検査からの3日で、
「急を要する状況ならもっと早く動くだろう」
と思っていた気持ちも変わってきた。
本人の毎日変わる状態などを見たり、姉と色々会話をしてみたりーーちなみに姉は心配して、検査のあとに甥っ子を預けて帰ってきたーー色々している間にそんな気持ちよりも、本当に危ないかもしれないという気持ちにもなってきた。
俺も、入院以来、おかんのテンションがおかしいので、なるべく早く帰ることにした。
まだ会社の誰にも言ってないからできるだけ、だけど。
帰宅したら、一人ぼっちになってる母と一緒に晩飯食うか、少し遅くなって母が先に食べてたら、自分の晩飯(主として晩酌だが)を食べながら、隣で喋り続ける母の「今日のお父さん」「お父さんの愚痴」「思い出話」等々を聴き続ける。
大抵の場合、それは2〜3時間続いた。
そして、そんなロングランなトークに付き合っている内、俺は毎日深酒になってしまっていた。
話を戻そう。
検査結果。
これは、肝臓専門医の先生から話を伺った。
外来が終わってから、ということだったので11時〜11時半頃との事で、俺と母は今日も朝8時半頃には家を出た。
親父とずっと話すでもなく、ちょこ、ちょこ、と話しながらぼーっと病室で待った。
外来が立て込んだらしく、予定より遅めの11時半過ぎに看護師さんに呼ばれ、入院している間に足腰が少し弱ったという親父を車椅子に乗せて親子三人、一階の外来診察室に行って話を聞いた。
診察室で、PCの画面で撮ったCTを見ながら
・非常に大変な状態なのは間違いないこと
・肝臓の2/3くらいが影になっていること
・肝臓に行っている太い血管の先の方まで影が覆っていること
・影は腫瘍であり、しかし細かい中身ー例えば悪性か良性かーまではわからないこと
・治療の方針を決めるにはもっと詳しい、細胞を採取しての検査が必要なこと。
そんなことがまず説明された。
そして「これは、これを見るかぎりでは単純な肝細胞癌と言い難い状態なのです。肝細胞癌かもしれないし、見えてはいないけど、どこか別から転移したものか、又は血液が原因のものか。それはもっと精密な検査をしてみないとわかりません」と言われた。
「何か質問はありますか?」
というので、すべての説明については理解したけれど、念を押すように
「すぐに(容態が急変して)どうこうなる、ということは今のところないんですね?」
「可能性の話をすれば、否定はできませんがそうです」
「わかりました」
とにかく、検査をしてみないとわからない。
ならば、検査をするまで。
本人は、母や姉から見れば「もうすでに生きる気力無くしてるんじゃないか」という。
それならば励まさなければならないし、しかし家族の言うことも一理ある。
それに、今回のことでーー入院当初の一週間前にーー色々発覚した事があった。
親父がB型キャリアだったこと、それをなぁなぁにして対処していなかったこと、ずっとちゃんと飲んでいるものだと思っていた高血圧の薬を、なぜか指示通り飲んでいなかったこと・・・。
自分が肝炎キャリアだとわかっていて、それまでと変わらないようにお酒も飲んでいたし、もちろん、それで悪化するとも限らないという説もあるけれど、やはり気をつけるべきだ。
この件で本当に思ったのは・・・
「結局みんな自分勝手で、誰も人のことなんか思っちゃいなかったりするのかって事に、今一番疲れてる」
そう、Twitterにも呟いたほど。
親父は、自分が倒れたら家族が困るだろう、悲しむだろうなんてことは思っちゃいなかった。
それがわかってればこんな事になってはいない。
他にも様々な事が頭をよぎって、もう、疲れたなぁと。
次回の細胞採取の検査は、長い注射針のようなモノを刺して行うという。
医師会病院ではできないので、国立病院に転院。
と言っても、完全な転院をするには、国立病院のベッドが空いていないのでとりあえず一泊二日の転院になった。
奇しくもこの検査の日も火曜日。
良くも悪くも、定休日だから都合がいい。

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