【中国と私 その119(2003年)】リン先生との再会  中国と私

8月の後半に私の口語(会話)の授業を週2回受け持ってくれていたリン先生。9月になって、突然先生の交代が告げられて、それ以来、リン先生に会うことがなかった。
まもなく帰国という時期、どうしても直接会って、感謝の気持ちを伝えたい!ということで、長期留学生の友達に、「リン先生って知ってる?」とか聞きまわっていただんけど、誰も知る人がいなかった。
授業の最初に、先生の携帯電話の番号を教えてもらっていた。電話するのは緊張するし、言葉が通じなかったらどうしようって、ビビって、最後の手段と考えていたんだけど、これはもう、最後の手段を使うしかなかった・・・。

プルル。プルル。
「ウェイ?(もしもし?)」
うわ、やばい、電話に出ちゃったよ!えっと、えっと・・・
「私は日本人留学生のぴーです。リン先生ですか?」
「あらら〜電話くれたのね。ありがとう〜!」
まもなく帰国するから会いたいですと伝えると、早速翌日のお昼を一緒に食べに行くことに。
食べに行ったのは、中国の少数民族・白族の料理だった。先生自身、白族で、白族の言葉は話せないらしいんだけど、家では白族伝統の料理を食べることも多かったみたいで、是非にと私を連れて行ってくれた。レストランというよりは、軽食屋さんって感じのお店だったんだけど、米線というお米でできた麺に豆腐とか乗って、ちょっと辛めの味付けがしてある料理だった、ハズ。メニュー名も覚えてないし、写真も残ってないのが残念。。。
食べながら、いろいろとお話してた。
「先生、普段どこにいるんですか?長期留学生の友達に聞いても、誰も先生のこと知らないって言うし。」
「実はね、私は普段大学院生をしながら、英語学科の学生に英語を教えているの。講義棟も違う場所にあるから、普段会うこともなくって。突然先生が代わってとまどったでしょ?ごめんね。8月は私も授業がなかったし、留学生を教える先生方もいらっしゃらなくて、私が代講していたってわけ。」
と、真実を教えてくれた。
なーんだ、そうだったんだ!どうりで、誰も先生のこと知らないわけだ。

その後、「記念に写真撮りませんか?」とデジカメを出すと、「せっかく写真を撮るなら・・・」と突然写真館に行くことになった。え、写真館?!(笑)それはちょっと大げさじゃないの?(笑)
でもこれも、なかなかいい記念になった。
「ほら、二人とも笑って笑って。もうちょっとお互い顔を寄せて。はい、首をちょっとかしげて!」
カメラマンさん、この二人、なんでこんな普段着で記念撮影してるんだ?ってさぞかし疑問だったでしょうね!

リン先生、中国語のあまり分からない私のために、ゆっくりはっきり話してくれて、とても優しくしてくれて、本当にいい出会いでした。
日本に帰ったあとも、何度か手紙のやりとりをしていたけれど、先生が大学院生と英語教師として忙しい毎日を送っている中で、結局連絡が途絶えてしまった。

でも、写真館で撮った写真はまだ大切に持っているし、先生の優しさ、親切さ、今でも忘れていません。
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【中国と私 その118(2003年)】ヘヨンとカナちゃんと火鍋を食べに!  中国と私

ヘヨンが引越しを決めたあと・・・実際に引越しをする前だったか、したあとだったか、ちょっと忘れちゃったんだけど、ヘヨンとカナちゃんの3人で、街まで火鍋を食べに行った。
ヘヨンが寮を出て外に住むって決めてたし、最近ヘヨンと全然ごはん行けてなかったし、ヘヨンはカナちゃんと急速に仲良くなっていた時だったし・・・、というわけで、私は毎日若干ふてくされがち(笑)の時だった。そんな私に気を遣って、それとまもなく帰国の私を思って、二人が計画してくれたんだろうって思う。

