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mottie solo works'15


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2015/1/14

1/14 「結果」じゃなくて「捉え方」  DIARY

昨年の夏頃から、ずっと取り組んできたことがあるのだが、今日ようやくその結果が出た。
その結果についてはここでは語らないが、昨日、いつも通っている飲み屋に行った際に、同じく常連さんと話していた内容が感慨深かく、「結果」というものの価値とか概念に繋がっているような気がして、文章に残したくなった。


私の隣に座っていた女性のお客さん。
その方とはよく飲み屋でご一緒させていただくことがあり、俯瞰的な意見をお話しされることが多く、いつもいろんなことを気づかされる。
昨日話したのは、

「今起きたことへの良し悪しの判断が本当に正しかったかは、未来に至ってから今を振り返った時にようやく判断ができる」

という内容だった。
過去、その時には落ち込んだり苦しんだりして、嫌な思い出になってしまったことが、実は今の自身や、今の成功を形成する為の基盤になっていると思えることが、皆さんにはないだろうか?

私の特技はマイナスをプラスに変換できるところ。
「○○しなければ××になってしまう」ということを、「○○すれば△△にできる」と脳内変換するのが得意だ。
それはつまるところ「お気楽野郎」ということなのだが(笑)。
でも、それも思い返せば、若い頃にトラウマになってしまった程の辛い思い出が、今の自身の知恵や教訓に繋がったような気がする。

そしてそれは、逆もまた然り。
出た結果に対して、今の自分が「良かった」と感じていたとしても、長い人生で見ればそれは必ずしも良かったとは言えないかもしれない。

だが、今だけを見ずに、将来を見据えて行動すべきだと言いたい訳ではない。

学生の頃、親に「勉強しなさい。必ず将来の役に立つから」と、何度言われても、その当時の自分には意味のないことにしか思えなかった。
それが正しい判断だと思っていた。
だが、勉強をおろそかにしてきたことは、今回長期に渡り取り組んできたことに対し非常に悪影響を及ぼした。
後悔をした時、昔の自分が頑なに拒否し続けてきたことが、すぅっと今の自分に入り込んできた。
今なら、親がどんな気持ちで「勉強しろ」と言ってくれていたのかが、まるであたりまえのことのように理解できる。

では、その当時の自分が、納得できなくても親の言うことを聞いていれば、今の自分は全てに満足できているのだろうか?
それはきっと違う。
今回取り組んでいたことに対しては「あの時、言われたことを聞いておいて良かった」と思えるかもしれない。
だが、同時に、自分の考えを殺して、他人のいいなりのような生き方しかできない自分に嫌気がさしていたかもしれない。

選ばなかった選択肢の結果は、誰にも分からない。
ただ、どの選択肢にも、良いことも悪いこともあって、結局は、

・今の自分が今の結果をどう捉えるか
・未来の自分が過去の結果をどう捉えるか

は、考え方次第でどうとでも思えるし、だからこそ「どう捉えるか」が、極めて重要なのだと思う。



大切なのは「結果」ではなく、その結果を捉える「心」なのだと思った。


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2015/1/1

2015/1/1  DIARY

明けましておめでとうございます。
昨年は一度しかLiveができませんでしたが…。
今年はもう少し、皆さんとお会いできる機会ができると良いなと思いつつも、無理はせずにマイペースに頑張りたいと思っています。

今年も一年よろしくお願いいたします。

mottie
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2015/1/1

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2014/9/3

9/3 あたりまえがあたりまえでないこと  DIARY

子供の発想というのは実に面白い。



先日、スーパーに買い物に行った時の事。
レジで並んでいた時、自分のひとつ前にいた親子連れらしき客。
母親と思われる人物と、5歳くらいの男の子。
店員が言った、



「○○円お預かりします」



の一言に、子供が敏感に反応し、母親に尋ねた。



「どうして“お預かりします”なの?」



そのやりとりを後ろで聞いていて、最初『??』と思った。
母親と思しき人物も、店員も一様に『??』といった表情を浮かべていた。
その様子を察したのか、その子供が確かこんな風に続けて言った。



「だって、“お預かりします”って言ったら、後で戻ってくるみたいじゃん」




なるほど。
意味を理解した母親と店員が揃って苦笑いのような表情を浮かべていた。





皆さんはなぜ会計時「お預かりします」と言うのか、その意味をご存じだろうか?
正直なところ、自分はこの歳になるまで知らなかったし、考えた事すらなかった。
お金を支払われた店員が「お預かりします」と返すのはあたりまえのこと。
あたりまえだからあたりまえだと思っていたが、それが何故なのかは知らなかった。
だが、自分の目の前にいる子供にとっては、それはあたりまえでも何でもなくて、摩訶不思議な光景に映ったに違いない。






子供の頃や、青少年時代の多感な時期は、誰もが何でもないようなことに疑問を抱いたり、答えを探そうとしたりするものだと思う。
例えば、『何の為に生まれてきたんだろう?』とか『人を愛するってどういうことだろう?』とか。
大人になった今の自分には、その答えが分かっているように思ってはいるが、「じゃあ何?」と聞かれると言葉では非常に表現し辛く、かつ、それがただ言葉で表現しにくいからなのか、本当はきちんと理解できていないからなのか自分でもよく分からない。





あたりまえだからあたりまえと思ってたけど、本当はあたりまえがあたりまえでないことは、大人になった今でも、すごく沢山あるのかもしれないな。





そんな風に思った。
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