2017/5/27

うちだ新聞配達  

終日、うちだ新聞を配達。夜は知人との食事に。

…吉田徹・民主主義のゆくえ…
月刊誌『潮』3月号の特集テーマは「民主主義の未来」。各人が執筆していますが、へき頭に出てきたのは吉田徹氏。北海道大学大学院教授。
前半は世界の民主主義の潮流を概観。そもそもポピュリズムとは、「戦後」という民主主義が爛熟した時に安定して暮らしていた中間層がその上のエリート、富裕層を信じられなくなる状況。うまく言えていませんが、概要、そのようにあります。
ここで深刻な指摘。仏経済学者トマ・ピケティの言説「人類社会は戦争なくしてどうやって平等な社会をつくることができるのか」という問いが語られています。え?そうなの?と大きな衝撃。でも心で一面「そうだな」とうなずく気持ちもある。だって現実、そうではないか。今、私は夏の視察研修の準備にあちこちの市のHPを見させてもらっていますが「ミサイルが落下したら」という項目が市HPのトップページに珍しくなくなりました。戦後70年は、そのまま次の戦前≠ノなる定めなのか。
氏「皮肉なことに現代の格差は、平和が長年続き、政治経済エリートの緊張感が失われたことで生じている」もっともな理論展開と納得させられます。そして政治学者、三谷太一郎氏の言葉を引用、「民主主義はいつも戦後だった」。これは深刻です。
これらの言葉をつなげば、平和であること自体のほうが実は奇蹟に近いのだ、と覚悟しなければならない。そして不気味に、世界の今が、それをぴったりと証明している、ということになりましょう。
世界で、政治家への信頼は薄い。北欧では信頼が厚く、高福祉高負担で成功している。一方で南欧。信頼が薄く、目先の当選ばかり気にする政治家は増税を言えないままに高福祉、低負担が放置され、結局国は破たんする。一方で国を超えてとてつもないカネが世界を巡る今、一国の政治家を選ぶことにはあんまり重要性がなくなった、との指摘も、なるほどそうかと納得できます。
私はこの論文を読み始めて、文末の結論がこんなところに来るとは思ってもみなかった。が、それは思えば当然のことだった。論文の後半は視座を世界から日本へ。明日、続きを書かせていただきます。
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2017/5/26

議会運営委員会など  

8時、演説。
8時半から議会内打ち合わせ。9時から各派会長会。10時から議会運営委員会。
その後も相談ごとで庁内を歩き、午後はうちだ新聞を配達しました。

…認知症の人も限定免許…
5/14付け朝日新聞、この日は大きな動きがなかったのか、1面トップにこの記事でした。
「認知症 運転は症状に応じて」とのタイトル。オーストラリアのビクトリア州というところで、夫婦で運転席、助手席で笑う高齢夫婦の画像。
読むと、日本の運転免許更新の仕組みとはずいぶんと違う。視力などの検査はないが、運転に差し障る病気や障害を持っていることを報告する義務がある。高齢者は免許を持つか、返納するか、二つに一つしかない日本と違い、ドライバー一人一人の能力を実車して判断し、「限定免許」という制度になっている。例えば「あなたは自宅の5キロ以内、日中のみの免許です」というように。
これはすごい。というより、やられた、という感想。こうでなくっちゃ、という共感と、日本はまだまだ制度そのものがお役所論理なのだ、という印象で、暗い気持ちにさえなります。どうしてこういう発想ができないのか、と。
相次ぐ高齢者の運転ミスからの大惨事。よくもまあ、総ガラスの病院玄関からロビーを突っ切り、受付カウンターの直前で止まったという、アクション映画顔負けのようなことが起きるものです。それを怖がるあまり、高齢者を排除し、その自由や幸福を一律に奪うものとして、議論が起こることになるのかも知れません。障がいをも克服するクルマの技術。同様に免許の仕組みだって知恵を出せる。認知症も、こうした「海を越えた」先進事例に目を行き渡らせなければいけないと思いました。
その意味で、これは大事な「トップ記事」だったとも言えましょう。
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2017/5/25

党用務で上京から帰宅  

党用務のため2泊3日、上京。帰宅しました。

…狙いは「飽きない商店街」…
一昨日、昨日と紹介した朝日新聞の「シャッター商店街」の特集記事。そのさなかに四国新聞コラムに載った、丸亀版「商店街の王子様」をここでも紹介させていただきます。
紀伊孝彦さんは私の息子ともほぼ同年代で互いによく知る仲。息子の友人を私は記憶していませんでしたが、紀伊さんのほうからそれを名乗ってくれました。イベントでは必ず見かける仕掛人。
記事で彼が力をこめる。「狙いは飽きない商店街づくり」。
3歳で小児がんを患い、無事にこうしていることに感謝。「人が喜んでくれることを」とさわやか。
「丸亀を出て各地で体験したイベントを、Uターンした若者にここで紹介してもらうのもいい」とはなるほどのアイデア。そのためにもやはり、昨日、おとといの論説のとおり「若者の気持ちを集める」ことが必須。そのためになくてはならない中心人物が彼。
「あきない」と変換したら「飽きない」の前にまず「商い」と出ました。うまいことを言うものです。まさに「飽きない商い」を。彼に力を借りる、というより、彼とともに進む、そんなスタンスを持ちたいと思います。
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2017/5/24

