曽根剛(そねつよし)のブログです。心理学に関連したエッセーや、心理学関連の本についての紹介などを掲載していきます。ブログ記事への感想などをコメントまたはトラックバックでお寄せいただけると幸いです。


1
抗うつ薬を服用した患者に、他人に突然、暴力をふるうなど攻撃性が増す症状が表れたとの報告が約40件寄せられたため、厚生労働省は8日、「調査の結果、因果関係が否定できない症例がある」として、使用上の注意を改訂することを決めた。
対象となるのは5製品で、うち4製品はSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)と呼ばれる。
厚労省などは、SSRIなどの薬を服用し、他人を傷つける行為が実際にあった35件と傷害などにつながる可能性があった4件について調査。パキシル(SSRI)など3製品を服用した4件について、「他人を傷つける行為との因果関係を否定できない」と評価したうえで、ほかの2製品も含めた改訂を決めた。
そううつ病のうつ症状やアルコール依存症などがある場合、その多くは薬を処方されたことで、症状が進んで攻撃性が増し、傷害に結びついた可能性があることが分かった。
新しい使用上の注意では、症状の悪化があった場合には、薬を増やさず、徐々に減らして中止するなどの慎重な処置を行うよう求める。
SSRIは、従来の抗うつ薬よりも副作用が少ないとされ、うつ病治療に広く使われている。国内でも100万人以上が使用していると推定されている。
(2009年5月8日21時42分 読売新聞)
メランコリー患者のさまざまな自責の訴えを根気よくきいていると、しまいにはこの訴えのうちでいちばん強いものは、自分自身に当てはまるのは少なく、患者が愛しているか、かつて愛していたか、あるいは愛さねばならぬ他の人に、わずかの修正を加えれば、あてはまるものであるという印象をうけないではいられない。……このように、自己非難とは愛する対象に向けられた非難が方向を変えて自分自身の自我に反転したものだとみれば、病像を理解する鍵を気にいれたことになる。
夫に同情して、自分のような働きのない女と一緒になったのは気の毒であると口に出して言う妻は、どのような意味で言っているにせよ、実は夫の働きのないことを訴えているのである。……彼らの“訴え”は“告訴”なのである。
0
0
0
“感情のプログラム”とは、生命の非常事態対処プログラムのことです。本来は生命の危機からあなたを救ってくれるとてもありがたいプログラムなのですが、これが、その発動の時期と程度を誤って発動してしまうために、さまざまな不調が生じているのです。(上掲書 p.19)生命の危機状態だと感情が誤報を発しているのだから、それを真に受ける主観は、それこそ一大事なのである。ま、真に受けなくても一大事だという気分は相変わらず存在し続けるわけで、たとえば怖い映画はそれがただの映画だと思っていてもやっぱり怖いようなものである。(笑) この状況では本人はどうしようもない。
この“感情のプログラムのいっせい発動”が、本人にとって、自分が「悲しいのか、イライラしているのか分からない」「自分の気持ちが分からない」状態を作り出しているのです。通常、怒りは行動を活性化し悲しみは抑制します。もちろん一つの出来事、たとえば意にそぐわない人事異動によって、その二つの感情を持つことはあっても、必ずどちらかのベースになる感情がありますし、通常一定の間は一つの感情を感じているもので、次の感情に移るにはある程度のきっかけと時間が必要です。
ところが、うつ状態では、これらの感情が同時進行しているようです。家族に囲まれて幸せなのに、急にわけもなく不安に襲われる。ご飯を出されただけなのに、急に怒鳴っている自分に気がつく。テレビを見ていて、たいして悲しくもないシーンなのになぜかぼろぼろ涙がこぼれている……。
感情のきっかけや流れがなく、まさに自分の気持ちが分からないという感じです。
これは、複数の感情のプログラムがいっせいに発動している状態で、通常は感じることのない感覚でしょう。それが本人をよけいに不安にします。(上掲書 p.40-41)
〔苦しみの〕プログラムは、複数の欲求がある場合、切迫性と生命への危険性の尺度から優先順位をつけ、“一つの欲求だけ”を拡大してみせる働き(クローズアップ機能)を持ちました。一つの欲求の苦しさだけを大きくして、その他の欲求の未充足を示す苦しさはそれほど強く感じないようにしたのです。(上掲書 p.53)そして、
苦しみのプログラムの誤作動で疲労が蓄積していることに気がつかずに事態を悪化させ、ついに精神疲労が危険な状態に達し、最終的な安全装置である感情のプログラムのいっせい発動にいたるという流れ(上掲書 p.67)が生じる。
人は、絶望すると、まず、これ以上努力しようという意欲がなくなります。力が湧かないのです(意欲の減退)。
なにをやっても、どうせうまくいかない、もう手立てはないと感じています。明るい兆しはどこにも見当たりません。真っ暗です(希望の消失)。
そして、誰も本当に私のことを分かってくれない、たとえ分かってくれたとしても私をこの状態から救ってくれる人はどこにもいないと感じます。誰かが励ましてくれでも、気休めにしか思えません。とても孤独なのです(孤独感)。
