた。
勿論、本書にはそのための「具体的なこと」はあまり書かれてないので、そこんとこは自分で考えなきゃいけないんだけど、そのこと自体が楽しみにもなるしね。
ところで本書については(本論とは少しそれるけど)森氏の自分自身の著作やファンに対するシニカル(?)な態度も気になった。
(映画「スカイ・クロラ」について)<「原作と違う」的なことを言う人は、森博嗣の作品がものすごく好きなのだろう。しかし、好き故に、明らかに自分の視野を狭くしている。感性が鈍った老いた状態だと僕は思う。>(P.156)
<たしかに「森博嗣は初期の作品が面白い」と評されることは多い。それは、そういう面白さを、初期には狙って書いていたからだ。悪い言葉で言えば、それに乗せられた人が多かったのだろう。騙された、と表現してもまちがいではない。手品だって騙されるのだし、エンタテインメントとは、乗せられてなんぼ、のものである。>(P.169)
「感性が鈍った老いた状態」「乗せられた」「騙された」・・・まあ言いたい放題(笑)。
それが言えるほど、「自由」ってことなんかいね。
でもこういうスタンスは僕は嫌いじゃない。
自分自身に対して意識的であり、客観的であろうとすること。
そのことをキチンと表明できること。
これはナカナカできないことだよ。
<毎日が終わって、ベッドで少し読書をしてから、僕はライトを消す。そのとき、明日も楽しいことが待っているぞ、と思えること、それが幸せだと思う。ときどきは嫌なこともあるし、どうしても回避できない障害だってある。けれど、その向こうに楽しみが待っているから生きていけるのだ。
自由を目指して生きる理由は、それがとんでもなく楽しいからである。>(P.189)
小説家らしい締めだなぁ。
この境地までは、相当距離がありそうですがね(笑)。
著者:森博嗣
出版:集英社新書

読んでて、少し前に読んだ橘玲氏の「知的幸福の技術」を思い出した。
肌合いはだいぶ違うし、森氏は新自由主義的思想とは少し違うスタンスにあると思うんだけど、
<結論からさきに書くと、「人生の目的は自由だ」と僕は考えている。自由を獲得するために、あるいは自由を構築するために、僕は生きている。>(P.18)
ってスタンスに通じるところを感じる。
そしてその「自由」を、「自在に生きる」って置き換えたところに作者のセンスがある。
確かにこう言い換えられることによって、作者の主張するイメージがより明確になった感じがするし、
「確かにな」
って気分にもなった。
まあ、
「金持ちだから言えること」
って意見もあると思うよ(笑)。
「具体的」であることに作者は批判的だし、同感でもあるんだけど、ここらへんを「具体的」に書いた橘氏の作品のほうが、(ベストセラーを出して金持ちにはなれない)一般人には近しいかも。
まあ投資にもナカナカ踏み込めないんだけどね、ここいらの層はさ(自分含む)。
ただ基本的には「賛成」かな。
今さら独立する気も、「何か一発小説でも書いて当ててやろう」って気持ちもないんだけど(笑)、
「自在に生きたい」「そのための準備をしたい」
そういう気持ちは確かにあるし、本書を読んで刺激もされた。
勿論、本書にはそのための「具体的なこと」はあまり書かれてないので、そこんとこは自分で考えなきゃいけないんだけど、そのこと自体が楽しみにもなるしね。
ところで本書については(本論とは少しそれるけど)森氏の自分自身の著作やファンに対するシニカル(?)な態度も気になった。
(映画「スカイ・クロラ」について)<「原作と違う」的なことを言う人は、森博嗣の作品がものすごく好きなのだろう。しかし、好き故に、明らかに自分の視野を狭くしている。感性が鈍った老いた状態だと僕は思う。>(P.156)
<たしかに「森博嗣は初期の作品が面白い」と評されることは多い。それは、そういう面白さを、初期には狙って書いていたからだ。悪い言葉で言えば、それに乗せられた人が多かったのだろう。騙された、と表現してもまちがいではない。手品だって騙されるのだし、エンタテインメントとは、乗せられてなんぼ、のものである。>(P.169)
「感性が鈍った老いた状態」「乗せられた」「騙された」・・・まあ言いたい放題(笑)。
それが言えるほど、「自由」ってことなんかいね。
でもこういうスタンスは僕は嫌いじゃない。
自分自身に対して意識的であり、客観的であろうとすること。
そのことをキチンと表明できること。
これはナカナカできないことだよ。
<毎日が終わって、ベッドで少し読書をしてから、僕はライトを消す。そのとき、明日も楽しいことが待っているぞ、と思えること、それが幸せだと思う。ときどきは嫌なこともあるし、どうしても回避できない障害だってある。けれど、その向こうに楽しみが待っているから生きていけるのだ。
自由を目指して生きる理由は、それがとんでもなく楽しいからである。>(P.189)
小説家らしい締めだなぁ。
この境地までは、相当距離がありそうですがね(笑)。
2009/11/16
My Wife's Birthday
11月15日は妻の誕生日。
例年、この時期には家族サービスもかねて「ディズニー・リゾート」に行くことにしているのだが、今年は新型インフルエンザがちょっと怖くて、そっちは暖かくなるまで見送り。
代わりに土・日二日間で、横浜まで小旅行をしてきた。
東京に赴任して以来、横浜にはちょくちょく遊びに出かけていたのだが(家からは車で1時間か、1時間半くらい)、ここんところは開港150周年の人出を避けていたので、今回の滞在はちょっと久しぶり。
ネットで安くなっていた「ロイヤルパークホテル」に一泊した。

