江戸時代の
「恋ヶ窪」を描いた挿絵です。
この挿絵は、江戸後期に刊行(天保三年に初版を発行)された『江戸名所図会』に描かれている挿絵です。『江戸名所図会』とは、名前の示す通り、江戸(東京)の当時の主要観光スポット

を紹介する旅行ガイドブック

のような書物です。この江戸時代の旅行ガイドブックに
“恋ヶ窪”が紹介されています。
と・・・言うことは、江戸時代の恋ヶ窪周辺は、江戸名所図会(旅行ガイドブック)片手に、カップル

で散策していたのでしょうか?。
ひょっとしたら、
恋ヶ窪そば、
恋ヶ窪団子
なんか食べたりしてたかナ
江戸名所図会とは江戸時代後期に斎藤月岑が刊行した江戸の地誌のことです。7巻20冊から成ります。中でも長谷川雪旦の挿図も有名。神田の町名主であった斎藤長秋・莞斎・月岑の三代にわたって書き継がれたものです。長秋は京都の地誌である『都名所図会』に刺激を受けて、寛政年間に編纂を行いました。8冊本として刊行予定で、1798年に出版許可も得ていたものの、1799年、長秋は63歳で病死してしまう。後を継いだ婿養子の莞斎は、郊外分などの追補に努めて、長谷川雪旦に画を依頼しました。1818年に莞斎が死去、その刊行は月岑に託されました。前半1-3巻は1834年、残り4-7巻は1836年に刊行された(全7巻20冊)。日本橋から始まり、江戸の各町について由来や名所案内を記し、近郊の武蔵野、川崎、大宮、船橋などにも筆が及んでいるそうです。