今日は娘の文化祭だ。
残念ながら雨が降っている。あいにくの天気の中、学校に向かう娘を送り出すのはちと心苦しい。
文化祭なんて、自分の時代のことだと思っていたけれど・・・娘もそんな歳になったんだなぁ、なんてしみじみ・・・
そんな文化祭の思い出話を少々
人にとってはセピア色の昔話、僕にとってはついこの間のカラ―色。しかしもう25年以上前になるんだな〜。
出会ったのは中1の隣のクラスだった。当時からお互いに意識はしていたかもしれないが、八方美人の僕は彼女には理解されていなかったと思う。
中学2年のクラス替、初めて同じクラスになった。席はいつも後ろ前で、お互いに意識しあってるいるのが自分でもわかる。なぜか勇気がなくて何もいえない・・・そんな彼女を好きな男子はたくさんいて、いつも告られて困った顔をしていた。
しかし彼女とは3年で、また別のクラスになる。時には話す機会があって、高校進学はどこにするなんて聞いて、密かに同じ学校を受けようかと画策していた。そんな夏休み、予備校の進学コ−スでも同じクラスになることが出来た。頭の中は彼女のことばかり、授業もさっぱり身に入らず希望校進学率は10%を切っていた。気ばかりだけが焦る。これでは同じ高校には入れない。
でも夏休みに彼女といる時間が急速に増えたと同時に想いもどんどん募る。授業でも一緒、予備校までのバスの生き帰りも一緒。予備校から帰ってきてからも、自転車で彼女の家に行き、2階の窓から手を振ってくれる彼女が無茶苦茶好きだった。
初恋だった。
そんな夏休みも終わり、とある彼女の噂話を耳にする。それは彼女が名古屋に転校するというものである。もともと彼女は名古屋出身で小4の時に、父親の関係で仙台に来ていた。当然、3月に父親と名古屋に帰る予定だったらしいが、秋には受験のために帰ってしまうものだった。
それは、文化祭の終了する最後の日に、仙台空港から旅立つ・・・
あまりにも残酷な仕打ち、こんなことがあるのか・・・しかし来る日は来るのだ。なんとかしなければ、そうだ!告白しよう。勇気を出していえば、転校する事を、やめてくれるかも知れない。中学生の頭の中には、今と同じようなのん気な考えがあったのです。
そして、文化祭の初日 告白作戦決行!
秋の薄日のさす夕暮れ時、そんな二人が教室にいる。
「転校するんだって?」
「うん」「明日飛行機で名古屋に行くの・・・」
「さみしくなるね?」
「・・・」
「ずっと、好きだったよ・・・」
「あたし、ずっと嫌われてると思ってた・・・」
「いや、ずっと・・・すきだった。」「でも向こうに行っても頑張れよ。」
「手紙書くから読んでね。」
彼女はそういうと、大粒の涙を流してエンエン泣いた。僕と別れるのがいやだったのか?仙台をいや友達と別れるのが嫌だったのかは分からないが、静かな教室の中、彼女を抱き締めるわけもいかなく、ただただ彼女の泣いている姿を見つめるしかなかった。
そんな、僕も家に帰ってからオイオイ泣いた。泣いた時間なら僕の中では日本新記録だろう(しかしよく泣く男である。)
翌日、文化祭が何事もなかったように終わり、彼女は名古屋に旅立って行った。僕は彼女を見送りには行かなかった。なぜ?別れが辛くなるから・・・
その最後の日、彼女は1通の手紙をくれた。その中には向こうの住所がかいてあった。
それから、3年間ほぼ3日もあけず文通をしていた。彼女は何度も名古屋に来いといってくれていたけれどもバイトが忙しくいくことはできなかった。というより遠くにいる彼女より近くにいる友達。夜遊びを覚えて夜な夜な遊び歩く俺の噂が向こうに届いたかどうか知れないが次第に手紙も滞りがちになり、少しづつ彼女との付き合いも終わりを遂げた。
今、彼女はどうしているんだろうか?でっぷりしたおばちゃんになっているんだろうか?それはそれでしらないほうがよさそうだ。思い出は綺麗なままでいて欲しい。
そんな、小さな恋の物語
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