どうも投稿するのが面倒になってしまってイケマセン。本名を出して書くというのは、けっこう気を使うものです。と言いつつ、くだらんことを書いているような気もしますが。(^_^ゞ でも今回はちょっとマジメです。
村山正治著『ロジャースをめぐって 〜 臨床を生きる発想と方法 〜』金剛出版
難易度 院生(修士課程)〜専門家向き
おすすめ度 ★★★★☆
アマゾンのサイトによると、
内容(「BOOK」データベースより)
本書は「臨床を生きる発想」と題してこれまでに私が取り組み、育ててきた心理臨床に関する方法論、科学論、事例、理論、学生指導論など著者の思想を1冊にまとめ、これまでの歩みを整理し、さらに発展の方向を展望して世に問う書です。
内容(「MARC」データベースより)
カール・ロジャースに学び、臨床現場で心理援助を行っていた著者が、スクールカウンセリングや学生相談、エンカウンターグループ、コミュニティへの援助など長年にわたる実践と、それを支える理論をまとめる。
〔目次〕
第1部 カール・ロジャースからの影響とそこからの出発(カール・ロジャースの先見性―『On Becoming a Person』を読む ロジャースの晩年の考え方と実践―静かな革命家カール・ロジャース ほか)
第2部 臨床実践から学んできたもの(登校拒否中学生の心理療法 家庭訪問した不登校の事例 ほか)
第3部 臨床実践を科学する方法論(臨床心理学研究の方法論―新しい人間の科学をめざして 事例研究の意義をめぐって―エンカウンターグループの視点から)
第4部 臨床心理学の発展の方向と大学院生の養成(大学院における心理臨床家の養成をめぐって―心理教育相談室経営論 臨床心理学の研究発展のためのいくつかの提案メモ ほか)
*****
村山氏がこの本で主張したいことのひとつは、対人援助を有効なものにするためには、大学の相談室に留まってクライエントを待っているだけではダメだということである。現実に困っている人たちは、彼らの周囲のさまざまな人々によって支えられている。そして、それらのネットワークに支えられて心理臨床家も有益な仕事ができるのである。
この主張は心理臨床の発展的解消を目指しているように見えないこともないが、それは能力のない心理臨床家の不安か、さもなくば周囲の人々に心理臨床の特殊性を理解させられない心理臨床家集団の閉鎖性を意味するのだろう。とくにスクールカウンセリングが浸透してきている今日、周囲との協力体制を築くことの重要さは心理臨床家が忘れてはならないことである。
村山氏は、大学の学生相談室では、問題のある学生が自主的に来談するというよりも友人がその学生を連れてくることがよくあった、と回顧している。それは中高のスクールカウンセリングでも同様ではなかろうか。たとえ先生方がカウンセリングに無理解でも、カウンセリングを体験した生徒・学生のほうが友人に勧めたり連れてきたりする。これからは、カウンセリング活動を外に向かって開放すると同時に、その特殊な効果によって心理臨床家としてのアイデンティティを保つということが必要なのだろう。だが、中身のない集団が外に向かって開放することは、周囲への解消にすぎない。
地域での支援ネットワーク作りのような心理臨床家の自己開放の極致のような行為をする場合、もはやそこに心理臨床家がいる必然性はなくなっていく。しかし、その前段階のエンカウンターグループでは、心理臨床家に固有の仕事がある。それはグループダイナミクスないしグループプロセスの把握と研究である。グループで“何を”得させるかではなく、“どのように”有益な活動ができるかという観点からグループを見守るのが、その仕事であると言えよう。
村山氏は、個人セラピーから社会に積極的に働きかけつつある段階のロジャースに出会い、そこから自らの研究活動を出発させている。したがって、いわゆる“セラピストの三条件”に固執するような学者や心理臨床家ではない。一般にいうロジャース派が『カウンセリングと心理療法』(1942年)や『クライアント中心療法』(1951年)に依拠するならば、村山氏は『ロジャーズが語る自己実現の道(On Becoming a Person)』(1961年)に依拠して活動してきたと言えよう。私も大学時代は村山氏が訳したロジャース全集の『人間論』(On Becoming a Person の一部が訳されている巻)に感激したものである。そして、それ以前の著作はつまらなく感じていた。
しかしまた私は、80年代以降のエンカウンター活動にも人間性のエッセンスが薄まったようでつまらなさを感じていた。ロジャースのエンカウンターグループを日本人がそのまま真似しようとすれば、おそらくますます薄っぺらになるだろう。村山氏はロジャースの“自分自身になること”という方向性をしっかり体得しているらしく、彼の人間性や生きざまが彼の臨床活動に一貫して浸透していることをこの著作は伝えている。村山氏は、心理臨床家のアイデンティティが役立たなくなるぎりぎりの領域までロジャースの精神を広げてみる活動をしてきたと言えよう。
この本は、院生や大学教員向けである。内容は平易であり、一般人も十分に読めるレベルだが、その言わんとする臨床心理学的な意義(価値)を十分に理解しようという段になると、ある程度の臨床心理学的な知識を得てきた人でないと見逃してしまうからである。したがって心理学科の学部生にはあまりお薦めしない。しかし、心理臨床家の周囲にいてその接点をもっている学校の先生などには参考になる本かもしれない。星がひとつ☆なのは、この本が専門的臨床技術を向上させるのに役立つとは必ずしも言えないからである。
この本を読んでいてふと思ったことを書き留めておこう。
それは、絵を使ったフォーカシングを小学生にやらせると、興味を示す子がいたということである。結局は絵を使って心を整理することと言えるが、小学生には有用かもしれない。というのは、大人ならばある程度ボキャブラリーが豊富なので日記を書いて心を整理することもできるが、子供の場合にはそういう方法で整理するのは難しい。単に箱の絵のなかに心配事などをメモしていくのならば、そこに自分の気持ちを投影しやすくなるし、言葉に出来ない事柄も、何らかの象徴的記号を作って“あの気持ち”や“この気持ち”を便宜的にそこに当てはめることもできる。キレる子が増えているというニュースを聞くにつけ、そのような介入方法が学校で積極的に採用されていいのではないかと思う。
私にとってはフォーカシングは初歩的で粗大な心を扱うものと感じられるので、個人的にはやろうとは思わない。しかし、これだけストレスの多い社会になっているのだから、ストレス過剰の人は、たとえば大きな紙に自分の内面をどんどん書き足していく心の大地図を作ってもよいかもしれない。
また、これは心理臨床家が一般にやることだが、カウンセラーは登校拒否の子供が沈黙したままである状態に付き合っている。だが、子供は中身がないのかもしれぬ。語るべき内容は、むしろ外界との関係にこそ存在するのかもしれぬ。だから一緒に何かをすること自体が子供の心と付き合うことであり、子供に行為を禁止することは、心を働かすなと命じているようなものであろう。「カウンセラーは話を聴くもの」という固定観念は、せいぜい大人にしか通用しない。子供に関しては、「心は行動である」という行動主義のテーゼがよく当てはまるのかもしれない。
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