とある都内の教会学校で

毎週日曜日、子どもたちと共に祈ったり遊んだりお話したりしています。

このサイトは、私が子どもたちに礼拝の時間にお話したもの、

これから話す予定のもの、そんなものを載せた、倉庫とネタ作成工場です。

ご覧になる方は少ないと思いますが、

電脳世界でどこからか偶然流れて来てくださった方、

あるいは同じように教会学校奉仕者の方が、

ちょこっと関心を寄せて立ち止まってくださったら嬉しいです。

2011/7/3

バベルの塔(創世記11章1−9節)  旧約聖書

今回はお話が長文なので先に聖書抜粋を載せます。
お話は『続きを読む』から。


1.世界中は同じ言葉を使って、同じように話していた。
2.東の方から移動してきた人々は、シンアルの地に平野を見つけ、そこに住みついた。
3. 彼らは、「煉瓦を作り、それをよ焼こう」と話し合った。石の代わりにれんがを、しっくりの代わりにアスファルトを用いた。
4.彼らは、「さぁ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして全地に散らされることのないようにしよう」と言った。
5.主は降って来て、人の子らが建てた、塔のあるこの町を見て、
6.言われた。
「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているからこのようなことをし始めたのだ。これでは、彼らが何を企てても、妨げることはできない。
7.我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう。」
8.主は彼らをそこから全地に散らされたので、彼らはこの町の建設をやめた。
9.こういうわけで、この町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を混乱(バラル)させ、また、主がそこから彼らを全地に散らされたからである。
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2011/7/3

ここへ連れてきたのは神です(創世記45:1〜8)  旧約聖書

みなさんは、自分の今、生きている場所に満足していますか?

「この家に生まれてよかった」とか「この国―日本に住めてよかった」とか思っているでしょうか。
どうかな、あまり考えたこともないかな?
おそらく多くのみなさんは、お父様とお母様のいらっしゃるおうちに生まれてよかった〜って思っているでしょうし、また考えた事もないという人も、いやだ〜って思っていないのであれば、きっと今の場所が居心地が良いのではないかなって思います。

「わしは、こんなところ、きとうなかった!」

って言うのは、子ども店長でおなじみの加藤清史郎くんでしたね。
大河ドラマ「天地人」での有名な台詞です。
そのように人は生きていると、時として、こんな処に来たくなかったとかこんな場所にいたくないって思う時があると思います。 
そんな時にも「でもやっぱりココに来て良かった」って最後に思えるかどうかー 
今日はそんなことをお話したいと思います。



その昔、イスラエルにヨセフという人がいました。
この人は11人の兄弟がいました。
ヨセフは小さい時からとても賢くてなかなか優秀な子どもでしたが、ちょっと生意気でもありました。
お兄さん達を相手に「おもしろい夢を見たよ」と言うのでお兄さん達が「どんな夢だい?」と聞くと「あのね、畑でお兄さん達と一緒に麦を束ねていたら、僕の束がすっくと立ち上がったんだ。すると兄さん達の束が、まわりを囲んで僕の束にひれ伏したんだよ」な〜んて言いました。
お兄さん達はちょっとむっとして
「それっておまえがおれたちの王様になるってことか?」と聞くと、ヨセフは
「ピンポーン! 正解!」なんて答えました。
あるいはまたお父さんやお母さんのいるところでも「すごい夢を見たよ」って言い出しました。
「どんな夢だい?」って訊くと「あのね、太陽と月と11の星が、僕の前でひれ伏してるんだ」って答えました。
「太陽と月と11個の星って…つまり、それってお父さんとお母さんと11人の兄弟たちがお前に従うっていうことかな」って訊くと「そうみたい」ってまたケロッと答えました。

そんな風に言われたら、お兄さん達は、ヨセフを「生意気な奴だ!」って当然思いますよね〜。
もちろんお父さんのヤコブも叱りました。でもお父さんは心の中で(こいつは大物かもしれないぞ)と密かに期待していました。
なので、お父さんのヨセフに対する態度は他の兄弟に対する物とは違いました。
お兄さん達はヨセフばっかり愛されてる、贔屓されてるって、不満に思っていました。
「今にみてろ〜」「ただじゃすまないぞ〜」と思っていると、ある時ヨセフをやっつけるチャンスがやってきました。



