一年半ぶりのLiveが終わってもうすぐ一か月。
Live終了後、沢山の方がメールを下さいました。
お一人ずつ返信すべき所なのですが、既にメールをいただいてから時間も経ってしまっているので、このblogでお礼を申し上げます。
ご来場、ご声援、本当にありがとうございました。
振り返ってみると、自分自身ブランクを感じないLiveだったし、
「ブランクを感じさせないLiveだったよ」
とも言ってもらえた。
だが、正直その辺りはそこまで重視していた訳ではない。
それよりも、自分自身がLiveを楽しめて、サポートメンバーも楽しかったと言ってくれて、何よりLiveを観てくれている人が皆ニコニコしていたのが嬉しかった。
Live終了後、既に何度も録音を聞き直しているのだが、
『楽しかったなぁ』
と、思い返しては余韻に浸ってばかりで、ニヤニヤしていたら友人に気持ち悪い奴だと突っ込まれてしまった。
それでは反省にならないので、ひたすら再生を繰り返し、何度も何度も聞き返して、4〜5日経ち、ようやく第三者的な立場で聞けるようになってくると、やはり反省点は次から次へと出てくる。
Live中にも感じていた事ではあるが、やはり演奏自体のクオリティはかなり低く、グダグダになってしまっていた。
ソロの難点は、サポートメンバーが一定ではないので、バンド全体の統率を取るのが非常に難しいという所。
こういった局面でこそ、ソロアーティストとしての手腕が試されるはずなのだが、いつもいつもサポートメンバーに頼りっぱなしで、せっかく手伝ってくれたメンバーに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
さて、ではその問題点を今後どのように打破すれば良いのか。
ふとつ明確なのは、俺の音楽に関する知識の無さ。
この問題を無視する事は出来ない。
度々、日記にも“敢えて勉強はしたくない”という旨の事を書いてきた。
それは俺の作る曲のコードにある特徴があるから。
やたらとオンコードが多用されているという点と、曲の途中でどんどん転調を繰り返していく点。
サポートメンバーいわく、珍しいコード展開をしていくらしい。
まあ、当の本人はその事を理解出来ていないのだが、理解していないなりにそれが自分の特徴だと認識している。
そういった特徴が、理論を勉強する事によって失われてしまうのではないか、と不安なのだ。
現に、数は少ないものの、ギターを使って作曲した作品等は、それ以外の手法で作成した楽曲に比べてとてもシンプルになる。
上記のような特徴も途端に失われている。
それならば、無理に理論を理解しなくとも、頭の中で出したい音が鳴っているのであれば、それを再現出来る事の方が重要だと感じた訳だ。
だが、実際にスタジオに入り、サポートメンバーと音合わせをしていると、自分の頭の中で鳴っている音を上手く伝えられず、そこで作業がストップしてしまい、無駄に時間を消費してしまう事が多い。
特に、難しい事をやろうとした時に、それをどのように言葉で表現すれば、サポートメンバーに理解してもらえるのかが分からず、まごまごしてしまう。
いつもサポートしてくれているメンバーにその事を相談すると、メンバーは、
「難しい事をやりたい時には、
何故難しくしなければならないのか、
どのように難しくしなければいけないのか、
それによってどのような効果があるのか、
仕組みを理解していないと出来ない」
というような事を言った。
また別のメンバーは、
「勉強をし始めると確かに一度理論に縛られる時期もあるが、
きちんと理解出来るようになると逆に理論を操れるようになる」
と教えてくれた。
ちなみにその人は、そうなれるようになるまで3〜4年かかった、とも言っていたが。
理論を理解している人は必ずと言って良いほど、最後にこう付け加える。
“理論とはあくまで後付けで生まれたもの”
と。
これからコンスタントに活動を続けたいと考えるのであれば、避けて通れない道。
“音楽≠哲学”
という意識が、自分の中で少しずつ変化し始めている今日この頃である。


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