だいたい 人の自慢話ほど つまらんものはない(笑)
何か面白そうな話だと思って聞いていて、
途中からそれが 自慢話だと気づいた途端、
どうでもよくなったりするのは 私だけだろうか。
自慢話が終わると 感情のこもっていない
「へー」
しか 相手に言えぬ自分が
なんと心の狭い人間か、と思ってみたり
なんと正直なことかとおかしかったりする。
まあ、
そんなことを踏まえたうえで あえて 私の自慢の宝物の話をしたい。
興味の無い方は ここまで読めばいいと思う。ははは。
これは私のパソコンの部屋である。
自慢したいのは この椅子にかかっている膝かけ。
これは 音江の御近所の愛子さんのお手製。
昨年秋に わざわざ愛子さんが私のために編んでくれて、
送られてきたものだ。
愛子さんは だいぶん先輩である。私の母より 大分 先輩でもある。
以前
「お宅の前のこの坂道を下りてくるのはいいけれど
帰るのが大変なのよ」
と言っていた。
あれから 何年たったかなあ。
私がカナダなんかに来て
会うこともなかったのに
こうやって 作ってくれて 本当に嬉しかった。
だいたい、
親戚でも 私のお婆ちゃんでもないのに
ご近所と言っても 隣近所と言うほど近いわけでもないのに
実際、
なんで こんなにしてくれるんかな、
と 不思議でたまらない。
人は 人に何かする時、
下心というものが存在する場合がある。
いや、下心ナシに、人に何かする方が難しいのかも。
こんな遠くに住んでいて
愛子さんになにもお返し出来ないし、
いつ音江に帰って訪ねることができるのかもわからないのに
作ってくれたのだ。
どんなブランド物の服や鞄を持つより 自慢だ。
最近は 自分の居場所の無い若い人が多い。
自分の存在を認められたく、
自分が自分というものを感じたい人が多い。
カナダにも
自分の居場所を探して、自分を認めてくれる人を求めて
日本を飛び出してくる若者がいる。
でも結局 何もつかめず、孤独のまま帰る子ばかりを見る。
愛子さんの膝かけを見た時、
カナダに居ても 音江で自分をかけ値なしで思ってくれる人が
あるのだと実感し、
とても幸せに思った。
カナダにも 私の居場所はあるし、
音江にもちゃんと 私の存在はあるのだなとありがたかった。
送られてきた膝かけも
作ってくれた愛子さんも 私の自慢だ。

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