お兄さん達が荒れ野で羊の群れの面倒をみている所へ、ヨセフがお父さんのお使いでたったひとりでやってきました。
「おい、向こうから例の夢見るお方がやってくるぞ。ぶっころしてやれ!」
お兄さんのひとりが言いました。
「穴に突き落すだけで良いよ」 別のお兄さんが言いました。
「売っちまおう!」 また別のお兄さんが言いました。
お兄さん達の考えはそれぞれ違っていましたが、結局ヨセフは服を奪われ穴に突き落され、そこに通りかかった商人に拾われてエジプトに売り飛ばされてしまいました。
お兄さん達は奪い取ったヨセフの服に山羊の血をつけてお父さんのもとへ持って帰りました。
お父さんのヤコブは
「あぁ、ヨセフは野獣に襲われたんだ」
最愛の息子が死んだのだと思っていつまでも嘆き続けていました。

さてその後ヨセフはエジプト王の宮廷につかえる侍従長に売られていきました。
仕事をさせてみると、ヨセフは本当に賢い。それになかなかのイケメンだったので、ただの奴隷にしておくのはもったいない、と思われました。
難しい仕事をまかせてもよい働きをするので、侍従長の信頼はますます強くなり、家の管理を任され、財産の管理を任され、ついにはなにもかもいっさいの管理がヨセフに任されるようになりました。もちろんそれは神様がいつもヨセフと共におられたから、このように上手くいったのだ―と聖書にはちゃんと書いてありますね。

さてさて―イケメンで仕事もできるヨセフ。侍従長からの信頼も厚い。そんなヨセフを、侍従長の奥さんが好きになってしまいました。
奥さんはヨセフと必要以上に仲良くなりたがりましたが、侍従長の奥さんなのでもちろんヨセフはあまり相手にしません。家や財産の管理は任されたけど奥さんまでは任されていませんからね。
そうすると奥さんは怒って「ヨセフが乱暴をした〜」と嘘をついて罠に陥れ、ヨセフは牢屋に入れられてしまいました。
まったくひどい濡れ衣で、この時は神様はどうしたんだ、そばにいてくださらなかったのかと皆さんも思うかもしれません。 
でも話はまだ続きますので、聞いててくださいね。

神様はちゃんとヨセフと共におられました。
なので、ヨセフは牢屋に入れられていても優れた能力を発揮してたちまち牢名主のような立場を手に入れる事ができました。牢名主というのは牢の中の囚人をまとめる立場の人なのでいろいろと待遇が良いんですね。囚人だけど比較的自由に暮らせるんです。

それである時同じ牢に入れられた給仕役と料理役が奇妙な夢を見たと言うので、ヨセフは「夢判断ならまかせてくれ」といって、ふたりの見た夢の意味を解き明かし未来を予測しました。
それは給仕役は牢屋から出され、料理役は死刑となる、というもので、みごとに的中。
ヨセフが解き明かした通りになりました。

それから二年後、エジプト王も不思議な夢を見ました。
「よく肥えた、美しい7頭の牝牛が川から上がって来て草を食べていると、そのあとから今度は痩せ細った醜い7頭の牝牛が川からあがってきて良く肥えた7頭を襲い、食いつくしてしまう…」
という夢と、それからもうひとつ、
「よく実った7つの穂が一本の茎から出てきて、そのあとから今度は実のはいっていない7つの穂が生え出し、実の入っている穂をのみこんでしまう」というどこか似た夢でした。

王様はこの夢になにか重大な意味があるような気がしますが、でもどんな意味なのかが分かりません。すると2年前ヨセフに夢の解き明かしをしてもらった給仕役が進み出て、ヨセフの夢判断がよくあたることを王様に申し出ました。
ヨセフはさっそく牢獄から引き出され、王様の夢の意味を解きます。
「それは、ふたつとも同じ意味の夢で神様がこれからなさろうとしていることを、王様にお告げになったのです。つまりこれから7年間大豊作が続き、7年間大凶作が続きます。だから豊作の間にしっかり食料を蓄えれば、その後、凶作が続いてもエジプトの国民が飢える事はありません」