実はこの日、人生初の火鍋だった!「火鍋」って聞いたことあったけど、イマイチどういうものか分かってなくて、メニューもイマイチ分からず、注文もお任せだったと思うんだけど、たぶん、辛いもの好きのヘヨンと、辛いもの全然ダメの私だから、スタンダードな赤&白の鴛鴦火鍋だったんじゃないかな。
だいぶ時間が経っているから、具材とか、その時何話したかとか、全然覚えてなくて、ただ、店内に新聞売りや、メロン売り、物乞いの人なんかが、どんどんお店に入ってきて、食事中のお客さんにしきりに話しかけてたのは覚えてる。お客さん以外も出入り自由なんだ!って(笑)。

あぁ、火鍋懐かしいなぁ。食べたいなぁ。
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【中国と私 その117(2003年)】ヘヨンのお引越し  中国と私

寮で隣の部屋に住んでいた韓国人留学生のヘヨンが、突然引っ越すと言い出した。
私が短期留学していた雲南師範大学の留学生寮は、そんなに規模も大きくなくて、外に自分でアパートを借りて住んでる人がすごく多かった。私は短期留学生だったし、寮は寮なりに過ごしやすいと感じていて、隣のヘヨンの部屋にいつでも行き来できる気楽さも好きだった。
ちょっと前からちらっと、外に引っ越そうかなぁ的なことは言ってたけど、そうは言っても、中国語もままならないヘヨンがすぐに外に引っ越すとも考えられなくって、私が帰国したあと、そのうち引っ越すだろうと思っていたら・・・。
どうも、他の韓国人留学生が、アパートをシェアしようって、ヘヨンを誘ってたみたい。
「せめて私がここにいる間は留まっていてよ〜」なんて泣き言を言ってみたけど、「もう決めたから」ってとっとと出て行ってしまった。あーん、ヘヨン〜(T_T)

離れていても友達だよーと思ってはいたけれど、ヘヨンが引っ越していったあと、頻繁に会うことができず、さみしい残り数日でした・・・。
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中国ドラマ『画皮』  中国・台湾ドラマなど

BSジャパンで放映されていた中国ドラマ『画皮』(邦題は『画皮 千年の恋』)。
この前、『画皮』の映画版を見に行って、ドラマが人気だから映画化されたと思っていたら、逆だったみたい。映画が先で、そのあとドラマ化されたらしい。

映画は豪華キャストで、それなりによかったけれど、やっぱり2時間弱でひとつの物語を描くには短すぎる。ドラマは、映画とベースは同じだったけれど、それをもっと細かく描写していて、映画はどっちかというと怪談の要素が強いなって感じだったけど、このドラマはもっと人情味(って妖魔にも使えるのか謎だけど)があって、深かった気がする。

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もともとは、『聊斎志異』という、中国の古典怪談短編集の中に収録されていた画皮という話。狐の妖魔が、美しい女性の皮をはぎ、その人間になりすまし、ある男性に恋をする。その男性にはすでに妻がいたが、身寄りのないことをいいことに、うまく取り入って、その夫婦の家に住まわせてもらう。妻はある日、彼女が妖魔であることに気づいてしまうが、夫はもとより、周りの誰からも信じてもらえない。そんな妖魔がやってきて以来、街は心臓をえぐられるという殺人事件が頻発していた。狐の妖魔と親しいトカゲの妖魔が、狐の妖魔のために心臓を取ってきているのだ。その心臓を食べないと、美しい肌が徐々に腐ってしまい、その美しさを維持できないためである。その事件のため、日夜街の見回りに出かけている夫は、妻と次第にぎくしゃくするようになり、狐の妖魔は二人が離れていくのを今か今かと待っている・・・。

中国ドラマは好きでよく見ているけれど、見たことがあるのは現代モノ、近代モノ(ちょっと昔懐かしい時代を描いたドラマ)、歴史モノ、武侠モノがメインで、こういう怪談モノって見たことなかった。だから、最初はあんまり期待してなくって、でも見てたらはまってきた。
前から何度も言ってるけど、台湾ドラマの方が全体的に平均点も高いし、日本人受けしそう。でも、中国ドラマって、特に完成度が高いドラマに関して言うと、見てると台湾ドラマ以上にハマるし、面白い!もっと日本にたくさん中国ドラマが入ってこればいいのに、とか思うけど、それもなかなか難しい話かなぁ。
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【中国と私 その116(2003年)】学生食堂へ  中国と私

