名誉会長)
「生老病死」・・・・それは万人が避けて通れない悩みです。
人生にとって最重要の課題であり、人類にとって永遠の命題です。
これまで私は、さまざまな角度から「生命」や「健康」「医学と仏法」
について論じてきましたが、「生老病死」は時代の焦点です。
一段と重要なテーマになってきています。
その意味から、もう一重、深い次元で、「健康の世紀」「生命の世紀」を担う
ドクター部の皆さんと論じておきたいのです。
西山)
日ごろ、患者さんの生老病死に深く接している私たちにも、
仏法の眼から見るとどうなるのか、先生に伺いたいことがたくさんあります。
【悲しみの母へ 釈尊の導き】
名誉会長)
仏典にこんなエピソードがあります。
(「ダンマパダアッタカター」)
ある女性が、最愛のわが子を病気で亡くしました。
嘆き悲しんだ母は、死んだ子供を抱いたまま町をうろついた。
会う人ごとに、「この子を生き返らせる薬を下さい」と頼みます。
ある人が哀れんで彼女に釈尊を紹介します。釈尊は言いました。
「良い薬をあげよう。町へ行って、白いケシの実をもらってきなさい。
ただし、今まで死人を出したことのない家から、もらってこなくてはいけないよ」
彼女は町中を一軒一軒、訪ね歩きます。それはそれは必死でした。
しかし、死人を出したことのな家など、一軒もありません。
ついに彼女は理解します。「人間は必ず死ぬ」のだ。
自分の悲しみだけが特別なのではない・・・・と。
そして、釈尊の門下になったといいます。
上東)
釈尊は、「わが子の死」がこの母だけに起きた悲劇ではなく、多くの人が、そうした悲しみを乗り越えて生きている事を知ってほしかったのでしょうね。
名誉会長)
そうです。この逸話は、インドの文豪タゴールも自身の詩につづっています。
成見)
タゴール自身、40代で、最愛の妻や子供を相次いで亡くしていますね。
名誉会長)
その通りです。そうした悲哀を勝ち越え、国のため、社会のために、わが身をなげうって働いた。偉大な人物です。
こうした変転する「無常」の人生を、どのように生きれば、価値ある
「常楽我浄(じょうらくがじょう)」の人生へと変革できるか・・・・
そこに釈尊の求道の出発点があり、仏法の挑戦があります。
ですから、「生老病死」という人生の課題は、そのまま仏法の根本課題であり、
仏法はその根源的な解決の方途を解き明かしているのです。(つづく)
『生老病死』
(しょう・ろう・びょう・し)
人間がこの世で避けられない四つの苦しみ。
生まれること、老いること、病気になること、死ぬこと。四苦。
名誉会長/池田大作 創価学会 第三代会長
創価学会インターナショナル(SGI会長)
上東/上東洋一 内科医 医学博士 ドクター部相談部室議長
成見/成見正作 内科医 医学博士 創価青年医学者会議室長
西山/西山千秋 皮膚科医 医学博士 創価女性医学者会議室長

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