下書きを作ったまま投稿を忘れていたら、なにやら「盗用」問題は収束に向かっているらしい。またまたカビの生えた記事になってしまった。(^^ゞ
松本零士さん「盗用」で槇原敬之に謝罪要求(夕刊フジ)
人気漫画家、松本零士さん(68)が漫画のセリフを盗用されたとして、歌手の槇原敬之さん(37)に抗議していることが19日、分かった。
「女性セブン」が報じたもので、問題となっているのは、槇原さんが作詞作曲し、人気デュオ「CHEMISTRY」が今月4日発売した「約束の場所」の〈夢は時間を裏切らない 時間も夢を決して裏切らない〉というサビ部分。
松本さんは、これが「銀河鉄道999」(小学館刊)の第21巻で、星野鉄郎のセリフとして登場する〈時間は夢を裏切らない 夢も時間を裏切ってはならない〉という個所に「そっくりだ」と主張。先週末、槇原さん本人と電話で2度話し合った。
槇原さんは当初、「全然知らなかった」と答えていたが、「どこかで聞いたかもしれない」と説明が変化。レコード会社幹部は16日、謝罪に訪れ「(槇原さんが)『記憶上のものを使用したかもしれない』と半ば認めたとの説明を受けた」というが、松本さんは槇原さんが同席しなかったことを不服とし、本人による謝罪を求めている。
[夕刊フジ:2006/10/19 16:43]
世の中ぎすぎすしているなあと思う今日この頃。盗用であるか否かは別として、今回は、このフレーズが出て来る心理を考えてみたい。
「夢といえば無意識!」と
条件反射的に 考えるのが臨床心理学者。(笑) とくにフロイト派は、夢は過去の願望充足だと限定する。しかし、ユングやアドラーは夢を目的論的に現在ないし未来と結びつけて解釈する。そして、ここで問題になっている覚醒中の「夢」もまた、過去ではなく未来を指向している。
そもそも人間が未来に向かって特定の夢をもつ場合、それは過去の体験が機縁となっているはずである。過去にあんな体験があったからこそ未来はこうあってほしい、というわけだ。そんな夢のなかには、さっき生まれたものもあろう。しかし、ずっと昔から抱いていた夢もある。そして、長くもちつづけている夢は深い。心に深く根づいている。夢は、心の中で過去と未来を結ぶものである。
さて、時間にも時計で測れる客観的時間と、心のなかに自分の歴史として存在する主観的時間がある。昔からもっている夢というのは、後者の主観的時間と密接に結びついているのである。過ぎ去った時間はすでに存在せず、未だ来らざる時間も存在しない。存在するのは今の時間だけである。だが、過去の時間は我々の記憶のなかに生きているし、未来の時間は我々の希望のなかに生きている。
希望としての夢は、現在の意識が作っていく。そして、主観的時間は、過去の記憶や昔からもっていた夢や希望とともに、永遠の過去から永遠の未来に向かう時間そのものとして心のすべてをその内に包み込んでいる。主観的時間は、意識と無意識の容れ物でもあるわけだ。
槇原氏の〈夢は時間を裏切らない 時間も夢を決して裏切らない〉というフレーズをこのような文脈で解釈すると、それは意識と無意識が互いに離反しないという意味にもとれる。そうした人格統一状況の予感またはそれへの願望が、このようなフレーズを生みだしたのかもしれない。
他方、松本氏の〈時間は夢を裏切らない 夢も時間を裏切ってはならない〉は、おそらく別の意味になるだろう。残念ながら私は星野鉄郎のセリフがどのような文脈で使われているのか知らないので、きちんとした解釈はできないが、私の心理学的文脈で解釈をそのまま松本氏のフレーズに適用すれば、「無意識は意識を裏切るようなことはしないのだから、意識は無意識から離反してはならない」という意味になる。
したがって、私はこれが“そっくり”だとは信じられないし、類似した心理状況――ユング的には心理学的布置などというのだろうが――に関して違った局面を述べたものではないかとも思う。言葉の多くの部分が似ているからといって、それだけで「盗用」扱いされたのではたまらない。その人が体験して感じたことをそのままに言葉にしているのなら、類似の体験をした人の言葉と似てくるのは当たり前で、決して他人の言葉を“盗用”したわけではないのだ。逆に、先に言葉にした人に全ての権利があるのなら、先に言葉にした人が他人の体験の所有権を奪ったことになろう。言葉は自分の体験を所有するための道具でもあるのだ。
たとえば恋愛体験では、本人には“誰も体験したことのないような素晴らしい体験”であっても、はたから見れば“恋人同士のありふれた体験”でしかない。――このような一節がユングの本のどこかにあったような気がするのだが失念した。(^^ゞ 主観的体験と表現された言葉との間にもこのような関係がある。誰でも簡単にアクセスできるからこそ言葉として広く通用するのであり、感じ取った人でなければわからないからこそ主観的体験は神秘に属するのである。
万有引力の法則だとか微積分の方法だとか、意識的思考を徹底したところに出てくる成果ならプライオリティだとか著作権だとかを主張するのもわかるが、無意識からひょいと出てきたものを“早く言った者勝ち”の論理で押し通そうというのは如何なものか。。。
・・・ああ、ちょっと内容を濃縮しすぎて、さらっと読んだ人には伝わらないだろう。さまざまな例を使ってこれを何倍にも薄めてイメージを喚起し、無意識の世界に誘うのが文芸であったり深層心理学であったりするのだが、まあ、そんなに読者サービスすることもないしね。将来の本や論文のネタにするための私的メモであればいいんだし、心の深みのわかるセンスのいい人にだけわかってもらえればいい。
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