2017/8/16

忘れ難きこと・・・その弐  Others

子供の頃夏になると母の実家がある新潟に連れて行ってもらった話は前回しましたが、少々大袈裟に言うと私の原点がここにあるんですよ(笑)

と言うのは・・・・お袋の兄上は新潟大学医学部をお袋曰く主席で卒業した秀才で、実家の二階には顕微鏡と沢山の顕微鏡標本があり、私はその多くの標本を見るのが好きで夢中で見ていましたね。この黄色く変色した標本が何であるかは分かりませんでしたが、医学部を卒業した叔父が採取したサンプルだということが、少年の私を医者への憧れを抱かせるに足る経験になりましたね。その後自分の実力を思い知るまで永く医学部を志望し、結局その夢が破れ普通のサラリーマンになりましたが、この経験は私の原点だったと言えますね。医者を志し理系と英語の勉強をコツコツ続けたのが後に大いに役に立ちましたからね。

それでも万一医者になっていたらどんな人生を歩んでいただろう、なんて未だに未練がましく時々考えることがありますよ。天下の名医になっていたか、町のお医者さんになっていたか(小津安二郎の東京物語の長男幸一ですね)は勿論分りませんが、運が良かったその後の私の人生を想うと、これが正解だったと言うことでしょうね。

そしてもう一つ・・・・・未だに淡水魚が好きなのも、新潟で従兄弟と行った魚釣りがその原点にあるなぁと思いますね。親父も、お袋や妹と私を連れてよく電車で1時間くらいの所にあった小川にタナゴやクチボソを四つ網持って連れて行ってくれましたが、新潟の記憶がタナゴやメダカを好きにさせているように思いますね。自宅に5つの大樽や水槽にメダカを飼って一人ニタニタしているのもこの時の経験が脳裏に潜在意識として刷り込まれているからなのでしょうね(^^)
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2017/8/10

忘れ難きこと  Others

8月5日お袋のお墓参りに新潟に行ってきました。お袋は生まれ故郷の新潟の、父母が眠る実家のお墓に埋葬するよう私に遺言していましたので、自宅近くの公園墓地と新潟に分骨したのです。それ以来17年毎年この時期に墓参していますが、17回は一つの区切りと考えても良いようにも思いますね。まぁ墓参と言いつつ従兄弟やその家族との近況などを話す機会が楽しくて続けれらたんですがね(^^)

新潟に向かう新幹線の中で新潟に帰ると思しき子供づれの家族を見て、子供の頃に青い車両を使った上越線に乗ってお袋と妹と3人で毎年夏になると新潟に帰省していたことを懐かしく思い出しましたね。私達の頃(昭和30年代)は座席指定なんてお金持ち(笑)しか取らず、一般庶民は自由席でしたよ。私達は大抵座席が取れず満員の通路に新聞紙を敷いて座っていましたね。座席の下に潜り込んだりしたこともありましたね。何しろ今の様に2時間で行ける所ではなく、大体6時間くらい掛かったと記憶しています。

6時間も掛けて行くんですから、1週間くらいでは帰らず多分2〜3週間くらい新潟のお袋の実家に滞在したと思いますね。その間従兄弟が何かと面倒を見てくれて、海水浴に行ったり釣りに連れて行ってくれたり、大好きなスイカや枝豆をお腹が破裂するほど食べさせてもらったり、本当に楽しい夏休みをすごしていましたね。お袋も両親に甘えてリラックスして帰省を楽しんでいたんでしょうね。亡くなるまで父親(私の祖父ですね)の写真をいつも大事に持っていましたからね。

そんなお袋の分骨は躊躇なく行いましたが、でも反対していた親父には最期まで内緒にしていたんですよ。いま頃怒っているかもしれませんね(^^)
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2017/8/3

大鎧の製作(4)  甲冑制作

相変わらずコツコツと大鎧を製作しています。シコロの胡粉塗りも終りましたので、今は胴や背中、草刷りなどに使う小札を作っています。

大鎧の主要部品である小札は、鎌倉、室町期では和紙や本革を使っていましたが、現在は本革が本職の甲冑師でも入手困難な状況で、本革で大鎧を作ると数千万円掛かるそうですよ。実は鎧は1領、2領と数えますが、これは領土の領であり昔からそのくらいの価値があったと言うことですね。

