2月25日 新月 に・・、伊勢詣でに行ってきました〜!!
伊勢から戻り、ようやく落ち着きました。
カメラは持って行ったのですが、撮るタイミングを逃し結局1枚も写せませんでした。
ですから掲載の写真は、すべてネットからの転載です。
沖縄からご一緒された方の、写真に期待します♪
さて2月24日は、ルーリン彗星が地球に最接近でした。
倍率20倍の双眼鏡も用意していたのに、観れませんでした〜
水蒸気を纏って飛来するルーリン彗星の影響か?
24日と25日は、あいにくの雨でした。
夫婦岩から望む日の出を楽しみにもしていたのですが・・残念!
そして・・、伊勢詣ですが・・・
古来、伊勢神宮に参拝する前、また、祭典に奉仕する前には、清き渚と称される二見浦で禊(沐浴)を行うのが慣わしでした。
それに代わるものとして、二見興玉神社で霊草無垢塩草でのお祓いを受けるのです。
現在、神宮式年遷宮のお木曳行事やお白石持ち行事への参加者は必ず浜参宮を行うようです。
これに使う幣は、夫婦岩の沖合七〇〇m先に鎮まり坐す猿田彦大神縁りの興玉神石(おきたましんせき)より採取された海草(アマモ)です。
その採取藻刈神事(もかりしんじ)は、 5月21日本殿での祭典の後、神職・巫女が榊・幟を立て注連縄を張り巡らした和船に乗り、興玉神石の付近を三周し、二拝二拍手一拝の後、御酒御饌を海中に捧げ、無垢塩草を手鎌で刈り取ります。
後、天日に干して、祓具・不浄祓守となります。
『無垢塩草』は諸々の罪穢れを祓うと言われており、古来より宮中・神宮、諸社にて広く使われております。
『無垢塩草』の使い方は、身に付けてまた浴場に入れ、不浄祓守とします。
そして〆縄に付け門口の不浄を祓い、また田畑の畦に立て害虫の災いを防ぐのに用います。
興玉神石は周囲1qほどの岩礁ですが、江戸時代の地震で水没し、現在はほとんど見ることが出来ないのです。(残念!)
伊勢神宮参拝にあたり、二見興玉神社にてご奉納演奏をさせていただきました。
早朝8時頃、社務所にご挨拶に伺いました。
千葉の八街から来たことを伝え、ご祭神『天(あめ)の八衢(やちまた)の猿田彦大神様とのご縁を話しました。
雑誌アネモネの夏至の記事では、再三ご紹介もさせていただいていました。
『夏至の日』富士山から登る日の出の写真は、此処で譲っていただいた写真です。
遊花裸さんは1998年、二見興玉神社での夏至祭に参加していました。
前日から参集殿にて研修を受け、夏至には夫婦岩での禊ぎをしたそうです。
それらの話を宮司さんはたいそう喜ばれて、5分ほどのご奉納演奏だったはずが「心ゆくまで」と仰っても頂きました。
拝殿では夏至著が古代笛2本、遊花裸さんはクリスタルボウル3個。
巫女さんがクリスタルボウルに興味を示され、準備の最中質問攻♪
ご奉納演奏に先駆け、宮司・道彦(先達)さんの祝詞奏上。
そして、霊草無垢塩草でのお祓いを受けました。
拝殿にて同行の方全員が、このお祓いを受けることができました。
八足の上に載せさせていただいた古代笛、クリスタルボウルも♪
道彦さんが後ろへ回り、皆さんにお祓いをするのかと思いきや・・・
突然背中にバサバサと、霊草無垢塩草でのお祓いにドキッとしました。
不思議な感触が背中から伝わり、清々しい気分になりました。
ご奉納演奏は10分ほどでしたが、気がつくと奥から宮司さんも参加され巫女さん道彦さんにもたいそう喜んでいただけました。
その後みんなで境内摂社をご参拝し、いよいよ伊勢詣です。
二見興玉神社
http://www.amigo2.ne.jp/~oki-tama/
* 記 *
二見興玉神社は1910年(明治43年)、猿田彦大神を祀る興玉社(おきたましゃ)と宇迦御魂大神を祀る三宮神社(さんぐうじんじゃ)を合祀したもので、その際に現社名に改称した。
興玉社の歴史は、夫婦岩に注連縄を張り、興玉神石の遙拝所を設けたのに始まるという。
天平年間(729年 - 748年)、僧行基が興玉神の本地垂迹として江寺(えでら)を創建し、境内に興玉社を建てて鎮守社とした。
後に現在の二見浦へと遷座した。
三宮神社は、元は現社境内の天の岩屋の中に祀られていたが、文禄年間に岩屋の外に移された。
1910年(明治43年)に興玉社本殿に合祀された。
古い参詣記には三狐(さんぐ)神社などとも記される。
1945年(昭和20年)に栄野神社を合祀した。
http://www.netsurf-kobe.co.jp/futami/yuisho.html

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