いつも寮の隣の部屋の韓国人留学生ヘヨンと、外にごはんを食べに行っていた。留学生寮の1階にも一応食堂があったんだけど、夏休み中で人が少なかったからなのか、SARSの影響で人が少なかったからなのか、全然力を入れてなくて、寮で働くおばちゃんたちのたまり場みたいになってた(笑)。
だから、うちらはいっつも外に。外と行っても、うちらの寮は大学の門のすぐ近くで、寮から出るとあっという間に外に出られる。そこから近い米線屋さんで食べたり、小吃屋さんで食べたり、適当にその日の気分に合わせて選んでた。

ある日、ヘヨンが「学内にある中国人学生食堂行ってみない?」って私を誘った。「学生食堂?いいけど、それ、どこにあるの?」
どうも、ヘヨンが学内探検をしてた時に見つけたらしい。興味も湧いて、早速、行ってみた。

中国人学生も大半は大学の敷地内の学生寮に住んでいるから(今は外に自分でアパート借りて住んでいる学生も増えているかもしれないけれど、私が中国に行った当時はたぶんほとんどの学生が学生寮に住んでいたと思われる)、学生食堂も中国人学生でごった返してる。
食堂も何ヶ所かあったみたいなんだけど、うちらが行ったところは、えーと、よく言えばビュッフェスタイル?(笑)
かっこよく言えばワンプレートランチ(実物を見たらそんなおしゃれな名前はつけられんけど)。銀のお皿にまずごはんを盛って、ボウルに入ってるおかずから好きなものを2〜3品選ぶ。おかずによって値段が決まってて、最後に会計。学生はチャージするカードみたいなのを持ってた気がするけど、うちらは現金で。はっきり覚えてないけど、やっぱり安かった。外で食べても贅沢しなきゃ5元とかで食べられたけど、学生食堂はおかずをこれだけから選べて5元とかで食べられたから、なんともお得感。
味は・・・そんなに絶品揃いってわけじゃないけど、この値段でこのボリュームで、だったら、十分かな。
昆明は辛いものが多かったから、辛いの苦手な私にとっては選択肢が少なく、さみしかったけど、おかずいろいろと選べるから、その中の1品をちょっと辛いもの混ぜてチャレンジしてみたり(結局唐辛子を取りながら食べて、時間もかかるし、意味なかったけど)。

ただ、最初に渡される銀のプレート。絶対、水が付いてるんだよね。中国行ったら生水飲まないように、って言われてたから、洗ったお皿をちゃんと拭いてから出してよ、とか思わんでもなかったけど、そこは文句言えないし(笑)。お腹壊すかも、なんてちょびっとビビってたけど、さすがにそこまでは無かった。

中国人学生と同じメニューを食べる貴重な機会だった。一人では行けなかったけど、ヘヨンと何度か足を運んだよ。思い出深いです。
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「【中国と私 その115(2003年)】雲南民族村は・・・  中国と私

だいぶ久々の更新になってしまいました・・・

今日は、昆明での短期留学時代に行ったテーマパーク雲南民族村のお話。昆明に行くと決めてから、雲南民族村は必ず行きたいと思っていた場所。少数民族の多い雲南省の、それぞれの少数民族ごとに中で分けられていて、そこにその民族独特の家や、小物が飾ってあったり、実際にその少数民族の人たちがいて、民族独特の服を着ていたり、音楽を奏でていたり、あとは決められた時間になるとステージでショーを行なったり。まさに少数民族を集めたテーマパーク!