小札は、胴と背中が各500枚、草刷りも500枚、大袖が200枚、その他も入れて計2000枚強使用すると思います。これを型紙に合わせセッセと切断していきますが、これが大変な作業で一枚一枚カットしていると、まるで内職をしているかのようですよ・・・・

何気に「内職」なんて単語を使いましたが、これって今では死語ですかね。私が子供の頃はお袋がハムの包装フィルムのカットやカップアイスの糊付けなんかを夜遅くまでやっていましたが、貧しかったんですね、あの頃は。

クリックすると元のサイズで表示します型紙を作ってセッセとカッターで切断していきます。やり過ぎると親指が痛くなるので適当なところで休憩を入れながら作業しています








クリックすると元のサイズで表示します約2000枚の小札の山(^^)これを一枚一枚接着して、穴を約2000枚×4=8000個空けることになりますね。想像しただけで気が遠くなりそうですわ(^^)





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2017/7/27

新君津ベルグリーンCC  Favorites

7月26日(水)30数年のサラリーマン生活を送ったC社OBのメンバー3人といつもの新君津ベルグリーンCCに行ってきましたよ。このメンバーとは毎月ゴルフを楽しむ仲で、既に3年以上になりますね。好きですねぇ(^^)

そもそもこのメンバーは、事務機のトナー(黒い粉)開発経験者と、私同様品質部門経験者で、いずれもゴルフが好きだったので酒の席で意気投合しこうして長きに渡りお付き合いさせて頂いていますよ。私が毎月ゴルフをするのはこのメンバーと大学時代の友人S根さんですね。それに町会メンバーから2ヶ月に一回くらいお誘いが来るので、まずまず定年後のゴルフとしては充実していますね。親父に教わり始めたゴルフですが、仕事上の多忙やお袋の介護などで途中何度も中断しましたが、細々と続けていて良かったなぁとつくづく思いますね(^^)

さて余談はさて置き、今日は戻り梅雨?なのでしょうか、梅雨前線が関東地方に居座り、更に低気圧の影響で朝から風雨の激しい日になり、余程キャンセルしようかと悩んだほどに最悪のコンディションでした。特に午前中は傘が飛ばされそうになるほどの風雨でとてもゴルフどころじゃない状況。雨具を着込んでもビショビショになりながらなんとか52で纏め、午後はやや天候も落ち着き46の98のラウンドでしたよ。

まるで先週の全英オープンを思わせる天候の中、まぁ仕方ないかなと言った成績でしたね。

クリックすると元のサイズで表示します午後には天候もやや持ち直し、なんとかゴルフになりましたね








帰りに、予てより計画していた9月の1泊2日のお泊りゴルフのメンバーが確定したとの話があり、現役時代には思えなかった程「普通」の付き合いだった方々ですが、今とのギャップにひとり苦笑いをしてしまいましたよ(^^)

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2017/7/20

伊達政宗甲冑を作る  甲冑制作

現在大鎧と同時並行的に、町会の友人向けに伊達政宗甲冑を作っています。伊達政宗は生まれた時期と場所が若干戦国期のセンターから外れていた為に、その類稀なる才能と力を十分の発揮できませんでしたね。もし秀吉・家康と同世代で関東以南に生まれていたら時代が変わっていたかもしれんませんね。

町会の友人は東北出身で政宗が大好きとのことなので、今年のハロウィン用に着用可能な等身大伊達政宗甲冑を作り始めた訳です。何しろ昨年恐怖系のお面を被って登場したら、参加していた幼児がワンワン泣く泣く!ハロウィンどころではなくなってしまった上に、小学生が何と110番に電話しちゃうし(泣)これは作るしかないな、と(^^)

で、前回兜部分までご紹介しましたが、試しに被ってみると・・・・なんと小さい!良く考えると子供用の型紙で作っていたから小さいに決まってるわ。仕方ないので作り直しましたよ

クリックすると元のサイズで表示します鉢、シコロはボンテックスで、下弦の月は桐とボンテックス。筋はタコ糸です







背の高い人なので胴や背中はちょっと大変ですが、まぁまだ時間があるのでノンビリ作りますわ(^^)

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