ところが11月14日・15日は「横浜女子国際マラソン」が開催される日程だったんだよねぇ(笑)。
おかげでそこいら一帯は交通規制で、ほとんど車での移動は出来ない状態。
車をホテルの駐車場に預け、移動は徒歩のみになってしまった。
もっとも幼児連れであっちゃこっちゃは行けないから、ランドマーク中心で買い物&遊ぶで十分だったけどさ。
土曜日は小雨交じりの冷たい日だったけど、翌日は富士山もバッチリの快晴。
高層階からの素晴らしい眺めを満喫し、ゆっくりとランドマークを散策。


それなりの「誕生日」だったのではないか、と。
もっとも「誕生日プレゼント」の方は、「予算オーバー」で、「クリスマスプレゼントとの合わせ技」にしてもらったんだけどね(笑)。(Waileaのペンダントです)
例年、この時期には家族サービスもかねて「ディズニー・リゾート」に行くことにしているのだが、今年は新型インフルエンザがちょっと怖くて、そっちは暖かくなるまで見送り。
代わりに土・日二日間で、横浜まで小旅行をしてきた。
東京に赴任して以来、横浜にはちょくちょく遊びに出かけていたのだが(家からは車で1時間か、1時間半くらい)、ここんところは開港150周年の人出を避けていたので、今回の滞在はちょっと久しぶり。
ネットで安くなっていた「ロイヤルパークホテル」に一泊した。

ところが11月14日・15日は「横浜女子国際マラソン」が開催される日程だったんだよねぇ(笑)。
おかげでそこいら一帯は交通規制で、ほとんど車での移動は出来ない状態。
車をホテルの駐車場に預け、移動は徒歩のみになってしまった。
もっとも幼児連れであっちゃこっちゃは行けないから、ランドマーク中心で買い物&遊ぶで十分だったけどさ。
土曜日は小雨交じりの冷たい日だったけど、翌日は富士山もバッチリの快晴。
高層階からの素晴らしい眺めを満喫し、ゆっくりとランドマークを散策。


それなりの「誕生日」だったのではないか、と。
もっとも「誕生日プレゼント」の方は、「予算オーバー」で、「クリスマスプレゼントとの合わせ技」にしてもらったんだけどね(笑)。(Waileaのペンダントです)
2009/11/14
ネットビジネスの終わり 本
・「ネットビジネスの終わり ポスト情報革命時代の読み方」
著者:山本一郎
出版:PHP研究所

なかなか辛辣な内容・・・
というのが読後の第一印象。
製造業、メディア産業、コンテンツ産業(アニメとかのね)、情報産業の現状を分析し、その厳しい現状(惨憺たると言ってもいい)から、日本が厳しい状況に置かれていることが浮かび上がってくる。
まあ読んでて暗くなっちゃったよ(笑)。
まあ分析内容の基本的な部分はある程度「分かってること」だし、色々なところで「語られている」ことでもある。
amazonの書評で、
「そんなこと分かってるよ」
ってのが結構あったけど(笑)、そういう意味では正しい。
でも「読んで暗い気分になる」ってことは、僕自身はまだ骨身にしみてそれを認識してないってことなんだろうな。
そういう意味じゃ、読んだ価値があったと思っている。
(新聞について、「無料提供を止めるしかない」ってのは、現状、そういう方向に動きつつあるようだ。
ただ「無料」で享受することになれた層が、新しいビジネスモデルを受け入れることができるか?
マスコミの高コストな部分を徹底的に削減してコストダウンを図りつつ、受け入れられる有料ビジネスモデルを模索する。
つまらんけど、そこら辺が落とし所?)
題名については、そのまま受け取ると、「看板に偽りあり」って感じもある(笑)。
「幻想とも言えるような『夢』を語ることで、市場から資本を獲得し、ビジネスを立ち上げ、拡大する。場合によってはその段階で会社を売却して莫大な利益を享受する」
一昔前にあったこういうビジネスを、作者は「ネットビジネス」という言葉に代表させているんじゃないかね。
本書で分析されているように、確かにそういう「ビジネス」は終わりを迎えたようだ。
今は、
「将来への見通しを立て、戦略・戦術を駆使しながら、巨大な資本を活用して、グローバルなポジション展開を行う」
といった、見ようによっては「夢も希望もない」(笑)ビジネスの時代になっているのだ。(きわめて資本主義的ではあるが)
そのことを直視し、その認識のもとに、戦略・戦術を駆使したビジネスや、政策立案がなされるべきであり、その方向性には「未来」がある。
作者の提言はそんな感じかなぁ。
そのことに反論する気はない。
する気はないんだけど、どっかに小さな力でその流れを変えるような「夢」が残っててほしいな。
それが僕の「希望」だ。
著者:山本一郎
出版:PHP研究所

