『将棋無双』の作者である三代伊藤宗看が生誕300年となりました。
伊藤宗看(前名印寿、幼名政長)は、宝永三年(1706年)伊藤宗印名人の次男として生まれた。彼がものごころついた七歳の時、兄印達が大橋宗銀との三年にわたる争将棋がもとで早世し、さらに彼が十八歳の享保八年に父の宗印が病没したので、彼は継母と三人の幼い弟(宗寿は九歳、看恕は八歳、看寿は五歳であった)を抱えて伊藤家の家督を継ぎ、翌九年、名を宗看と改めて、若くして将棋家元となった。彼の棋カは抜群で、御城将棋の成績は享保元年(十歳)から名人就位まで12勝1敗、圧倒的な勝率であった。享保十三年、六世名人大橋宗与の死没により、わずか二十三歳の若さで名人に就位、以後宝暦十一年(1761年)五十六歳で病没するまで三十三年間、不世出の大名人として棋界に君臨した。 墓所は東京本所の本法寺にあり、法名は王将院宗看源立日盤居士である。