昨日の朝日新聞夕刊に、「教員養成6年制」改革なる記事が載った。教師の新たな質向上策として、民主党のマニフェストで謳った政策と言う。内容は、学部の4年だけでなく、大学院での修士課程も義務づけ、手厚い体制で教師を育てようと言う考えのようだ。しかし、教育関係者からは、多くの疑問符が投げかけられているとか。
修学年数の増加で、大学院での授業料問題がある。報道によれば、私立系では、ざっと修士課程2年間で、230万円以上かかるとか。国公立系でも、経費が嵩む事は、同様だろう。「親の負担」「アルバイトの継続」などを考えると、教員志望者が減るだろうと予測されるのだ。具体的傍証として、「薬学部の6年制」実施に伴う薬学部進学者の大幅減少を上げている。
科学の進歩で、科学的知識の絶対量が増え、科学技術も日進月歩の現代、理工学系の大学院進学が必須となるのは理解できる。医学部では、6年制が義務化しているのは、当然と受け止められている。 しかし、教員養成系で、6年制を義務化するのは、どうであろうか。結論から言えば、私の実際経験からも、不必要に思われる。
私は、教員養成の国立大学卒業者であるが、家が貧しかったから、この大学は、本当に有り難かった。学費は安く、奨学金は貰え、家庭教師とか、非常勤講師なども出来、家からのお金は、ほとんど貰わずに卒業できた。教職は「天職」と考えられた時代で、好きな仕事だった。情熱もあった。教員になってから、教員免許の上級を取ろうと「認定講習」を夏休み、冬休みなどに、「認定講習会場」に足を運び、取得した。その程度で良いのではないか。
現代は、家庭でも両親揃って、「大学出」が増え、学校の教員に対する批判的な見方も増加していると言う。「大学出」の親たちに対抗して「大学院出」の教員を増やそうと言うのは、全く馬鹿げている。学歴で教員は、勝負しているのではない。学力、人間力、経験などが物を言っているのだ。「学力」は、当人の努力でしか培われない。いくら大学院で「座学」を聞いても、役に立たないことが多い。「教育学」「心理学」は、余り実践に役立たない。まして「教育史」「学校制度」の学習など、聞くだけに終わる。
「経験」は、実際に学校での「教育実習」で、勉強した。教員養成系大学では「小学校」「中学校」で、それぞれ3週間ずつ実習した。これは、凄く役に立った。更に、大学3年、4年時には、高校の分校で、非常勤講師もさせてもらった。これは、本当に有り難かった。しかし、その実習生や、非常勤教師を受け入れる「学校」の苦労は、大変なものであっただろう。私は、教員になってから、「高校」の教育実習生を、数回、受け入れ指導した。その高校の卒業生なので、拒否できなかったものだが、矢張り苦労はした。しかし、指導すれば、それなりの効果もあって、寧ろ楽しい面もあった。この「教育実習期間」の強化案に対しては、現場の抵抗の空気は強いと言う。
教員の「試行期間」を設ける制度も、考えられる。期間は一年程度。医師にある「インターン」制度だ。これは充分考えてよい案である。実際、学校現場は、理想に燃えてきた教員志望者にとって、「厳しい現実」に直面する場所である。私の優秀な教え子達も、何人かは、潰れて学校を去っていった。特に秀才ほど、弱い。それは、企業においても同じらしい。挫折を知らない秀才ほど、ぽきりと折れる。自分がその場でやっていけるかどうか、実際に経験してみないことには分からないのである。「大学院卒業」で片付く問題ではないような気がするのだ。

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