私が行った日はあいにくの雨模様・・・(というか、昆明に行ったとき毎週末雨だったんだけど・・・)。
予定されていたステージのショーはすべて中止になるという・・・(-_-;)
お客さんも少なくて、活気のない会場内・・・(-_-;)
しかも私、一人で行ったもんだから、わいわいがやがやとする仲間もおらず、根本的に大失敗でした・・・。

でも、雰囲気はとってもよく、テーマの趣旨はすごくよかったと思う。
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▲チベット族の建物。中ではバター茶を飲むことができた。チベット族の青年と話をすることもできて、私の名前をチベット語で書いてもらったり、貴重な経験でした!

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▲納西(ナシ)族の建物。中では納西族独自の総計文字トンパ文字のグッズが売られていたり、納西族の楽器で演奏会が開かれていたり、なかなか賑やかでした。

他にももっともっとたくさんの少数民族のコーナーがあって、見ごたえは抜群!
晴れていればもっと楽しめたのになぁ!!!
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【中国と私 その114(2003年)】雲南民族博物館で事前学習  中国と私

昆明に行って、とても行きたかった場所。それが雲南民族村。中国でも少数民族がたくさん暮らしている雲南省。その少数民族の暮らしぶりや芸能なんかを一挙に集めて紹介するテーマパークがあって、どうしてもそこに行きたかった。
そして、その前に、事前学習(?)ということで、雲南民族博物館に行ってきた。
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平日の夕方に行ったんだっけな?とにかく、着いたら夕方で、しかも、意外と広くて焦った。。。あれ、前、雲南省博物館に行った時は、そんなに時間かからんでも見終わる規模だったのに(-_-;)
5時閉館かなんかで、着いたのが3時半か4時かそんなもんだったっけな。急いで中に入って、相変わらず暗い館内(ここも、笑)を、駆け足で展示を見て(おかげで内容はあんまり覚えてない、笑)、最後の方に売店・記念品売り場があったんだけど、もう早々と閉店準備中。ちょっとちょっと〜、まだ閉館まで30分あるじゃない〜汗。お客さんいなかったら早く閉める、これ中国の常識(笑)。

ま、そんなわけで、大した勉強にならない駆け足の見学でした・・・。
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【中国と私 その113(2003年)】日本語クラスに潜入調査!  中国と私

9月の新学期の始まりとともに、私の周りの留学生のクラスが始まっただけでなく、大学の中国人学生たちの新学期ももちろん始まった。

9月とは言え、まだまだ暑い日が続く。「春城」と呼ばれている昆明は一年中春のような気候で(何度も言うけど、でも実際に夏は暑かったんだけどね)教室にはクーラーなんてついてない。だから、窓を開け放して、あちこちの教室から、声が聞こえてくるんです♪
その中に、「あ、い、う、え、お!」と聞こえてくる教室があった。
日本語の授業!
・・・これこれ、私はこの教室を探していたのです♪
もともと師範大学を選んだのは、教師を目指す学生が多いから、もしそういう中国人学生と知り合えたら、きっと親切に中国語を教えてくれるに違いない。しかも、日本語を学ぶ学生だったら、好んで私と交流してくれるに違いないと、短期留学のくせに壮大な計画を立てていた私!

勝手に中国人学生が学ぶ校舎に潜入して、日本語を音読する教室を、耳を頼りに探していった。
お、発見!さすがに授業中に教室内に入っていくことはできなかったけれど、授業後、先生にたどたどしい中国語で話しかけました。
「先生、私は日本から来た短期留学生です。日本語に興味のある学生を紹介してほしいです。」
今思えば、なんて向う見ずな勇敢な行為だったんでしょう!(笑)

でも、先生はとてもいい人で、早速一人紹介してくれた。
結局長い付き合いにはならなかったので、名前は忘れちゃったけど、その時は、いろいろと話すことができたよ。
まだ日本語を学び始めて、やっと「あいうえお」っていう新学期の段階だったから、まったく日本語はできない子だったけどね・・・。

もっと長く交流が続けばよかったのにね・・・。
それだけが残念でした。
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【中国と私 その112(2003年)】まさか会えるとは!  中国と私

とある午後、太極拳の授業を終えて寮の戻ると、誰だったか忘れたけれど、日本人留学生の友達が「あー、ぴーちゃん!帰ってくるの待ってたんだよ!ぴーさんを訪ねてお客さん来てるよ!」と寮のロビーまで引っ張られた。
お客さん?はて、誰かしら・・・?

