カーンさんコメントありがとうございます☆例のブログを見られたようですね(笑)。臨床心理士の「選民意識」というのは意外に無意識の奥に潜んでいる要素なのかもしれませんね。
臨床心理士として「振舞おう」とすればするほど、窮屈なものになってしまうことは起こりえると思います。カーンさんがそういったことに気づかれたことは非常に大きいと思います。本当にバランス感覚ですね。専門家として振舞う必要の場面もありますが、それに「囚われすぎて」しまうと、窮屈な感じが強くなり、その人の個性が沈んでしまうといったようなことも起こりえると思います。
また、心理臨床家には「はったり」が必要だということもお聞きしますが、それは専門家として「振舞う」ことであって(いわゆるパフォーマンスの部分です)、カーンさんのいう「衣」はまた少し要素が違ったものなのかなとも思います。
「衣」は「自分を守る」ために身につけるものですね。自分の身を「守る」ために臨床心理士という「衣」を身につけている心理臨床家も意外にいらっしゃるのかもしれませんね(笑)。そういった心理臨床家の姿は「臆病」なものを感じさせるものがあるのかもしれません。一体自分は何に「臆病」になっているのかといったことも意識しておく必要はあると思います。臨床心理士としてのプライドといった面もあるのかもしれません。これらを掘り下げると、一般に心理臨床家は普通の社会人として社会に適応するのが難しいという耳の痛い話がありますが(私もそうです(笑))、そういった「劣等感」を専門家意識で「補償」しようとする動きも場合によってはあるのかもしれないと思います。これはアドラー的な説明になってしまいますが(笑)。
カーンさんが書かれていたように、自分がどうしたいかということに一生懸命向き合うことというのは大切なものだと思います。クライエントのみならず、自分の無意識に潜む専門家意識や劣等感といったものにもきちんと向き合うことが大切ですね。
また皆さんのご意見をお待ちしております☆