なかなか辛辣な内容・・・
というのが読後の第一印象。
製造業、メディア産業、コンテンツ産業(アニメとかのね)、情報産業の現状を分析し、その厳しい現状(惨憺たると言ってもいい)から、日本が厳しい状況に置かれていることが浮かび上がってくる。
まあ読んでて暗くなっちゃったよ(笑)。
まあ分析内容の基本的な部分はある程度「分かってること」だし、色々なところで「語られている」ことでもある。
amazonの書評で、
「そんなこと分かってるよ」
ってのが結構あったけど(笑)、そういう意味では正しい。
でも「読んで暗い気分になる」ってことは、僕自身はまだ骨身にしみてそれを認識してないってことなんだろうな。
そういう意味じゃ、読んだ価値があったと思っている。
(新聞について、「無料提供を止めるしかない」ってのは、現状、そういう方向に動きつつあるようだ。
ただ「無料」で享受することになれた層が、新しいビジネスモデルを受け入れることができるか?
マスコミの高コストな部分を徹底的に削減してコストダウンを図りつつ、受け入れられる有料ビジネスモデルを模索する。
つまらんけど、そこら辺が落とし所?)
題名については、そのまま受け取ると、「看板に偽りあり」って感じもある(笑)。
「幻想とも言えるような『夢』を語ることで、市場から資本を獲得し、ビジネスを立ち上げ、拡大する。場合によってはその段階で会社を売却して莫大な利益を享受する」
一昔前にあったこういうビジネスを、作者は「ネットビジネス」という言葉に代表させているんじゃないかね。
本書で分析されているように、確かにそういう「ビジネス」は終わりを迎えたようだ。
今は、
「将来への見通しを立て、戦略・戦術を駆使しながら、巨大な資本を活用して、グローバルなポジション展開を行う」
といった、見ようによっては「夢も希望もない」(笑)ビジネスの時代になっているのだ。(きわめて資本主義的ではあるが)
そのことを直視し、その認識のもとに、戦略・戦術を駆使したビジネスや、政策立案がなされるべきであり、その方向性には「未来」がある。
作者の提言はそんな感じかなぁ。
そのことに反論する気はない。
する気はないんだけど、どっかに小さな力でその流れを変えるような「夢」が残っててほしいな。
それが僕の「希望」だ。
2009/11/11
生命保険のカラクリ 本
・「生命保険のカラクリ」
著者:岩瀬大輔
出版:文春新書

通販生命保険会社「ライフネット生命」副社長が著者の作品。
なんだか題名だけを見ると「暴露本」っぽいけど、隣接業界に身をおく僕から見れば、割と「その通り」って感じなんだよね。
だから一般の人がコレを読んでドレだけショックを受けるのかは、正直ちょっと分らない。
ただ非常に分りやすく、整理されて書かれているので(加えて、キチンと細かいところにも目配りされている)、1・2年目の後輩には「推薦図書」としてお薦めしとこうかな、とも思っている。
個人的興味は、こうしたネット商品と、ライフコンサルティングがどのように連携していくのか、ってところに興味がある。
その点は本書にもこんな指摘がある。
<ネットや通販のような手数料が安い保険会社は事業経費が安い分、対面営業によるきめ細やかなサービスはない。その分を、安い保険料として顧客に還元しているからである。したがって、割高の保険料を払っても手厚いサービスを望むのか、あるいは自分でいくらか手を動かすことで、その分の保険料を浮かせるか、その「選択」が迫られているわけである。>(P.100)
こういう点を理解し、自ら考え、最初に加入するときだけでなく、自分のライフステージに変化が生じたときには、都度自ら保険内容の見直しを行えるような、保険リテラシーの高い人間にとっては、コスト対効果を考え、ネット通販生保を活用するのが合理的な選択肢であろうとは思う。
しかし大半の一般の人はそうじゃないんだよね。
「家を買うのに続いて、人生で二番目の高額商品」
なんだから、その購買コストを考えるのは合理的だとは思うんだけど、なかなかそんな風にはなれない現実がある。
作者も語る。
<生命保険という目に見えない、必要性も効用もすぐに感じることができない商品には、長くて複雑な購買プロセスが伴うものであり、何らかの形で「人間の関与」が不可欠であることは、よく理解している。>(P.225)
営業職員制度の弊害や限界は十分に承知しているが、この「人間の関与」の部分が営業職員に担わされていたと言う構図なんだよね。
それをどう変革していくか。
「生保商品」の改革と同時に、この「販売経路」の改革も重要だと思うし、個人的な興味はそちらにある。
まあ現状では、こういうのが一番合理的なのかな。
<いまの時代、本当にかしこい消費者であれば、来店型の代理店に行って無料でプランを作ってもらい、それを自宅に持ち帰って、割安な通販やネット系で同じ内容の保障をオーダーすることだろう。>(P.232)
しかしこれでは消費者は「自らアクションを起こす」必要がある。
かつ「ライフプラン」という長期での対応が求められる中、「来店型の代理店」が長期間にわたって、責任を持った対応ができるのかに不安もある。
また「ライフプラン」の場合、保険で備えるだけではなく、他の金融商品や貯蓄での対応と言う選択肢も重要なのだが、「来店型代理店」が自らの収入に直結しないアドバイスをしてくれるかどうかというのもあるだろう。
「保険料を安く引き下げ、その削減されたコストで、第三者的なアドバイスを購入する」
こういうサービスがあれば一番いいんだろうけどね。
個人的にはFPに期待するところもあるんだけど、現状だとナカナカ大きな流れになりにくいかなぁ。
「答え」があるわけじゃないし、「答え」を作者やライフネット生命に求めているわけでもない。
ただライフネット生命の一石は、そういう未来への道の一つを拓いてるんじゃないかと、個人的に感じてる次第。
面白い時代になってきた、とも言えるかな。
まあ従来型の営業職員さんは大変だろうけどねぇ。
著者:岩瀬大輔
出版:文春新書