ロビーで私を待っていたのは、・・・あっ、サチさん!

サチさん、実は私と同じ大学の学生さん。私とは違う芸術学部の学生で、当時4年生だったか、院生だったか、とにかく先輩だったんだけど、中国語に興味があって、中国語の授業を聴講していて知り合った人。私が2年生の時の授業を聴講してたんだっけ?私が3年生になって聴講してた授業にサチさんも聴講してたんだっけ?・・・忘れたけど、違う学部の学生さんが聴講してるのは珍しくって、チョウ先生も嬉しかったみたいで、サチさんは結構可愛がられてた。
と言っても、そんなに優秀な生徒じゃなく、いつも「え?」って感じで理解できてなかったり、授業中寝てたり、実はかなり適当な聴講生だったんだけど、持ち前の明るさと愛嬌で、愛すべきキャラクターだったんだな。

なぜサチさんが昆明にいるのか。それは、その夏休みを利用して、サチさんは東南アジアへバックパック旅行に出かけた。で、夏休みの前に、私が昆明に行くと聞きつけて、東南アジアから陸路で雲南省に入国しようと決意。ついでに、私の短期留学している学校に会いに行こう、という、事前になんの予告もない、無謀な計画を立てていたそうな。

こんな行きあたりばったりな計画だったのに、無事私のもとまでたどり着いてくれて、なかなか嬉しいことだった!
サチさん、昆明には2〜3日くらい滞在したのかな。その間に、私について太極拳の授業一緒に行ったり、何かと楽しかったよ。
最後に記念撮影をしましょうよ、って言って、寮の看板の前で(場所がわかるように)太極拳のポーズをして撮った写真が忘れられない〜。
なんで毎日練習してる私より、1日体験しただけのサチさんのポーズの方がさまになってるの(##゚Д゚)笑

本当に、驚くような嬉しい経験だった!
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【中国と私 その111(2003年)】先生、突然の交代  中国と私

9月に入って、周りの長期留学生友達も、新学期が始まった。
そんな本格的な学問の秋、私の口語(会話)の担当の先生だったリン先生が、突然別の先生にかわりました。
8月の最終日だったかな、留学生事務所の事務の先生が、突然私の寮の部屋までメモを持ってきて「明日から先生がかわります。」とかなんとか・・・。え、なぜ?!
詳しい理由も知らされないまま、・・・というか、聞いてもわからんかったというのが本当かな(笑)、新しい先生は銭先生というちょっとおばちゃんな先生。
私はリン先生の優しい教え方が好きで、わからなくても我慢強くゆっくり繰り返し教えてくれてて、人柄もものすごく好きだったのに、この銭先生は私の理解度なんておかまいなしにドンドン進めていく感じ・・・。
「銭先生なんて、きっとお金にがめつい先生に違いない!」と、勝手に決め付けて(笑)、なかなか馴染めずにいた。

あ、補足しておくと、「銭」って苗字は中国では別に珍しい苗字でもなくて、この先生にも、少しすると慣れてきて、実際はそんなイヤな人ではなかったんだけど・・・。

ただ、リン先生、急にどこに行ってしまったんだろう・・・って感じで。
長期留学生の授業が始まったから、そっちの担当になったのかなって思って、長期留学生仲間に「リン先生って知ってる?」って聞いても、みんな知らないって言うし・・・。

携帯電話の番号は教えてもらっていたけれど、語学力に自信がなかったからかけられなくて・・・。
いったい、どこへ行ってしまわれたのでしょう???
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【中国と私 その110(2003年)】結婚式を(外から)見ました。  中国と私

