2009年 1月 7日(水)大安
<過去の出来事>
・武内宿禰が大臣となる(大臣のはじまり)(133年)
・徳川慶喜の追討令下る(1868年)
・間島で朝鮮人暴動がおこる(1914年)
・アメリカの国務長官スティムソンが満州事変に関する
スティムソン・ドクトリンを発表(1932年)
・1000円札が発行される(1950年)
・カサブランカ会議で、アフリカ憲章採択(1961年)
・昭和天皇崩御(1989年)
<記念日>
●人日(じんじつ)
江戸時代に定められた五節句の一つ。
旧暦正月7日のことで、現行暦でも1月7日があてられる。
中国で正月1日を鶏、2日を狗(いぬ)、3日を猪、
4日を羊、5日を牛、6日を馬、そして7日が人と、
それぞれの日とする風習が伝わったもの。
江戸時代には幕府の公式行事であり、七草粥を食べて祝ったという。
●七草
中国で人日の日に、七種類の野菜の羹(あつもの)を食べ、
無病を祈る風習が日本に伝わったもの。
春の七草を6日の夜から7日の早朝にかけて、
まな板の上で包丁でたたき刻んだものを炊き込んだ粥を食べる。
<今日の雑学>
門松に浴衣?
12月13日ころに山から採ってきた松を、
元日から7日、または小正月(15日ころ)まで門口に立てる門松は、
お松様とか門木(かどき)とも呼ばれる。
年神様を迎えるための依代(よりしろ)として立てられる門松だが、
もともとは松と竹に限ったものではなく、
楢、椿、栃、杉、水木、朴(ほほ)なども用いられた。
一説によると、天皇の行幸などの時にきたない家や
道端のものを隠すためのものだったともいう。
現在のように竹の束を立てるものは、
徳川家康が三方が原の合戦に負けて浜松城に立てこもった時の正月に、
弾丸よけの意味もあって作ったものといわれる。
これが江戸時代に武家屋敷に広まったが、
江戸時代には珍しい門松がいろいろとあったらしく、
塩鯛や浴衣を飾ったという記録も残っている。
<松下幸之助一日一話>
熱意は磁石
いかに才能があっても、知識があっても、
熱意の乏しい人は画ける餅に等しいのです。
反対に、少々知識が乏しく、才能に乏しい点があっても、
一生懸命というか、強い熱意があれば、
そこから次つぎとものが生まれてきます。
その人自身が生まなくても、その姿を見て思わぬ援助、
目に見えない加勢というものが自然に生まれてきます。
それが才能の乏しさを補い、知識の乏しさを補って、
その人をして仕事を進行せしめる、全うさせる、
ということになるわけです。
あたかも磁石が周囲の鉄粉を引きつけるように、
熱心さは周囲の人を引きつけ、
周囲の情勢も大きく動かしていくと思うのです。
お世話になったサイト
「
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