通販生命保険会社「ライフネット生命」副社長が著者の作品。
なんだか題名だけを見ると「暴露本」っぽいけど、隣接業界に身をおく僕から見れば、割と「その通り」って感じなんだよね。
だから一般の人がコレを読んでドレだけショックを受けるのかは、正直ちょっと分らない。
ただ非常に分りやすく、整理されて書かれているので(加えて、キチンと細かいところにも目配りされている)、1・2年目の後輩には「推薦図書」としてお薦めしとこうかな、とも思っている。
個人的興味は、こうしたネット商品と、ライフコンサルティングがどのように連携していくのか、ってところに興味がある。
その点は本書にもこんな指摘がある。
<ネットや通販のような手数料が安い保険会社は事業経費が安い分、対面営業によるきめ細やかなサービスはない。その分を、安い保険料として顧客に還元しているからである。したがって、割高の保険料を払っても手厚いサービスを望むのか、あるいは自分でいくらか手を動かすことで、その分の保険料を浮かせるか、その「選択」が迫られているわけである。>(P.100)
こういう点を理解し、自ら考え、最初に加入するときだけでなく、自分のライフステージに変化が生じたときには、都度自ら保険内容の見直しを行えるような、保険リテラシーの高い人間にとっては、コスト対効果を考え、ネット通販生保を活用するのが合理的な選択肢であろうとは思う。
しかし大半の一般の人はそうじゃないんだよね。
「家を買うのに続いて、人生で二番目の高額商品」
なんだから、その購買コストを考えるのは合理的だとは思うんだけど、なかなかそんな風にはなれない現実がある。
作者も語る。
<生命保険という目に見えない、必要性も効用もすぐに感じることができない商品には、長くて複雑な購買プロセスが伴うものであり、何らかの形で「人間の関与」が不可欠であることは、よく理解している。>(P.225)
営業職員制度の弊害や限界は十分に承知しているが、この「人間の関与」の部分が営業職員に担わされていたと言う構図なんだよね。
それをどう変革していくか。
「生保商品」の改革と同時に、この「販売経路」の改革も重要だと思うし、個人的な興味はそちらにある。
まあ現状では、こういうのが一番合理的なのかな。
<いまの時代、本当にかしこい消費者であれば、来店型の代理店に行って無料でプランを作ってもらい、それを自宅に持ち帰って、割安な通販やネット系で同じ内容の保障をオーダーすることだろう。>(P.232)
しかしこれでは消費者は「自らアクションを起こす」必要がある。
かつ「ライフプラン」という長期での対応が求められる中、「来店型の代理店」が長期間にわたって、責任を持った対応ができるのかに不安もある。
また「ライフプラン」の場合、保険で備えるだけではなく、他の金融商品や貯蓄での対応と言う選択肢も重要なのだが、「来店型代理店」が自らの収入に直結しないアドバイスをしてくれるかどうかというのもあるだろう。
「保険料を安く引き下げ、その削減されたコストで、第三者的なアドバイスを購入する」
こういうサービスがあれば一番いいんだろうけどね。
個人的にはFPに期待するところもあるんだけど、現状だとナカナカ大きな流れになりにくいかなぁ。
「答え」があるわけじゃないし、「答え」を作者やライフネット生命に求めているわけでもない。
ただライフネット生命の一石は、そういう未来への道の一つを拓いてるんじゃないかと、個人的に感じてる次第。
面白い時代になってきた、とも言えるかな。
まあ従来型の営業職員さんは大変だろうけどねぇ。
2009/11/10
Twitter社会論 本
・「Twitter社会論 新たなリアルタイム・ウエブの潮流」
著者:津田大介
出版:洋泉社新書y

