東西ドイツを分断していた「ベルリンの壁」崩壊から20年を迎えるのを前に、現地では31日、コール元独首相とブッシュ元米大統領、ゴルバチョフ元ソ連大統領が出席して記念式典が開催された、と新聞が報じている。嘗ての世界的リーダー達も、既に80歳前後に達している。3人は、1989年11月9日にベルリンの壁が崩壊した当時の首脳だ。コール元首相は「われわれドイツ人は歴史的に誇れるものはあまり多くないが、ドイツ統一については、大いに誇れる」と語ったとか。
2時間の式典中、ブッシュ元米大統領は、コール元首相とゴルバチョフ元大統領の肩に何度も手を回し、「こうして元同僚といられるのは嬉しい」とコメント。「1つのドイツ、自由なドイツ、誇りあるドイツと言うあなた方の夢、われわれの夢が壁によって消されることはもう二度とない」と述べた。この日の式典には約1800人が参加。ベルリンの壁崩壊で重要な役割を果たし、今もドイツ国民の間で人気の高いゴルバチョフ元大統領は「英雄は、ドイツ国民だ」と語った。

ゴルバチョフ氏、 ブッシュ氏、 コール氏
(インターネットより、借用)
現在、世界の各地で色々な紛争を抱え、テロとか、小規模な戦争で、尊い人命が失われている。しかし、いわゆる「東西冷戦」時代は、アメリカとソ連が、強大な核武装を背景に、競り合っており、一触即発の危機感があった。日本が、アメリカ側に組み込まれ、沖縄などの基地問題が生じた。その境界線上に「ベルリンの壁」は存在した。
冷戦時代の1961年から89年まで、東西ベルリンを分断していた「ベルリンの壁」を越えようとした者は、旧東ドイツ国境警備隊に射殺されたのである。こうした犠牲者は少なくとも136人に上ることが、関係者の調査で分かっている。丁度、北朝鮮から脱出しようとして、殺害されるのと同じことが、東ドイツではあったのだ。何時の時代も、圧政から逃れようとする人達は多いのである。

ブランデンブルグ門の裏の「ベルリンの壁」

クレーンによって撤去される「ベルリンの壁」
しかし、旧ソ連のゴルバチョフ氏が、書記長になるに及んで、「東側」の雪解けが始まり、民主化の機運が、澎湃として起こってきた。旧ソ連同盟国の鉄壁の結束が崩れ、独立を勝ち取る戦いも激しさを加えていった。同じ事が東西ドイツで起きたのだ。「東西冷戦」の象徴、越えられない物、決して崩れない物、地域と国民を分断する「ベルリンの壁」は、あっという間に崩れ去った。私達は、この歴史的な瞬間に立会い、実際、現地にもその後旅行して、平和の有り難さを痛感している。
私達が、東ドイツ、ベルリンを訪れたのは、平成8年(1996)だった。「ベルリンの壁」崩壊から、僅か7年しか経っていなかった。「壁」の一部は、記念の為か、残されていて、私は「こんなブロック塀のようなものが、国家を分断していたのか」と驚いた記憶がある。東ドイツの各地は、遅れている都市整備に、復興に、懸命だった。その後、目覚しくベルリンは、復興したに違いない。こうして、嘗てのトップリーダーを迎えて、記念式典を催したと聞くと、自分には、遥か遠い世界の事のように思えるが、実は、この人達のお蔭で、今日の平和が齎されたのだと、感謝したい気持ちも湧くのである。

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