2012/2/8

どんな悩み方をしていますか?」  教室紹介

人間だから悩むのは当たり前・・・というのは、当たり前といえば当たり前ですが、10代、20代の頃はそうは思っていませんでした。 周りの人を見ては、あの人は悩みが少なそうでいいなぁ・・・とか、(よくよく考えると失礼な言葉ですね。)なんで自分だけこんなに悩んでいるんだろうなぁとか、 あるいは、世の中で華やかに活躍しているや、成功者と呼ばれている人達はきっと悩みなんてないんだろうなぁ・・・とか。 もちろん、一時的に悩みから解放されて、ストレスが全くない状態になることだってあるでしょう。 でも、それはあくまでも「一時的」な話であって、1年2年の間ずっと悩みがない人なんて、まずいないでしょうね。 どれだけコンプレックスを解消しようが、どれだけお金と地位と名誉を手にしようが、悩みは尽きないわけです。 そのことに本当に気が付いたのは、私の場合、30歳過ぎてからでした。(もっと早く気付きなさいよ・・・という感じですが) 「悩み」を解消することも大切だけど、「悩み」とのつきあい方も大切にしていかないといけないなと。 孔子の論語の中で、私の好きな一節にこんな言葉があります。 「子曰く君子もとより窮(きゅう)す小人窮すればここに濫(みだ)る」 君子、つまり人格者でも窮する(ピンチに陥る)ことはある。 君子という立場だからこそ、より困難な窮地に追い込まれることもある。 しかし、それでも平静を保ち困難を乗り越えていくから君子と言えるのだ。 一方で、小人と呼ばれるつまらない人達は、窮地に追い込まれると乱れて平静を失ってしまう。 これが、君子と小人との違いなのだ、と。 誰でも悩むことはあります。 誰でもピンチに陥ることもあります。 悩みや怒り、絶望、嫉妬・・・いろんな感情に自分が振り回されそうになったり、あるいは振り回されて自己嫌悪を感じることもあるかもしれません。 それをどう乗り切るかで、その人の持っている器が試されるわけです。 おそらくこの先の人生でも、悩む機会は多いでしょう。 その悩みに振り回される前に、「自分の器が試されている」とひと言自分に問いかけてみてはいかがでしょう。 その「悩み」を単に邪魔なものとするか、自分を磨くタネにするかは、自分次第であります。クリックすると元のサイズで表示します
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