「Twitter超入門」「ツイッター 140文字が世界を変える」に続くTwitter本。
「入門書」と位置づけてもいいけど(最初は「ツイッターとは何か?」から入ってるしね)、正直言って前掲の2作に比べると「入門書」としては使いづらいかな?
ただTwitterを少し使ってみてるような人(僕が正にそう)にとっては、かなり興味深く読める。
実際、僕はスゴク楽しませてもらったよ。
本書の特徴は、「社会論」とあるように、「Twitterの使い方」に重きが置かれてるんじゃなくて、「Twitter」を使うことで、どのような情報化社会がありえるかについて論じられているところだろう。
「Twitter」のような新しいメディアが、長期的に社会に対してどのような影響力を持つのか?
それは「推測」「想像」の範囲であり、「正解」は誰にも語れない。
<今現在、ツイッターというプラットフォームの上で同時多発的に起きていることを目の当たりにしたとき、そこに「世の中が動く」ダイナミズムがあるように思えてならないのだ。>
<何かをあきらめてしまった人が、ツイッターを使うことで「再起動」できれば、少しずつ世の中は良い方向に動いていく。そんな希望を持ちたくなる、得体の知れない力をツイッターを持っている。>(おわりに P.190)
「希望」
確かにココで描かれる社会の可能性には「希望」が透けて見える。
そして現在Twitterを使っている僕もまた、その「希望」を感じている。
甘い?
まあそうかもしれない(笑)。
しかし「何かをあきらめる」ってポジションを保ち続けるというのも、何となくシニカルぶってるような気がして、ちょっと嫌気が差してるんだよね。
だから敢えて僕はこの「希望」を共有したいと思っている。
まあでもあんまり期待値たかくしてもイカンなとも思ってるよ(笑)。
今、Twitter上で起きている「デフレ対策」を巡る論争なんか、オープンな政策論争として面白いと思ってるし、政権交代後、ネットと政治の距離感が縮まってることを実感してもいる。
色々なトピックスに対するアクセスの早さ、下らない情報のインプット(笑)、自分自身とスタンスの違う意見の確認 等々
Twitterを使うことで得ているものは少なくないと感じている。
僕自身は日記的な使用をしてるんだけど、そうやって使いながらも、再確認させられることも多い。
<社会なんてなかなか簡単に変わるものじゃない。変えるには、個人個人がリスクとコストを取って実際の社会で何かしら動く必要があるからだ。>
<人々が動くための一歩目を踏み出すツールとして、ツイッターは間違いなく優秀だ。>(P.190)
でもTwitterを始めたからといって、社会が即座に一変するようなことはないんだよな。
そのことを忘れちゃうと、「希望」が「諦め」に変わり、「絶望」や「自暴自棄」につながってしまうような気がする。
そこまで行かなくても、「Twitter」というツールが持つ可能性を、焦燥感から放棄してしまうことになるだろう。
だからまあ、気楽に気長に付き合っていきながら、可能性の萌芽が成長していくのを見たいなぁ、と。
今んとこの僕のスタンスはそんな感じかな。
(ちなみに「tudaる」は、とても僕にはできそうもありましぇん)
著者:津田大介
出版:洋泉社新書y

「Twitter超入門」「ツイッター 140文字が世界を変える」に続くTwitter本。
「入門書」と位置づけてもいいけど(最初は「ツイッターとは何か?」から入ってるしね)、正直言って前掲の2作に比べると「入門書」としては使いづらいかな?
ただTwitterを少し使ってみてるような人(僕が正にそう)にとっては、かなり興味深く読める。
実際、僕はスゴク楽しませてもらったよ。
本書の特徴は、「社会論」とあるように、「Twitterの使い方」に重きが置かれてるんじゃなくて、「Twitter」を使うことで、どのような情報化社会がありえるかについて論じられているところだろう。
「Twitter」のような新しいメディアが、長期的に社会に対してどのような影響力を持つのか?
それは「推測」「想像」の範囲であり、「正解」は誰にも語れない。
<今現在、ツイッターというプラットフォームの上で同時多発的に起きていることを目の当たりにしたとき、そこに「世の中が動く」ダイナミズムがあるように思えてならないのだ。>
<何かをあきらめてしまった人が、ツイッターを使うことで「再起動」できれば、少しずつ世の中は良い方向に動いていく。そんな希望を持ちたくなる、得体の知れない力をツイッターを持っている。>(おわりに P.190)
「希望」
確かにココで描かれる社会の可能性には「希望」が透けて見える。
そして現在Twitterを使っている僕もまた、その「希望」を感じている。
甘い?
まあそうかもしれない(笑)。
しかし「何かをあきらめる」ってポジションを保ち続けるというのも、何となくシニカルぶってるような気がして、ちょっと嫌気が差してるんだよね。
だから敢えて僕はこの「希望」を共有したいと思っている。
まあでもあんまり期待値たかくしてもイカンなとも思ってるよ(笑)。
今、Twitter上で起きている「デフレ対策」を巡る論争なんか、オープンな政策論争として面白いと思ってるし、政権交代後、ネットと政治の距離感が縮まってることを実感してもいる。
色々なトピックスに対するアクセスの早さ、下らない情報のインプット(笑)、自分自身とスタンスの違う意見の確認 等々
Twitterを使うことで得ているものは少なくないと感じている。
僕自身は日記的な使用をしてるんだけど、そうやって使いながらも、再確認させられることも多い。
<社会なんてなかなか簡単に変わるものじゃない。変えるには、個人個人がリスクとコストを取って実際の社会で何かしら動く必要があるからだ。>
<人々が動くための一歩目を踏み出すツールとして、ツイッターは間違いなく優秀だ。>(P.190)
でもTwitterを始めたからといって、社会が即座に一変するようなことはないんだよな。
そのことを忘れちゃうと、「希望」が「諦め」に変わり、「絶望」や「自暴自棄」につながってしまうような気がする。
そこまで行かなくても、「Twitter」というツールが持つ可能性を、焦燥感から放棄してしまうことになるだろう。
だからまあ、気楽に気長に付き合っていきながら、可能性の萌芽が成長していくのを見たいなぁ、と。
今んとこの僕のスタンスはそんな感じかな。
(ちなみに「tudaる」は、とても僕にはできそうもありましぇん)
2009/11/9
犬なら普通のこと 本
・「犬なら普通のこと」
著者:矢作俊彦、司城志朗
出版:早川書房

