来年の2007年に、還暦の同窓会を開きます。全員集合!
同窓生用にはデープな掲示板が有ることを改めてお知らせいたします。過去の案内はがきやメール等でゲットしてください。
長らくの冬眠(冷凍・真空パック)で、失礼しました。いよいよ還暦も近づき、敬老の日が嬉しくての覚醒では無い。それが・・・
ラッキーの岩越組長から「松崎から電話でナ、・・・」って
岩越が嬉しそうだった。私も喜んだヨ。松崎○○からの連絡だったのだ。彼は音信不通だったが、犯罪がらみではない。
松崎君の店「ミラクル」が閉まり、転居先不明で行方も不明。
風聞に加えて、思い当たることが有るので トレースを止めていた。が、その松崎からの電話が有ったのだ。「退院できそうだから・・・マージャンしに・・・」 このッ アル中野郎が、心配させやがって! なにが、マージャンだ。おそらくラッキー岩越(気配りのすごさは、本人の凄みより素晴らしい=余計なこと)は、松崎が餌付けして、カモメが飛ぶようになった八代城跡の散歩に切り替えるだろう、セカンドネームにカモメのおじさんを持つ松崎の為。パンくずの携帯も宜しく。
37会の同窓会は、そもそも、頼藤ツタ子(当時=太田郷幼稚園:園長)と会計の鋤田(スキタと読む)の発起であり、頑張って頂いた各組の本当の取りまとめ役さん達の裏方にご意見番役の彼等がいた。彼等とは、岩越と松崎。ところで、松崎をしんや君とか三次とか呼んでいたのは電話が来る時間に由来する。即ち、AM03:00だ。松崎深夜の午前3時=定番時間。
その時間に、彼が熱く語り始めるから〜 まともに聞くと、その後が眠れなくなる。当然 聞き流していると、「どぎゃん思うな?」まともに聞いていないのがバレる。根が真面目な故に、真っ向勝負をしてくる松崎。その彼が夕方電話をして来たっバイ。で、聞き流さずに 電話では本音で積極的な話をして頂戴。今度は松崎夕方ですケン。37会の同窓会をやってこられたのはスタッフの幅の広さです。
団塊の世代の人数に競争力、協調性、独創性など。素晴らしい時に生まれ育った37会。
来年、又=会いましょう。顔を会わせ語り合いましょう。また。

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