自分の未来を考えようとしてもどうしてもイメージできません。こんな状態で、将来に望みもないまま生きていても仕方がないと感じます(生きがいの消失)。
また、自分がとても価値のないもののように思えます(自分の無価値観)。
なんのために生きているのだろう。自分を必要としている人はいないと思い始めます。いえ、むしろ自分が死んだほうが皆の足手まといにならなくてすむと感じるようさえになります(自分の足手まとい感)。
そのうちに、どうすれば楽に死ねるのかな……と死ぬことばかり考えている自分に気がつくようになっていくのです(自殺願望)。
食事は喉を通りません。夜も眠れません。ため息ばかりが出ます(さまざまな体の不調)。
そして、いつまでもいつまでのこの暗い日々が続くような気がするのです。(上掲書 p.85-86)
うつ状態の人、本人にも話し方のコツがあるのです。
まず一つ目は、話をする前にお願いすることです。
「わたしは今、自分でなくなりそうになっている。いろんな思いを口にして、自分の心を整理してみたい。実は自分でもよく分からないんだ。だから聞いていても、理解できないかもしれない。でもそれでも、誰かに気持ちを伝えたいんだ。だからといって何かして欲しいということではないし、今はアドバイスもいらない。自分の考えていることをただ聞いていて欲しい。思っていることを全部言うので、もしかしたら、びっくりするかもしれないけれど、それを実行するわけではない。そんな思いがあるということだけだから、そう受け止めてくれ」という趣旨をお願いしておくのです。
これを初めに伝えておかないと、友達もどう対応していいか不安になり、先に述べたような反応をしてしまいがちです。
二番目のコツは、なぜ自分が苦しくなったかについてだけではなく、どのように苦しいのか、あるいは今どのように感じているのかを話すようにすることです。(上掲書 p.125-126)
よく、うつの人に励ましはいけないといわれます。それは、「頑張って」という言葉自体がいけないのではなく、これまで説明したような接し方が良くないということなのです。「なにかをしてみて」という言葉は、それができていない自分をもう一度、思い出させることになり、“生きていく自信”をいっそう低下させるのです。また、内面の苦しさを分かってもらえない悲しさは、孤独感をいっそう強め、結果的に絶望のプログラムを促進してしまうのです。(上掲書 p.156)また、
そして〔聞き手である〕あなた自身にこう言い聞かせてください。著者は、“3時間は聞くつもりで”という。まあ、実際には3時間も聞いていないにしても、それくらいの心の余裕がないと駄目だろうし、どうしても解決策を提示したくなる人は、解決策の提案は次回にまわすのだと固く心に誓って聞いているといいかもしれない。(笑) ・・・もちろん、次回も解決策は提案しないのだよ。(^^ゞ
私が問題を理解するために、この時間があるのではない。彼(彼女)の絶望のプログラムをこれ以上暴走させないために、安全信号を送るのだ。そのためには、いっしょにいること(時間)が重要なのだ。ゆっくりした時間を与えよう。そのためには自分がゆっくりしようと。話が活発に進まないときや、堂々巡りをしているときは、とくにこの気持ちが大切です。活発な会話やアドバイスが癒すのではないのです。あなたに関心をもってもらっている“時間”が癒すのです。(上掲書 p.175-p.176)

回復期には、生きがいや人生について考えてしまうことがあります。これも、悲しみのプログラムだけが最後まで残ってしまうからです。
悲しみのプログラムの誤作動は、「自分の人生が失敗であった」「自分がほかの人から必要とされていない、愛されていない」という誤った思考(感じ方)をもたらします。そう感じるほうが活動を抑制するからです。しかし体力がしだいに回復してきたあなたには、この思考が“生きていく自信”の回復を阻害するとてもいやな思考(感じ方)になります。
そこで、そのことがいつも頭からはなれないのです。
経験の浅いカウンセラーがクライエントからこのテーマを提示されると、生きがいそのものを考えさせてしまったりします。しかし生きがいは、考えるだけで見出せるものではありません。その作業は結果的に、「生きがいを見つけられなかった」という失敗に終り、クライエントの“生きていく自信”を失わせるだけになってしまいます。
そのような悩みに対して私は、「それは回復してきたという証拠、この時期特有の一つの症状なのです。苦しいかもしれないけれど、あまりこだわらず、むしろ観察しておいてください。もっと元気になると、生きがいについてあまり気にならなくなります。元気なときは、生きがいなんてあまり考えなかったでしょう」とアドバイスします。
また、悲しみのプログラムの「迷惑をかけている感じ」といつまでも治らない自分へのふがいなさから、離婚とか退職を考えてしまう時期でもあります。
そんなときも、「いつまでも治らず無気力なままの自分が、迷惑をかけている感じ、仕事に戻れない、生きがいを感じられないむなしさ、自分が必要とされていない苦しさなどは、この時期の症状です。大切なことはあと3ヶ月たってから決心しても遅くない」とアドバイスします。
“生きがい”については棚上げ、重要な決定は先送り、これがこの時期の原則なのです。(上掲書 p.226-227)
0