矢作・司城コンビによる、25年ぶりの新作。
少し前に「海から来たサムライ」の改稿版である「サムライ・ノングラータ」が出版されてるけど、今になってこのコンビの新作が読めるとは思わなかったなぁ。
店頭で見つけて、我が目を疑い、ソッコーで購入いたしました。
沖縄を舞台とした、一癖二癖ある男女の、激しく、急展開な、それでいて何処か間が抜けていて、哀調のあるドタバタ劇
・・・って感じかな。
行き場がない男女のハードボイルドタッチな物語・・・と来ると、初期の矢作作品を思わせる。
実際、一昔前の横浜に舞台を移しても成立する話じゃないかね。
それを現代でやろうと思うと、舞台はどうしても沖縄・・・ってのは「沖縄」への誉め言葉にも、貶し言葉にもなるな(笑)。
ただ沖縄を舞台にしてるからこそ、ストーリーの作り物めいた部分が薄まっている、ってのはあると思う。
そういう観点から考えると、なんでこの話をコンビ作品にしたのかな、とは感じるな。
十分、矢作作品でも書き切れる内容なんじゃないか、と。
最近、文学臭が強くなってる矢作氏だけど、「傷だらけの天使」の続編小説を書くような茶目っ毛は残してるんだから、本書だって、と思わずにはいられない。
仕掛けがなさ過ぎて面白くない、そういうことかもしれないなぁ。
まあでもこのコンビの新作が読めるってのは、やっぱり嬉しい。
矢作単独作品なら、本作のようなドライブ感が出なかったのは確かだろう。
愚か者の饗宴には、これくらいの「勢い」があって丁度いい。
引き続き、「コンビでの新作を」と言いたいところだが、そこはまあ本人たちが気が向けばでいいや。
単独でも質の高い仕事をしてるからね。
それよりも希望は旧作の復刊。
「暗闇にノーサイド」
「ブロードウェイの戦車」
何とかなりませんかね、お二人さん?
著者:矢作俊彦、司城志朗
出版:早川書房

矢作・司城コンビによる、25年ぶりの新作。
少し前に「海から来たサムライ」の改稿版である「サムライ・ノングラータ」が出版されてるけど、今になってこのコンビの新作が読めるとは思わなかったなぁ。
店頭で見つけて、我が目を疑い、ソッコーで購入いたしました。
沖縄を舞台とした、一癖二癖ある男女の、激しく、急展開な、それでいて何処か間が抜けていて、哀調のあるドタバタ劇
・・・って感じかな。
行き場がない男女のハードボイルドタッチな物語・・・と来ると、初期の矢作作品を思わせる。
実際、一昔前の横浜に舞台を移しても成立する話じゃないかね。
それを現代でやろうと思うと、舞台はどうしても沖縄・・・ってのは「沖縄」への誉め言葉にも、貶し言葉にもなるな(笑)。
ただ沖縄を舞台にしてるからこそ、ストーリーの作り物めいた部分が薄まっている、ってのはあると思う。
そういう観点から考えると、なんでこの話をコンビ作品にしたのかな、とは感じるな。
十分、矢作作品でも書き切れる内容なんじゃないか、と。
最近、文学臭が強くなってる矢作氏だけど、「傷だらけの天使」の続編小説を書くような茶目っ毛は残してるんだから、本書だって、と思わずにはいられない。
仕掛けがなさ過ぎて面白くない、そういうことかもしれないなぁ。
まあでもこのコンビの新作が読めるってのは、やっぱり嬉しい。
矢作単独作品なら、本作のようなドライブ感が出なかったのは確かだろう。
愚か者の饗宴には、これくらいの「勢い」があって丁度いい。
引き続き、「コンビでの新作を」と言いたいところだが、そこはまあ本人たちが気が向けばでいいや。
単独でも質の高い仕事をしてるからね。
それよりも希望は旧作の復刊。
「暗闇にノーサイド」
「ブロードウェイの戦車」
何とかなりませんかね、お二人さん?
2009/11/8
体力の低下を実感。
昨日は会社の関係で、なぜか「フットサル」をやらされた。
1試合10分を、3試合。
いやぁ、キツかったなぁ。
「動けないだろうな」
とは思ってたけど、予想以上にダメだった。
一試合目が終わった時には、崩れ落ちて、しばらく立てなかったし、
三試合目なんか、同じところに立ちっぱなしで、ほとんど動けなかったもんなぁ(笑)。
ありゃ、若者のスポーツだぜ。
とは言え、僕より年上の人でも、普段から運動してる人は、何とかついていくことはできてたようだ。(さすがにメインははれないが(笑))
つまりは僕の運動不足があからさまになった、というだけのこと。
やっぱ少しは運動せんとね。
ウォーキング、始めようかなぁ。
1試合10分を、3試合。
いやぁ、キツかったなぁ。
「動けないだろうな」
とは思ってたけど、予想以上にダメだった。
一試合目が終わった時には、崩れ落ちて、しばらく立てなかったし、
三試合目なんか、同じところに立ちっぱなしで、ほとんど動けなかったもんなぁ(笑)。
ありゃ、若者のスポーツだぜ。
とは言え、僕より年上の人でも、普段から運動してる人は、何とかついていくことはできてたようだ。(さすがにメインははれないが(笑))
つまりは僕の運動不足があからさまになった、というだけのこと。
やっぱ少しは運動せんとね。
ウォーキング、始めようかなぁ。
2009/11/5
営業の見える化 本
・「2200社で導入 営業の見える化」
著者:長尾一洋
出版:中経出版

