心理臨床家の溜息

心理臨床家の皆さんと情報交換、意見交換、愚痴を言い合う場です。

 
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投稿者:なのはな
この話題と全然関係なくて申し訳ないのですが(汗)
私の職場には心理屋さんが4人いて、そのうち3人が家児相、残り1人が障害児通所施設を担当しています。さてさて、週末の金曜日、上司と家児相3人、そして事務作業をもう一人の心理屋さんも手伝いに来てくれました。彼女は今年の4月に採用された院を出たばかりの新人さんです。私も家児相に1年いると1年いた分の出来事があるので、最近の虐待の話や対応の話なんかを上司と話していました。家児相3人+上司はいつもの調子で話していましたが、新人の彼女は「あれ〜」みたいな顔で聞いていました。それを見ていて、「去年の今頃は私もこんな反応してたよな〜」と思ったとき、以前sinririnshoukaさんが私のコメントに対して書いてくださった(7月4日付記事「虐待問題の本質」)、「「理解できない」というより「理解したくない」というのが正直な感想」という部分を思い出しました。去年は私も虐待をする親の気持ちなんて分かりたくもないと思っていましたが、いつの間にか「あの宗教ですから〜」とか「親はあれで精一杯で…」なんて言うようになってきました。
これは、たった一年とはいえ、今の職場で過ごした時間とそれに伴う経験のなせる業かと思うと、少し怖くなりました。いろんな意味で、「慣れ」とは恐ろしいものです。「虐待」というヘビーな話題についていくために必要な「慣れ」であったといえばそうかもしれませんが、それだけでは片づけられないなあと思いました。その辺が、一般人との感覚の違いにもつながるのかもしれません。その意味で、新人の彼女は、まだ「一般の感覚」に近かったのでしょう。いろんな意味で、心理屋さんは偏った世界で生きていることが多いので、この「一般の感覚」を忘れずにありたいものです。
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