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〔Part 4 についてメモ〕
カヲルは弐号機に向かって、「アダムの分身、リリンのしもべ」「エヴァは僕と同じ身体でできている。僕もアダムより生まれしものだからね。」
と言っている。
弐号機をドイツから運ぶ時、同時に加持はベークライトで固められたアダムを運んでいる。これらのことより、エヴァ弐号機がドイツにおいて、アダムより作られたことは間違いないと思われる。
「これはアダムではありません。……これは、アダムより人の作りしもの、エヴァです。」(赤木博士?)
「我々のアダム再生計画通称E計画の雛型たる、エヴァ零号機だよ。」(碇ゲンドウ)
アダムがネルフに運ばれる以前から零号機および初号機は完成していました。アダムより作られし兵器のエヴァではなく、リリスより作られたものだから「雛型」なのでは? 弐号機は日本で設計されたが完成はドイツ。それは、アダムがドイツにあったからだろう。
「約束の時が来た」「ロンギヌスの槍を失った今、リリスによる補完はできぬ」「唯一リリスの分身たるエヴァ初号機による遂行を願うぞ。」(この時点で零号機は大破)……(ゼーレ)
「ゼーレのシナリオとはちがいますね。」(碇ゲンドウ)
弐号機及びその後の機体は海外でアダムのコピーより作られたが、零号機および初号機はジオフロントにおいてリリスのコピーより作られた。
「人はエヴァを生み出すためにその存在があったのです。」(?)
「人は新たな世界に進むべきなのです。そのためのエヴァ・シリーズです。」(碇ゲンドウ)
「我等はヒトの形を捨ててまでエヴァという名の箱船に乗ることはない。」「これは通過儀式」(ゼーレ?)
「滅びの宿命は、新生の喜びでもある。」「人も神もすべての生命が死をもってやがて一つになるために。」(ゼーレ)
「死は何も生みませんよ。」(碇ゲンドウ)
伝承によると、人類の創生において、リリスはアダムの妻になるはずでした。しかし、リリスはアダムから逃げ出しました。その後、天使ガブリエルを捕らえ、脅しをかけるもののリリスは心を変えず、アダムの元へ戻ることはありませんでした。後にはリリスはルシファーと婚姻し、リリン(悪魔)と呼ばれる子を作ったのです。
また、別の伝承によれば、エヴァに知恵の実をたべるようそそのかした蛇こそ、リリスであったとも言います。そのとき、神は怒り、罰として腹這いで生き続けなくてはいけないように、足を奪います。
また別の伝承によれば、リリスは月の女神(魔女)であり、月の化け物を率いています。
リリスは磔にされ、下半身(つまり足)を奪われている。
球状のジオフロントこそ、リリスの卵であるとともに、伝説のエデンであると思われます。
「かつて楽園を追い出され、死と隣り合わせの地上という世界に逃げるしかなかった人類。そのもっとも弱い生物が弱さゆえに手にいれた知恵で造り出した自分たちの楽園だよ。」(碇ゲンドウ)
「敵だらけの外界から逃げ込んでいる臆病者の町さ。」(碇ゲンドウ)
「エヴァ・シリーズ。アダムより生まれし、人間にとって忌むべき存在。それを利用してまで生き延びようとするリリン。僕にはわからないよ。」(渚カヲル)←これは日本のジオフロントにおいて磔られたリリスをアダムと誤認していたがゆえの困惑。
「エヴァは僕と同じ体で出来ている。僕もアダムより生まれしものだからね。魂さえなければ同化できるさ。この弍号機の魂はいま自ら閉じこもっているから。」(渚カヲル)
「アダム 我らの母たる存在。アダムより生まれしモノはアダムに還らなければならないのか。 人を滅ぼしてまで。」(渚カヲル)
「ありがとう、シンジ君。弐号機は君に止めておいてもらいたかったんだ。そうしなければ彼女と生き続けていたかもしれないから。」「僕が生き続けることが僕の運命だからだよ、人が滅びてもね。だが、このまま死ぬこともできる。生と死は等価値なんだ、僕にとっては。自らの死、それが唯一の絶対的自由なんだ。」(渚カヲル)
〔心理学的解釈〕
『旧約聖書』によれば、エヴァ(=イヴ)はアダムの肋骨から作られた。新世紀エヴァンゲリオンにおけるエヴァは、弍号機はアダムから作られ、零号機と初号機はリリスから作られたようだ。そして、エヴァンゲリオンでは人類はリリスの末裔だから、リリスの子であるリリンだと言える。弍号機はアダムの分身であるとともに、人類(リリン)のしもべになっている。
エヴァンゲリオンでは人類(というよりネルフ側)はリリスによる補完を目指している。人類(リリン)にとってリリスは母であるから、彼らは母と一体化することによって補完を成し遂げようとしているのである。エヴァ零号機と初号機はリリスから作られたというよりリリスの分身と言ってよいだろうから、碇シンジがエヴァ初号機に乗り込むのは、母との合体と見なせる。
エヴァが母を象徴しているのは、碇シンジがエントリープラグに入ってエヴァに搭乗する点からも明らかである。これは母胎を意味する。そこはL.C.L.という液体に満たされているが、これはリリスの体液であるとされる。これは羊水を象徴していると言えよう。すると、碇シンジは胎児になっていることになる。心理学的には、胎児への退行である。したがって新世紀エヴァンゲリオンの使徒襲来物語は、胎児期まで退行した心理を表現していると考えられる。
エヴァのパイロットは、「母親のいない14歳の子供」から選ばれているという。現実に母親がいればその子どもたちは現実の母親を見ているが、母親がいない子どもは、自分の幻想の中の母親を見て育ってきている。つまりその子どもにとって母親とは、母親の代理イメージでしかない。エヴァもそういう代理の母イメージなのだろう。エヴァの中に入って戦っているのは、(代理の)母親が代わりに戦ってくれているようなものでもある。それは、必要なすべての行動を母親が代理してくれる乳児期の心理と言ってよいかもしれない。
エヴァの電源は、第3新東京市の電力供給ビルからアンビリカル・ケーブルを通して外部供給される。これは臍の緒(umbilical cord)から命名されているらしい。私としては、むしろ母子の心理的紐帯と考えたい。幼児が母親から離れつつあるときに、心理的にはこのような紐帯の範囲内で活動領域を徐々に拡げていく。エヴァが暴走するとこのケーブルが切れて動かなくなってしまうというのは、まるで幼児を見ているようでユーモラスである。
もう一つ興味深いのは、第3新東京市の地下にあるジオフロントという都市の象徴的位置づけである。
これは、下部がほとんど土に埋もれているリリスの卵の上部に作られている都市である。すると、ここ自体が母胎内であると言える。そうやって碇ゲンドウの言葉を振り返ってみると、母体回帰願望を科学の力によって実現したのがジオフロントだということになる。そして、そこに配備されていて使徒襲来時には外界に射出されるエヴァは、胎児だと言えよう。外界は激しい戦いの世界であり、エヴァの戦闘は、ちょっと戦ってはすぐに母親の懐に逃げ込んでしまう幼児のようでもある。

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