題名どおり、非定型うつ病のことがよくわかった。(笑) 貝谷久宣監修となっているから、内容的には信頼のおける本である。
一般にうつ病というと部屋の中に一日中ふさぎ込んでいる状態を想像しがちだが、その他に、ちょっとしたきっかけで気分が晴れたりひどく落ち込んだりというタイプのうつ病があり、それを非定型うつ病という。
好きなことをしていれば正常な気分が保てるのだが、ちょっとした失敗や批判などがきっかけとなって急にひどく落ち込んでしまう。そこで周囲からは単なるわがままと勘違いされることも多い。大うつ病(一般に知られている典型的なうつ病)が朝ひどく憂うつで昼間もずっと憂うつ状態なのとはちがって、非定型うつ病では夜になると急に落ち込んでベッドで泣いていたりするので、おそらく周囲の人々は患者が落ち込んでいる状態をほとんど知らないのだろうと思われる。そこで、元気なのに仕事をさぼっていると思われることも多いのではあるまいか。
この本はイラストを多用しているので、文字だけでは伝わりにくい感情のニュアンスがよくわかる。一時代前はこういう基本的な事柄が丁寧に解説された本は少なかったように思う。とにかく文字を読んで頭の中で人物像をイメージして再構成していかなければならなかった。だがイラストがあると、この思考作業が大幅に軽減されて直感的に把握し記憶できる。とくに臨床心理学系の学生が精神医学的な領域を勉強するにはいい時代になったなあと思う。
この本は一般の人たちにもわかりやすいのだろうが、私としては臨床心理学を専攻している学部3・4年生から修士課程の学生あたりが読むといい勉強になるのではないかと思う。
症状について基本的なイメージがもてるのはもちろんのこと、非定型うつ病が大うつ病・パニック障害・パーソナリティ障害と関連している面を説明していたり、病因論も性格・社会的背景・生理的要因・養育歴・日常生活・家族性と、多角的に論じられている。また、治療法についても種々の観点からのアプローチが紹介されている。書かれていることは本当に基本的な事柄だけだが、そのまとめ方は一般向けの本といって侮れないくらいの内容をもっている。
興味深かったコラムをあげておきたい。
思い出し方によって脳の働く部位が違う
自分の意志で記憶を思い出そうとするとき(随意想起)は、前頭葉から側頭葉へ刺激が伝わります。一方、意志に関係なく思い出されるとき(自動想起)は辺縁系の傍嗅皮質から側頭葉へ刺激が伝わります。辺縁系はまこに記憶と情動の中枢である海馬と扁桃体があるところ。PTSDは海馬が障害されていることがわかっています。(37頁)
私見を述べると、側頭葉には言葉を司る場所があるので、随意想起の場合には意識的な思考が言葉を使って記憶を検索したり情動をコントロールしたりしようとしているのに対して、自動想起の場合には記憶や情動が言葉をつよく動かしていると考えられる。そして、脳内の伝達信号の流れが特異なので、患者は言葉が情動に支配されてしまい、患者は否定的な事を考えざるをえなくなっていると予想される。
また、非定型うつ病は、うつ病のなかでモノアミン酸化酵素阻害薬(MAOI)がよく効く一群のこと(23頁)で、いわゆる性格の問題というよりも脳機能の異常状態の1タイプと考えていいのではないかと思う。もちろん環境因や性格因などがそこに複雑に絡み合っているので、すべてを生物学的な要因に還元できるわけではない。
境界パーソナリティ障害との違いも興味深い。非定型うつ病の患者は、
1.病前はしっかりしたよい子で、社会適応していた。
2.治療者を操作しようとしない。
3.自分と治療者以外の他者を適切に評価できる。(53頁)
という特徴がある。これは、非定型うつ病の患者がすでに正常なパーソナリティを発達させたことを示しているが、抑圧等の防衛機制でパーソナリティ形成にかなり無理が生じたために、自我に統合できなかった感情的側面などがいわば“反乱を起こして”いるのではあるまいか。
統合失調症などに比べて症状や形成因などに一般人でも比較的共感できる部分が多いし、こういう人はたまに見かけると思われるので、とくに臨床心理等の専門家を目指していなくても、読めば友人や同僚・部下の助けになる場合もあろうかと思う。

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