工藤ちゃんに2ヶ月近く遅れて(笑)硫黄島からの手紙、やっと見て来ました。
工藤ちゃんの言葉を自分自身で感じるために、映画館で見たいと考えていました。
すでにほとんどの劇場では先週の金曜日に公開が終了していて、今見ることができるのは1箇所だけでした。
昨日は、その一箇所へ脚を運びました。
工藤ちゃんの言葉の通り、硫黄島で戦った人たちや戦争で戦った方々のおかげで今があり、自分達の命があるのだという気持ちになりました。
もし硫黄島が米軍の予定通り5日で占領され、沖縄上陸戦がもっと早くに展開されていたら・・・日本本土への空襲ももっと早い段階で大規模な範囲で行われ、私の父や母も
死んでいたかもしれません。
戦時、父母はまだ8歳と4歳でしたがその時代にすでに生を受けていたことは間違いないので本当にいまの自分はいなかったかもしれない、ということなのです。
歴史という言葉で片付けてしまってはいけない、真実を知る必要性があると、思い始めました。
自分自身、これほどまでに戦争に興味を持ち、一生懸命に探究するようになるとは思いませんでした。
私は男で、あんまり泣くものではないのでしょうが、けっこう泣きます。
悲しいこと、寂しいこと、あれば泣きます。
男のクセに、という感覚はあまり持ち合わせていません。
純粋な気持ちに従うようにしているんです。
もちろん、今回の映画も泣きました。
私以外にも映画館のあちこちで、すすり泣きの声が漏れていました。
硫黄島で戦った人たちは、工藤ちゃんの言うとおり、戦後自分達の思いを知らせたいという気持ちがあったと思います。
玉砕禁止の地獄のような戦いをし、日本本土を一日でも長く守ってくれた方々。
そこには、ただただ身を犠牲にしてでも守りたい家族への思いがあったのだと思います。そのおかげで、今があり、自分の命があるのだと。
YAMATO(男たちの大和)でも、同じような思いを持ちました。
日本は一度負けなければ、生まれ変われない、たとえ玉砕でも、戦い抜いて後世に伝えなければならない、という意味合いなセリフがありました。
敗戦色が強い戦争末期の兵の気持ちとして、確実に現れているんじゃないかと思います。
とある資料で、米軍は日本軍の硫黄島の戦いや特攻機や回天(特攻魚雷)による攻撃をかなり恐れていたという事実がありました。
考えてみたら確かにそうです、本土を守るため、必死の体当たりをする。
必ず、死ぬ。作戦としてそんな方法を生み出した国は日本以外にありません。
愛国精神などというものではなく、守りたかったのは、「家族」の住む日本、だったのではないでしょうか。
その精神力を他国は恐れていたために敗戦後も侵略されることなく、今日の姿にまで復興できたのだと。
確かにその通りだと思います。一億総玉砕の覚悟があった日本人だからこそ、焼け野原からここまでの復興が実現できたのではないでしょうか・・・。
感謝の気持ち、忘れないようにしたいと思います。
日本がすごく好きになりました。
こんな尊い気持ちを持つことができたのも、工藤ちゃんのおかげです。
そして、工藤ちゃんのこと、ますます好きになりました。
工藤ちゃんありがとう。

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