2018/7/13

ゴールド木更津CC  Favorites

7月10日学生時代の友人とゴールド木更津CCに行ってきました。今年は異常に早い梅雨明け宣言が出て、連日の猛暑が続く中でのプレーでしたが、皆さん老体に鞭打って頑張ってきましたよ。

趣味と言うのはいいですね。それまで殆ど会わなかった方とも一日ワイワイやりながら楽しめるんですからね。今回一緒にプレーしたO氏は、大学卒業後消防士になりその業務の関係もありなかなか会う機会がありませんでした。でも同期会などでゴルフを楽しんでいることを知り、秋波を送っていたことが功を奏して今回のゴルフに至った次第です。

彼は消防庁を60歳で定年退職し関連企業に再雇用され近々65歳で雇用契約が終了するそうです。その後も働くことを希望しているようですが、難しいようですね。そう言えば今回も一緒にプレーしたS根さんは、家業を生業にしている関係で、O氏とは逆に仕事を辞する決断が難しいようです。

今年始め頃でしたか、大手の仮想通貨取引所コインチェック社から仮想通貨が流出し大騒ぎになりましたが、謝罪会見に出てきた社長はなんと26歳!あまりに若くてびっくりしましたが、不動産や金融には若き経営者が多くいますよね。彼らは私のようになるべく大手の会社に勤めて、紆余曲折があっても平身低頭、定年まで勤めればその後は平和な老後である「晴耕雨読」が待っている・・・・を目指していませんね。私にはとても無理な相談ですが、少し羨ましくもあります。

私は今年65歳になりますが、まだまだ昼夜逆転する地球の裏側にも行ってみたいと思っていますので、より「平穏」な人生を選択したとはいえ「晴耕雨読」だけにはならないように心がけたいと思っていますよ(笑)

クリックすると元のサイズで表示します65歳になってゴルフを楽しめるなんて幸せですよね。ありがたいことです









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タグ: 家族  好きなこと

2018/7/5

香港返還から21年  My Life

今年の7月1日で香港返還から21年目を迎えました。私達家族が香港から帰国したのが1996年8月ですからもう22年になるんですね。まったくイヤになるほど早く、アッという間に時間が過ぎてしまっています。家族は丸5年、私は約6年香港に駐在しましたが、私は勿論、家族も香港に行ったことで人生が変わったと言っても過言ではないですね。

私の父はよく「人生には2度や3度必ずチャンスが巡ってくる。ただそれがチャンスだったかどうかは数年後、十数年後になって初めて分かる」と言っていましたね。「チャンスを捕まえるには不断の努力が必要」とも言っていました。少なくとも私の場合この言葉通りでしたよ。

いま振り返ると、私の人生で最も大きなチャンス、最も大きな転機は「香港転勤」でしたね。もともと海外志向が強かった私は、普段から英語の勉強だけは続けていました。学校卒業時入社した会社は電線メーカーでしたが、入社5年を過ぎたあたりでたまたま見た新聞の人材募集広告に応募し3次試験までされて合格した事務機・カメラ販売会社に入社したことが私のその後の人生を大きく変えることになりましたね。

少なくとも2回は受けなければならない昇格試験をほぼ最短で突破し、且つTOEIC試験も良くはありませんでしたが、悪くもない成績で転職5年後に親会社に「海外要員」として移籍することができました。その3年後に念願の海外勤務となったのが、香港だったのです。その時私は36歳、カミさんは29歳で、小4の娘と小1の息子同伴で香港に赴任しました。

香港の会社は総勢100人ほどで、そのうち日本人は10名ほどの小さな会社でしたが、アジアの本社でしたから大きな仕事を任され本当に充実した日々を送ることができました。もしも香港駐在が叶わなかったら平凡な会社人生で終わっていたかもしれませんね。

返還から21年、1国2制度が成功しているかは評価が分かれる部分だと思いますが、自由な風潮が維持されることを願ってやみません。
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タグ: 家族  好きなこと

2018/6/28

手作り鎧・兜:切付盛上げ札  甲冑制作

今年は、11月の展示会に合わせて早々と甲冑作りを始めましたが、どうも野暮用が多く思ったように進まないのですよ。このペースだと「来年五月の節句までに渾身の一作を作り上げる」目標が怪しくなりはしないかと少々心配になってきたのですよ。

勿論野暮用など作らなければいいのですが、野暮用は野暮用なりの楽しみもあるので、これまた外せない。展示会出品用と来年の節句用の両者を「渾身の一作」レベルで仕上げるのは難しいなぁと作り始めてまだ間もないのにもう方向転換を考えていますよ。軟弱ですな(^^)

