何も気付いてない頃。10代後半。
入院したmarを見舞った母。
感謝していた。
反省していた。
こんな病気になった自分を責めていた。
脱走して治った振りを重ね
笑顔で毎月遊びに行った。
旅行に行けば奮発したお土産。
誕生日。クリスマス。お正月。
バレンタイン。ホワイトデー。
端午の節句にひな祭り。
自己満足なのは判ってる
その度に母は、弟と妹の前でmarを褒めた。
marは有頂天だった。
手作りのお煮しめ。
氷見鰤。富山の越前蟹。
お正月は
喜ぶ母の顔が眩しかった。
が、その時期に重なる叔母である姉との付き合い。
丁度、薬物依存の従兄弟である息子の相談をすると
それ位大した事ではない。
marは今だに酷い人間だ、だから大丈夫よ。
と・・・
弟と妹の前だけでは褒め、
他ではどうも全く別の事を言っている。
そしてその頃はどうやら
叔母も祖母も一緒に2度この宅へ
遊びに行ってるらしい。
行きたかったな。
会いたかっただろうな。
marは用事があって来れない。
二度ともそう言われたそうだ。
何だか空気が居辛いので
二度とも直ぐにおいとましたらしいのだが
やはりmarと親類を近づけたくなかったのは
事実だったのだろう。
皆で集まる事を毛嫌いするのは
バレるのが嫌だったのかもしれない。
「誰にも言ってはいけない」
この言葉は確かに多かった。
その中で暮らしたmarは
それがオカシイ事とも思わなかった。
育ての父との結婚も
母である祖母に内緒にしろと
姉である祖母にお願いをし、当然断る姉に母は
母(祖母)自分の幸せを望んでいないと怒ったそうだ。
そういや、marも聞いたっけ。
でもmarは祖母が好きだったから、
頭の中で聞かなかった。
祖母はお前を嫌ってる。
叔母もあんたとは付き合いたくない。
あんたなんてどこにも行く場所なんて無いのよ。
誰からも受け入れて貰える訳が無い。
母の言葉は、本当だと信じた。
それでもmarは祖母は好きだった。
実の父に会いたいと、母に相談したのは
中学生。もう、どこでもなんでも
すがるものが欲しかったのかもしれない。
もう、来ないで欲しいと言われ、
そんなものよね。
取りあえず、金でも貰おうか。
と3万円貰った。
傷つく事無く受け入れられたのは
母の言葉に間違いが無いと信じていたからだ。
叔母にmarとは付き合ったら酷い目に合うと言ったのも
marに昔から叔母は大嘘つき。
人を洗脳するから何も信じちゃ駄目よ。
母(祖母)もお姉ちゃんに洗脳されたと言ったのは
付き合いを完璧に遮断したのは
自分の嘘が見えてしまうからだったのか・・・
繋がってきたこの日。
2008年4月22日。誕生日の事だった。

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