「しかしな、あれだけでは企画も浸透しないんだ。告知を広めるにはもっといろいろやらなきゃならない。それがこれだよ」
俺は隅っこに置いてある名刺の束を取り出した。表に『【注目】常連限定の肉まで溶けた焼き肉屋のカレーが食べられます!』というコピーと、店の名前と住所。裏は簡単な地図と、味の感想がたくさん書いてある。上のほうに“No(ナンバー)”とあって、ここに紹介者のコードを書き込むことができるようになっている。客はこのカードをごっそりと持ち帰ることもできる。
「このコードは、白帯になるともらえるんだ。帰り際に発行されるよ。ま、あんたの場合はいきなり黒帯になるんだけどね」
俺たちはそろそろ店を出ることにした。俺はレジで支払いをする傍ら、となりのカズヒロは黒帯カード登録のために自分の住所などを記入している。
「はいコレ」
おかみさんはカズヒロに何枚かつづったコピーを手渡した。
「それは道場新聞というんだよ。月二回発行してるんだよね」
「もう850人分もあるから大変でしょうがないですよ」
「またずいぶんいるね! もう宣伝はいらないんじゃない?」
俺は笑ってからかった。けどこの店は念願の二号店出店のためにがんばっているところだから、集めすぎるということは無いと思う。
俺たちは店を出て、近くの広場にあるベンチに腰を下ろした。カレーを食べたせいもあって、こんな天気のいい寒空でもまあまあ平気だ。
「この道場新聞がまたいいんだ」
入門生(登録をしたお客)の名前がまずずらっとならんでいる。
「私もここに載るんですか?」
「載るよ」
鯨の焼き肉の話がまたたくさんある。今回は地元で獲ってきた漁師と会ってきたらしく、そのレポートもあった。
「この【食いすぎは下痢の元!】っていいですね」
鯨は脂がすごいので、食いすぎると下痢するのだ。下痢というより、もう漏れ出てくるといってもいい。ほんとに大変なんだ。
カズヒロは全体をぱらぱらめくってみて、話題がほとんど鯨とカレーの企画の話であることに気づいたと指摘した。客から寄せられるカレーの感想とかも面白い。
「それを読むとカレー一色になるだろ」
「確かに…読むほど熱心なお客さんなら、人に紹介したくなりますよね」
「800人もいるんだからそうなるんだよ」
俺はもう一度最初のページの入門生十数人のリストを指ではじいた。
「このしつこさが大切なんだ。というのもね、嫌いな音楽やフレーズでも、繰り返し聴いてなじみが出ると、ついつい口ずさんじゃったりするよね」
「ありますあります、わかります。あの“パッとサイデリヤ〜”って覚えてます? あれなんか大嫌いでしたけどすっかり馴染んじゃいましたもんね」
サイデリヤは俺がまさしく持ち出そうとした事例だっただけに、苦笑するにとどめた。
目次に戻る
次へ

0