そんな訳で展示会出品用は来年に持ち越して、急遽節句用の製作に取り掛かることにしました。節句用に考えているのは、灰汁まで当時のままを復元することを目指したいので、現代では入手が事実上不可能になった牛革の札ではなく、現代で作る甲冑では最も本歌に近いと言える、室町後期から主流となった鋼板で作る切付盛上げ札で製作することにしました。切付盛上げ札は五月人形や大量生産品でも採用されていますが、いずれもベースは鋼板ではなくプラスチック系材料をプレスして使用しているので本歌には程遠いシロモノなのも、作りがいがある理由のひとつですね。

クリックすると元のサイズで表示しますまずはシコロから作ります。いつもの0.27mm鋼板を切断しました。












クリックすると元のサイズで表示します室町後期から多用された切付盛上げ札は鋼板をこのようにギザギザにカットしコクソで盛り上げていきます。非常に難しい作業が続きますね







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2018/6/21

新たな命の誕生!  My Life

6月18日(月)新たな命が息子夫婦に元に誕生しました。元気な男子です。予定日は22日でしたが、夜中に破水したため病院に急行しその12時間後くらいに産声をあげたそうです。かなり大きな声を出して泣いたそうです。元気な証拠ですね。

ウチの家系は女子が多く、恐らく父方、母方共に何十年振りの男子ではないかと思います。結婚後の夫婦同姓と言う古くからの日本の歴史は近い将来終止符が打たれそうな気配ですが、でもやっぱりかなり珍しいウチの名を名乗る直系男子が出生したことは古い考えから抜けきれない私にとっては正直申し上げてとても喜ばしいことですね。

新たな命の誕生に際し、息子は嫁さんに寄り添って出産に立ち会ったそうですよ。私の時代にはまったく有り得ないことで、これも時代の流れなんでしょうね。私は今の時代の夫でなくて良かったかな、なんて少々不謹慎な思いが頭をよぎったことは内緒にしておきました。でも私のカミさんが出産した翌日に、お袋と妹がお寿司を持ってお見舞いに来てくれたとか、親父が毎日のように孫の顔を見に来ていたなんて、30数年前の出来事をはっきり覚えていることを知り、その記憶の無い私は、やっぱり出産という一大イベントに夫も参画することは意義のあることだとの思いを新たにした次第です。

今は、日本の歴史の中でも稀有な程平和な時代が続いています。世界の中では常にどこかで戦争をするほど好戦的な本能とも言うべきDNAを持つ人類が、この先戦争や悲惨な争いをしないと思う方が不自然かもしれませんね。お袋が私が30歳くらいの頃に「徴兵に取られない年齢になった」なんて時代錯誤なことを言って私を笑わせていましたが、でもこの子の時代にそうならないとも限らないと思うと・・・・この平和な時代が末永く続くことを祈って止みません。

クリックすると元のサイズで表示しますこの子の人生に幸多かれ!









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2018/6/12

大鎧の製作  甲冑制作

姪っ子の男子誕生を祝って大鎧の兜を製作しましたが、その後兜だけでなく鎧・兜の製作に勤しんでいます。できれば11月の作品展に応募したいと思っています。

鎧・兜というのは、戦場で使用する物なので基本的に後世まで無傷では残らないのですが、かつての武将たちは戦勝を祈願して神社・仏閣に鎧・兜を寄進したりしたんですね。そのお陰で平安期のころの甲冑も完品で現存していたりします。そしてそれらの多くは国宝に指定され大事に保管されています。

私は限りなく古の甲冑師が作ったように製作することを目標にしていますが、でも特に鎌倉・室町時代の甲冑を模して作ろうとすると、ほんのちょっとジレンマを感じることがあります。それは私もそうでしたが、甲冑は鉄で出来ていると信じて疑わなかったことからきています。

実は鎌倉・室町時代の甲冑は和紙や革で作った物のほうが鉄より多いくらいなんですよ。あれだけ大きな甲冑を全身鉄で作ったら動けませんよね。革や和紙で小札を作りそれを重ねて漆でガチガチに固めて防衛力を高め、且つ軽量化したものが主流でした。

ところが現代では「紙で作った甲冑」は「鉄で作った甲冑」より下に見られることがしばしばあり、製作の苦労がイマイチ反映されない傾向にありますよ。本歌に限りなく近づけて製作すればするほど、受け手の印象が下がるのが、辛いところですね。そんなジレンマを感じながらの製作を続けていますよ(^^)

クリックすると元のサイズで表示します和紙と革を混ぜた新素材で小札を作り、重ね合わせた上にコクソで成形しています。碁石頭伊予札を模しています。これも古の甲冑師の手法ですね












クリックすると元のサイズで表示します漆を塗って強度を上げています。小札が二枚重なった上に漆で補強することで、矢や太刀に対する抵抗力を上げています








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