党用務で上京中  

党用務のため、上京しています。東京泊。

…シャッター商店街2…
昨日の続き。今度は対するまちづくりデザイナー、木藤さんの発言です。
商店街再生の成功例が少ない理由は「商店街のためだけの再生だったから」と、これまた私の少ない経験の中で、味わった店主さんの言葉がそのまま思い出され、うなずけます。「内向きになりがちだが、むしろどれだけ応援や連携の輪を外に広げられるか。とくに若い人たちの思いを集め、彼らが成長して行ける場を」と。古くからのオーナーの皆さんにはとても高いハードルだと思います。でもそれが、ようやく少し、身を結ぼうとしている、昨今の丸亀の商店街です。まさに、ここに書かれたとおりのストーリーでそれは展開している。たまたま今日の四国新聞「この人 あの人」というコーナーに、今では商店街の名物男、紀伊さんが「秋寅の館」を背にパワフルな笑みで掲載されていました。
記事に戻り、宮崎県日南市の再生事例。油津商店街が取り組んだのは「若い世代の気持ちを集めること」。「店舗誘致から起業家支援に」「開業よりも定着を応援」。そのために経験の浅い30代の起業家を「街づくり会社」をつくって相談・自立を応援、とあります。
商店街イベントでお化け屋敷を開いたのは中高生。その母親たちの提案だったそうです。
ゲストハウスの提案は大学生から。広島カープのキャンプ中はホテルが満杯。ならば空き店舗をファンの宿泊場所に、と。1年間、大学を休学してチャレンジしているそうです。なるほど、「気持ちを集める」という言葉が美しいだけのセリフでないことがわかります。
店舗を誘致するのでなく、お金を使う人を集めるのが秘訣。オフィスができるのが目的でなく、そこに働く人が買い物をする、食事をする。そしてついに保育園ができた、とあります。
目標は「自走できる商店街」。空き家ができても、また埋まる、そういう仕組みを若い人の参入で維持していくことが、商店街の処方箋。
まちづくりデザイナーのこのセンスを、どこまで商店街の人々、行政・政治の我々、そして商店街は「昔はこうだった」と嘆く人々や「商店街ばかりにカネを注ぎ込むな」とおっしゃる方々にまで理解し共有していただくことが、持続的な戦略となるのでしょう。
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2017/5/23

党用務で上京  

早朝の飛行機で、党用務のため上京しました。東京泊。

…シャッター商店街になった理由…
5/13付け朝日新聞に日本総合研究所主席研究員、藻谷浩介さんとまちづくりデザイナーの木藤亮太さんの論考が載っていました。シリーズ「ニッポンの宿題」。今回のテーマは「シャッター商店街」。まず藻谷さんの発言より。
佐世保や熊本市の商店街は今も頑張っている。しかし多くがそうなれなかった理由は@後継者育成の失敗。「不安定な店を継ぐより、子どもはサラリーマンか公務員に」との風潮。そしてさらに重要なのが、としてA地権者の努力不足、としています。
息子が継がない店は空き店舗に。しかし人に貸すのに家賃はそのままに。時代は移り、借り手にはそれは「不合理な高さ」。かつて障がい者たちの働くパン屋さんの作業所を商店街の中に、という相談を受け、私も商店街の方と折衝したことがありました。「6万円」でしたか、ビタ一文、という世界で、あきらめざるを得ませんでした。「パンを焼かれたらネズミが来る」という理由もありました。
空き家は何も生まず、収入は細り、持ち主は高齢化するという悪循環。それを脱する自助努力は怠られたままだったと手厳しい。
「シャッター街も、急増している空き家も、耕作放棄地や放置山林も、問題の根は地権者の不作為にあるのです」。
商店街を脅かした大型店はいま、コンビニに脅かされている。そのコンビニも淘汰され、今、4人に1人の高齢化で再び「なじみの店、人と人とのふれあい」のある界わいが求められている、とも。
そして結論。「鍵は、外部の若い血を入れて新陳代謝をすること」。そのために必要なのはやる気のある若者が少ない資金でも店を借りられる仕組みです、と。「地権者の不労所得を増やす家賃補助ではなく、改装支援や経営ノウハウ支援が重要」と結ばれています。きっぱりと、そしてクリアにこれまでと、これからを眺めた短文で、読み応えがありました。
私たちはどうしても「往時の賑わい」を思ってしまう。景気は良いといいつつも実感がない、というのと同根ではないでしょうか。新しいまちづくりを新しい人材とともに、しかも古くからの人々を置き去りにしないでやっていくという時代なのだと学びます。
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