昆明の街中を歩いていた時、なんだかド派手な車を見かけた。
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ん?なんだこの車は・・・と思って、キョロキョロすると、そこは結婚式場だった!
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喜糖(結婚式などお祝いの時に振舞われる飴など)を配っている女の子がいて、新郎新婦が続々と登場。合同結婚式らしい。

中に入ったわけじゃないから、披露宴の様子とかは分からなかったけれど、ウエディングドレス&タキシードの西洋風の式だったみたい。

車にお花でデコレーションをしているのは、その後何度か中国に行った中でもよく見かけて、結婚式のスタンダードになってるみたい( ・∀・)
これで街中を走ってるんだから、結婚式ってよくわかるし、きれいでステキだよね。
日本でも、こんなスタイルが浸透すればいいのにね

とにかく、おめでたい場面に出くわして、私まで幸せな気分♪
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【中国と私 その109(2003年)】雲南省博物館  中国と私

昆明での短期留学中、雲南省博物館に行ってきた。そこまで大型博物館ではないけれど、行く価値は・・・まぁ時間がある方は!(笑)

雲南省は中国国内でも少数民族の多い省。展示物の事細かな説明は忘れちゃったけど、少数民族関連の展示が多かった気がする。あとは、雲南省で昔出土したものとか。
少数民族の風習・お祭りなんかを紹介する小さなパネルみたいなのもあって、写真は撮り放題。日本だと、博物館って写真撮影禁止ってのがたぶん普通だと思うんだけど、中国の博物館って基本撮影自由な気がする(違ってたらゴメンナサイ)。
警備員(学芸員?)立ってるんだけど、目の前で写真撮影しても、全然ちらっともこっち見ないし。最初は、いいのかなぁ・・・って恐る恐るだったけど、次第に堂々と(笑)。

ただね、なんか館内が暗いの!展示物よく見えませんo(TヘTo)
・・・でも、中国でどこの博物館行っても微妙に暗くて見にくいから・・・これが中国のスタンダードかも。
(・・・違ってたらゴメンナサイ笑)
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【中国と私 その108(2003年)】初めて見る賃貸アパート  中国と私

学校の寮ではなく、外に自分でアパートを借りて住んでた日本人留学生のカナちゃん。
どんな家に住んでいるんだろうと、遊びに行くことになりました。

賃貸のアパートやマンションは、家族用の大きめの家や、貧乏学生用の狭いアパートなど、いろいろ種類はあるだろうけれど、カナちゃんが借りていたのは、単身用だけど、外国人が暮らしても問題なさそうな、割とよさげなお部屋だった。
まず、入ってビックリ!広っ!

一人なのに、なぜか2ベッドルームで(笑)。リビングも広々としてるし、単身用でこの広さ?家族で全然住めるじゃんか〜。
カナちゃんに聞いてみたら、一人用って言っても、日本のようなワンルームってないんだって(今は変わってるかもしれんけど)。しかも。家具家電付き!もちろん、契約によってはついてないこともあるだろうけれど、カナちゃんがいろいろと物件探した中ではほとんどついてたんだって。これは、永住しない予定の留学生にとっては嬉しいサービス(´▽`)

「ちょっとトイレを貸して」
とトイレに行った。
部屋の広さに比べると、なんとも貧相なトイレ(-_-;)
昆明は「春城」と呼ばれているように、一年中春のような陽気で(といっても一応四季はあるけど)、夏も暑くなりすぎず(いや、行った時は暑かったけどね?笑)、冬も寒くなりすぎず、また中国人は湯船につかる習慣がないから、シャワーだけなのはまぁいいとして、なぜシャワーの排水溝が便器の真上に(;゚Д゚)!???
トイレで流れるところ(一応水は流れるけど、ぼっとん便所風)と、シャワーを流すところが同じわけ。
えー、シャワーしにくいじゃん。。。
衝撃を受けつつ、びくびくしながら、トイレを済ませて、水を流そうと手元にある紐を引っ張ると・・・
シャワーが全開・・・
私、水浸しだよ。。。

今度こそちゃんとトイレを流し、出て行くと、なぜか濡れている私にカナちゃん大爆笑!