少し前に読んだ「思考する営業」には凄く刺激を受けたんだけど、具体的なアクションにどうやって繋げるかについて、もう少し踏み込んだところが欲しかったなぁって気分もあった。
本書はそこのところを埋めてくれるかと思って購入した本。
結論から言うと、
「具体的で、方向性も理解できるんだけど、自分がやってみるには、ちょっと難しいところがあるかな」
って感じ。
「思考する営業」のある種の具体化ではあるんだけど、質の高さについては「もう少し」って印象かね。
<「営業の見える化」とは、
1「結果ではなくプロセスが見えているか」
2「数字ではなくストーリーが見えているか」
3「登場人物(競合・自社の製造部門など)は見えているか」>(P.3)
って方向性は、その通りだろう。
そのために「『標準プロセス』+『マニュアル』」で見える化するってのも納得感がある。
個人的に「難しいな」と思うのは、そのために「スケジュール」や「日報」の情報をITで共有化するってトコ。
いや、そのことが「意味がない」とか、「分らない」って言うんじゃないよ。
むしろ「これはナカナカ面白い取組みだな」っていうのが正直な感想だ。
ただ、そういうITインフラの導入が、今の職場では難しいってことなんだよね。
(勿論、紙ベースで対応することはできる。でも作者も指摘している通り、それじゃ意味がないんだよな。共有化された情報の活用が、それでは殆どできない)
まあこういうのってのは「そのまま適用できる」ってのはないのは当たり前とも言える。
そのエッセンスを読み取って、現状に適用できることを考える。
ええ、ええ、それが重要なのは分っております(笑)。
ココの局面における具体的な対応方法なんかは、結構参考になるところがあるので、そこら辺から取り込んでみるかな。
・・・そんな感想の一冊でした。
著者:長尾一洋
出版:中経出版

少し前に読んだ「思考する営業」には凄く刺激を受けたんだけど、具体的なアクションにどうやって繋げるかについて、もう少し踏み込んだところが欲しかったなぁって気分もあった。
本書はそこのところを埋めてくれるかと思って購入した本。
結論から言うと、
「具体的で、方向性も理解できるんだけど、自分がやってみるには、ちょっと難しいところがあるかな」
って感じ。
「思考する営業」のある種の具体化ではあるんだけど、質の高さについては「もう少し」って印象かね。
<「営業の見える化」とは、
1「結果ではなくプロセスが見えているか」
2「数字ではなくストーリーが見えているか」
3「登場人物(競合・自社の製造部門など)は見えているか」>(P.3)
って方向性は、その通りだろう。
そのために「『標準プロセス』+『マニュアル』」で見える化するってのも納得感がある。
個人的に「難しいな」と思うのは、そのために「スケジュール」や「日報」の情報をITで共有化するってトコ。
いや、そのことが「意味がない」とか、「分らない」って言うんじゃないよ。
むしろ「これはナカナカ面白い取組みだな」っていうのが正直な感想だ。
ただ、そういうITインフラの導入が、今の職場では難しいってことなんだよね。
(勿論、紙ベースで対応することはできる。でも作者も指摘している通り、それじゃ意味がないんだよな。共有化された情報の活用が、それでは殆どできない)
まあこういうのってのは「そのまま適用できる」ってのはないのは当たり前とも言える。
そのエッセンスを読み取って、現状に適用できることを考える。
ええ、ええ、それが重要なのは分っております(笑)。
ココの局面における具体的な対応方法なんかは、結構参考になるところがあるので、そこら辺から取り込んでみるかな。
・・・そんな感想の一冊でした。
2009/11/4
ベーシック・インカム入門 本
・「ベーシック・インカム入門 無条件給付の基本所得を考える」
著者:山森亮
出版:光文社新書