そうしてヨセフは食料の管理を任され、またエジプトのまわりの国も飢饉で食べ物がないですから、そこへ有利な条件で食べ物を売って家畜や土地や金銀を買い集めるなど経済政策の指揮を任され、ついにはエジプト王の次にえらい宰相という地位にまでのぼりつめました。
すごい人生でしょう?

さて、このお話の面白いのはここからです。
エジプトはヨセフのお陰で凶作の年も食料の蓄えがあり、飢えることなく暮らしておりましたが、近隣諸国ではなおも植え続けておりました。
ヨセフの故郷のカナンでも同様に凶作見舞われており、ある時、ヨセフの兄弟達が食べ物を求めてエジプトにやってきました。
ヨセフはすぐにその一行が自分を殺そうとした兄達であると分かりましたが、お兄さん達は気が付きません。ヨセフはしばらくは、しらばっくれてたりしましたが、最後には「私はヨセフです。おとうさんは元気ですか」と打ち明かしました。
お兄さん達はびっくりしました。びっくりするだけでなく、非常にきまずい思いがしますよね。
ヨセフにこれからなんと責められるだろうか― もしかしてこれから仕返しに牢屋に入れられたり奴隷として売られてしまうかもしれない― きっとお兄さん達はどきどきしてヨセフの顔を見たと思います。

ですが、ヨセフの口から出て来たのはお兄さん達を恨む言葉ではありませんでした。

ヨセフの言った言葉は、創世記45章8節―

「私をここに遣わしたのはあなたたちではなく、神です」

ヨセフにはお兄さん達に言いたい事はたくさんあったと思います。
お兄さん達のせいでエジプトに売られて奴隷にされて、でもがんばって侍従長に認められたのに今度は濡れ衣を着せられて牢屋に入れられて…
お兄さん達に穴に落とされなかったら、お父さんの元で可愛がられて、平安に暮らしていられたでしょう。
でもなんだかんだと辛い事もたくさんありましたが、ヨセフが最後にたどりついた結論はお兄さん達への恨み事ではなく
「わたしをここへ遣わしたのは神です」
この一言に込められたのです。

これから皆さんも長い人生を歩んでいきますが、つらい経験や納得のできない出来事がたくさんあると思います。でもそのひとつひとつに神様は関わっていて下さいます。
そして必ず相応しい所に導いてくださいます。
それを信じて歩んでいきましょう。
お話を終わります。

では一言お祈りします。

愛する天の神様。
御名を賛美いたします。
私たちはこれから生きて行く上で、辛い事や嫌だと思うような出来事に出合うことがたくさんあると思います。ですが、いつも神様が傍にいてくださることを覚え、その辛い場所を居心地の良い場所に変えるように努力したり、我慢を覚えたり、あるいはまたそこから抜け出すように考えたり、努力をするその経験が自分を成長させてくれるのだと、そう信じられるように、どうか私たちの信仰を強めてください。
ピンチがチャンスとはよく言われる言葉ですが、神様のご配慮を活かせる人となれますようにどうぞお見守りください。
この一言の祈りを主イエスキリストの御名によって御前にお捧げいたします。アーメン。
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2011/7/3

祈りをもって  ごあいさつ

こんにちは。
管理人のよんよんと申します。
とある都内の教会学校で毎週日曜日、子どもたちと共に祈ったり遊んだりお話したりしています。
このサイトは、私が子どもたちに礼拝の時間にお話したもの、これから話す予定のもの、そんなものを載せた、倉庫とネタ作成工場です。
ご覧になる方は少ないと思いますが、電脳世界でどこからか偶然流れて来てくださった方、あるいは同じように教会学校奉仕者の方が、ちょこっと関心を寄せて立ち止まってくださったら嬉しいです。

ではでは以後よろしくお願い致します。
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