そんなこんなで、楽しい中国の賃貸アパート事情でした。
さすがに今は変わってるだろうけどね〜。
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【中国と私 その107(2003年)】カナちゃん  中国と私

9月の新学期ギリギリに昆明にやってきたカナちゃん。確か私の1コ上の子だったかな。三重県出身で愛知県の大学に通っていたカナちゃん。私の出身が愛知だから、とっても身近に感じた。
カナちゃんは、寮には住まず、外にアパートを借りて、一人で住んでいた。1コしか年違わないし、もともと実家暮らしなのに、すっごく独立思考の強いしっかりした子で、なんでも一人でサクサクこなしちゃう、性格もおおらかでとっても明るい子。

知り合ってすぐに仲良くなったんだけど、カナちゃんとヘヨンがもっと仲良くなっちゃって、実は私、ちょっとさみしい思いをしていた。何といっても、私は短期留学だったし、長期留学生同士、仲良くするのは、当然のことなのかもしれないんだけどね。そんな、ちょっとヘヨンを取られたような気がしてて、軽く凹んでた。。。

そんな私のことも気にしてくれてて、カナちゃんはいつも私に明るく優しく話しかけてくれて、とってもありがたかったよ(-^〇^-)
一緒に遊びに行ったり、ごはんに行ったり、たくさん話して、帰国後も何度かやりとりをしたけれど、・・・今は連絡取ってない。
元気かな?
私の持っていないものをいっぱい持っているカナちゃんだったから、もっともっとたくさん話をして、いっぱい刺激を受けて、長い付き合いをしていきたかったなぁ〜。
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【中国と私 その106(2003年)】圓通寺前の占いおっちゃん  中国と私

圓通寺自体はそんなに大きな思い出があるってわけじゃないんだけど、圓通寺前で出会ったおじさんは印象深く、忘れがたい。

圓通寺前はお線香やらお花やら、お参りに行く人に買ってもらおうと、各お店が必死で営業をしていた。そんなお寺の前はとっても賑わっていて、お参りに行く人や観光客以外の地元の人間もわんさか。
そんな圓通寺の門の前に、たくさんの占い師(?)が陣取っている。占い師と言っても、普通の服装のおじさんおばさんばかりで、かなり胡散臭い(笑)。

門から入ろうとするときも、「占い、どう?2元だよ!安いよ!」ってしきりに声をかけてくるおじさんおばさん方。胡散臭すぎて、無視して中に入っていった。

見学を終えて、出てくると、また「どう?2元!安いよ!」とつきまとってくる。も〜、うっとうしいなと思って、無視してバス停の方まで歩いていったら・・・あ、道間違えちゃった(笑)。というわけで、同じ道を逆戻り。また占い師のおっちゃんに見つかってしまった。
「おじょうちゃん、戻ってきたんだね!負けとくよ、1元でいいよ!」とか笑顔で言ってくる。
だから私も、拙い中国語で「私は日本から来た留学生だから、占いなんてして結果聞いても、中国語分からないし。」とお断りした。
おっちゃん「没問題、没問題!(ダイジョーブだよ!)」と。・・・なんの根拠があって?(笑)
あまりのしつこさに根負けして、「あぁ、もうわかったよ。1元ね!?」と占ってもらうことにした。
1元渡して、易?みたいな感じ?箸立てみたいな箱の中から、棒を1本取り出す。
そこに書いてあったのは「上上上」の3文字。
おっちゃん、笑顔で「ヘンハオ!(すごくいいよ!)」と親指を立てる

「何がどういいの?」と聞いてみると、「うん、前途洋々、あなたの顔立ちもいい!鼻が真ん中についてるし!」とホントいい加減で適当な解釈

でもおっちゃん、ニコニコと「ヘンハオ、ヘンハオ」を繰り返してるから、もういいやって、バイバイして今度こそ、正しい方向に歩いて家に帰ったのです。

なんだか、信憑性ない、適当な感じだったけれど、なぜか心がほっこりしてたんです。
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