「年金問題」は現在の日本における社会保障制度の限界を象徴していると思う。
「消えた年金」を追いかけ、解明することは、それはそれで重要な課題であるが(その過程で、主に官僚制度に係わる種々の問題が明らかになることも含め)、その点をどこまで追求しても、「年金制度」そのものが持つ「限界」を乗り越えることはできない。
「格差」「貧困」の問題も含め、現在、日本の社会保障制度は、その「あり方」そのものを問われている状況と言えるだろう。
(これは多かれ少なかれ、世界的に見られる状況のようだ。
ただ本書でも指摘されているように、生活保護世帯の補足率の極端な低さや、先に明らかにされた相対的貧困率の状況などを見ると、わが国の「課題」は、より重いように思われる)
本書はそういう中、「新しい社会保障の考え方」として注目を浴びている「ベーシック・インカム」に関する入門書。
まあ「入門書」と言うには、ちょっと僕にとってはレベルが高かったけどねぇ(笑)。
「定義から、歴史、思想的背景、現代における状況まで、幅広く網羅した本」
という意味での「入門書」かな?
個人的には「歴史」とか「思想的背景」のあたりは、ちと読むのが辛かった。
<今日の議論の多くが、(中略)歴史的議論で先取りされている>(P.151)
「賢者は歴史に学ぶ」ってのは十分に分かるんだけどさ。
<「ベーシック・インカムはすべての人に、個人単位で、稼働能力調査や資力調査を行わず無条件で給付される」。>(P.243)
そういう観点からは、「子ども手当て」は(現状は所得制限なしで検討されてるから)「ベーシック・インカム」的な制度といえるのかな。
「直接給付」という考え方が強い民主党政権には、「ベーシック・インカム」的な社会保障を受け入れる素養はあるのかもしれない。
となると、二大政党制における「保守」の論点は、ここいらを巡る対立という風に、今後収束していく可能性もあるのかね。(その場合、現状の政党の枠組みが維持できるとは思えないけどね)
「財源はどうする」
って声は当然あるだろうし、
「労働インセンティブを低めるのでは?」
って議論も当然ある。
本書で論じられているように、その点は既に長く議論されており、「結論」が出ているわけではないだろうが、厚味のある議論の歴史があることは、導入検討の土台がキチンとあるということだろう。
「ホンマにそんなことできるんかいな?」
と、実は思ってたんだけど、
「どーもそうはいいきれない」
ってのが、今の僕の感想だ。
概論として、本書がもつ意味は十分にあると思う。
ただ個人的には、政策実行に向けた具体的な検討項目やプランのあたりを提示して欲しかったなとも。
政権交代があって、社会保障制度の根本的見直しの可能性がでてきているからこそ、ね。
(「基本的生活費が保証される水準での給付」ってのは、やはり最初は難しいだろう。
そういう意味では、(批判はごもっともとは思うが)「既存の社会保障制度+BI」ってあたりが、スタート台かな、と感じている。
ここらへんの制度設計の議論が聞いてみたいって言うのが、僕の要望)
ま、それは本書以外のところで、ってことなんでしょうな(笑)。
著者:山森亮
出版:光文社新書

「年金問題」は現在の日本における社会保障制度の限界を象徴していると思う。
「消えた年金」を追いかけ、解明することは、それはそれで重要な課題であるが(その過程で、主に官僚制度に係わる種々の問題が明らかになることも含め)、その点をどこまで追求しても、「年金制度」そのものが持つ「限界」を乗り越えることはできない。
「格差」「貧困」の問題も含め、現在、日本の社会保障制度は、その「あり方」そのものを問われている状況と言えるだろう。
(これは多かれ少なかれ、世界的に見られる状況のようだ。
ただ本書でも指摘されているように、生活保護世帯の補足率の極端な低さや、先に明らかにされた相対的貧困率の状況などを見ると、わが国の「課題」は、より重いように思われる)
本書はそういう中、「新しい社会保障の考え方」として注目を浴びている「ベーシック・インカム」に関する入門書。
まあ「入門書」と言うには、ちょっと僕にとってはレベルが高かったけどねぇ(笑)。
「定義から、歴史、思想的背景、現代における状況まで、幅広く網羅した本」
という意味での「入門書」かな?
個人的には「歴史」とか「思想的背景」のあたりは、ちと読むのが辛かった。
<今日の議論の多くが、(中略)歴史的議論で先取りされている>(P.151)
「賢者は歴史に学ぶ」ってのは十分に分かるんだけどさ。
<「ベーシック・インカムはすべての人に、個人単位で、稼働能力調査や資力調査を行わず無条件で給付される」。>(P.243)
そういう観点からは、「子ども手当て」は(現状は所得制限なしで検討されてるから)「ベーシック・インカム」的な制度といえるのかな。
「直接給付」という考え方が強い民主党政権には、「ベーシック・インカム」的な社会保障を受け入れる素養はあるのかもしれない。
となると、二大政党制における「保守」の論点は、ここいらを巡る対立という風に、今後収束していく可能性もあるのかね。(その場合、現状の政党の枠組みが維持できるとは思えないけどね)
「財源はどうする」
って声は当然あるだろうし、
「労働インセンティブを低めるのでは?」
って議論も当然ある。
本書で論じられているように、その点は既に長く議論されており、「結論」が出ているわけではないだろうが、厚味のある議論の歴史があることは、導入検討の土台がキチンとあるということだろう。
「ホンマにそんなことできるんかいな?」
と、実は思ってたんだけど、
「どーもそうはいいきれない」
ってのが、今の僕の感想だ。
概論として、本書がもつ意味は十分にあると思う。
ただ個人的には、政策実行に向けた具体的な検討項目やプランのあたりを提示して欲しかったなとも。
政権交代があって、社会保障制度の根本的見直しの可能性がでてきているからこそ、ね。
(「基本的生活費が保証される水準での給付」ってのは、やはり最初は難しいだろう。
そういう意味では、(批判はごもっともとは思うが)「既存の社会保障制度+BI」ってあたりが、スタート台かな、と感じている。
ここらへんの制度設計の議論が聞いてみたいって言うのが、僕の要望)
ま、それは本書以外のところで、ってことなんでしょうな(笑)。