戦争を知らないこどもたちのこども世代のアタシですが、核兵器は殺傷兵器でしかなく、兵器は不要じゃなかろうか?と思う今日です。広島で90歳になっても「献水」をしているおばあちゃん、戦争はいけないという言葉が重かった。熊谷も星川に人が溢れたという話を聞いたことがある。目をそらしたくなるような目をそらしちゃいけないこと。今更、なぜアメリカが核兵器を使ったのか?を論議しても水かけ論の気がする。それよりも、未来のことを考えた方が建設的じゃなかろうか?と思う。どうして、世界中の人々が笑って平和に暮らせないのだろうか?と時々本気で思う。
広辞苑が欲しい。紙の。欲しいものリストを作ろうか?なんて思ったりするけれど、これで終わっちゃう気がしないでもない(笑)。日本に生まれた日本人ですし、もう「オトナ」なんですから、言葉を知らないとね。広辞苑といちゃいちゃしてみようかと思ったりしている。他に欲しいもの?と聞かれても、困っちゃう。もう少し考えて、ホントにリストを作ろうかと(笑)。いえ、冗談ですよ。そこまで強欲ではありませぬ(ホントか?)。あ、でも、あれよ、広辞苑は1冊あればいいわけで(笑)。
最近作るものが料理っぽくなってきたような気がする。練習である。修行にでたい。母の作る料理を当たり前に食べてきたけれど、そうしてそれなりに見てきた気がするし、論理は知っていたりするのだけれど(多少怪しいけれど)、いざ!となると尻込みしたりするのだ。いかん、いかん。これから食事を作らなくちゃならないっていうのにさ。困ったもんだ。最近母が何かにつけて料理本を買ってきてくれるのだけれど(今までもそれなりに結構蔵書としてはあるのに)、無言のプレッシャーであったりする。「おいしければいい」という、自分一人の味覚だけではいけなくなるこれから、さて、どこまで成長できるか、乞うご期待なのであるが、先人の知恵はすげぇ。
だから(無理やりだけど)、先人の言葉に耳を傾けてみることは大切なことだと思う今日なわけ。黙祷をそっと捧げ、平和を願うのであります。キレイ事かもしれないけれど、いいキレイ事だってあるんじゃないかな?

1