心理臨床家の溜息

心理臨床家の皆さんと情報交換、意見交換、愚痴を言い合う場です。

 

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投稿者:カーン
「悩むことに意味がない」と言ったのは言い過ぎていたところがあると思います。また、自分だけの意見なのに一般化しているようなところもあり、反省しました。
以下のコメントは私なりの人生や学んできたことを背景として考えたものを書きます。当然、納得できないところも多々ありますが、ご了承ください。


コメントを読んで、なのはなさんが誰かの悩みに付き添いたい。一緒に歩んでいきたいという気持ちが伝わってきます。私個人としては、悩んでいることよりも「なぜ悩んでいるのか。どういう目的で悩んでいるのか」ということが大事なんじゃないかと思います。アドラーや短期療法では、目的論を重視しており、私自身もその考え方に惹かれているところがあります。

そこでは、「何か原因があって、悩む」と言うことではなくて、「目的があって悩んでいる」と考えます。目的とは、例えば悩むことでどんな結果が得られているかということです。例えば、母親が不登校のことで悩んでいたり、妻が夫の不倫で悩んでいたりした時に、周りが注目してくれる、「大変だったね」と言葉をかけてくれるという結果があれば、「悩む」ということはその結果を得るためにしていると考えられています。
また、「悩む」時には、大抵誰かに対する不満や自分に対する否定的な評価か、人生に対する不安や焦りなどかなと思います。(それ以外の悩みがあれば教えてください。私にはこれくらいしか思いつかないです)

ただ、私個人は、「自分の欠点や誰かのせいにしている限りは幸せになれない」「人生の幸せは自分自身がそう感じること」と思っています。そのため、悩んでいるうちは幸せにはなれない、大切なのは幸せになるためにはどうしたらいいか、どう自分を変えていくかということだと思っています。そのために、「悩むことはあまり人生には意味がないのでは?」と思い、ちょっと行き過ぎた発言をしてしまいました。

しかし、悩むことも必要であるのかなといろんな方々のコメント見て感じました。悩むことを大切しているCLが来たら、すぐに悩みを「どうするか」に持っていくのではなく、一緒に悩みを共有し合う事も大切だと思います。
今回は自分の考えを改めさせられたいい機会だと思います。ありがとうございました☆
投稿者:なのはな

こんばんわ。後々、自分の書いたコメントを読み返して、もっと別のことを書けばよかったなあと思いました(^^ゞ「悩み」に関して説明はしましたが、もっと違うことが言いたかったのかなとかいろいろ考えていました。
カーンさんのコメントの中に、「悩むことは人生にとって意味はない」という部分がありましたが(蒸し返してごめんなさい!!)、私としては、この部分がずっと気になっていたのです。もちろん、カーンさんなりの意味もあり、私が読み取れていない部分もたくさんあるでしょう。それは私がまだまだ未熟なせいです。ですから、以下に書くことはカーンさんの意見を否定しているわけでなく、引っかかりをもとに私が考えたことです。
私は修士論文を書いて、「悩む」というのはそれがどんな状態であってもとても意味あることだと思います。一見、同じようなところで足踏みしているように見えても、今はその段階にしかとどまることができないこともあると思います。
もともと、「悩み」の研究を始めたきっかけが「精神的なつらさをかかえながら、それでも何とか「しのいで」生きている人たちがいる、それはなぜか?」というところから始まりました。リストカット・ODを繰り返す人たちは自分の体を傷つけながらも、何とか「生きて」います。彼らは「次にどうすればいいか」を考えてはいないでしょう。たいへん無意味な行為です。前に進まないから、何にも解決していません。けれど、彼らはそれで「しのいで」「生きて」いる。そこから、「悩み」の研究に発展しました。
「悩み」に巻き込まれていることも、今はそうでしかいられないという一つの「つきあい方」ではないかと私は思っています。自分の身を守るために、たとえ意味がないと思われても、繭の中にひっそり身を沈めたり、とりあえずじたばたしたり巻き込まれたり、そんなことが誰にでも必要なのだと思います。「そうするしかなかった」その人のつらさがあり、そこから抜け出せたということは、そのClにとても力がついたということではないでしょうか。そうすると、無意味に見えたその時間も決して無駄ではなく、その人なりの「上手なつきあい方」を見つけ出すために、とても大切な時間となるのではないかと思います。
生意気を言いました。ごめんなさい<m(__)m>
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