あのひとは、私のあこがれ。
強く賢く優しいひと。
会ったことはない。
つながっているのは、手紙とメールとインターネットでだけ。
でも、ともだち。
いつか必ず会いたいともだち。
会いたい気持ちはきっといつかかなう。かなうように努力するからだ。
あのひとは、会いたいを「会おう」にかえる行動力がある。
その優しさと余裕は、かなり深い。
海よりも深いかどうかは、浅い私にはわからないが、きっとロトルア湖よりは必ず深いと思う。
その深さを度量という言葉で計るなら、あのひとに比べたら私なんて春の小川よりも浅い。
だから、ロトルア湖にあこがれるのだ。
最初、実はあのひとがこわかった。
なんでもこなす、ばりばり仕事もしている、求心力のある、姉御肌。
どのブログをみにいっても、あのひとのコメントがあった。
日本で仕事をしていたときに、ちょっと苦手だった先輩女子みたいな人の中心にならないと気がすまないようなひとなのではないかと危惧していた自分のおろかさが、今になって思えばあほらしい。
人の中心でないと気がすまないのではなく、あのひとは、気がつくとみんなの中心となっているのだ。
みんなが周りに集まってくるから。
あのひとのそばにいると心地よいから。
あのひとがくれる優しさがうれしいから。
時々みせるちょっとおとぼけなところが、かわいいから。
自然にあのひとは、中心になっている。
みんなあのひとが大好き。
それぞれいろんな問題や悩みをかかえて生きていて、それぞれの生活で誠意一杯一だけど、他人のことも少し思ってみよう。他人のために自分の時間とお金と労力をできる範囲でつかってみよう、ともだちだから。
ともだちになれたから。
そんなふうに思えるようになったのは、あのひとがそうしているから。
それも自然に。
だから、あのひとにあこがれる。
あのひとが、好きだ。
あのひとは、今、ブログを休んでいる。
みんな待っている。
あのひとがまた季節の花のことやお昼に食堂で食べたものや日常のいろいろを聞きたいから。
あのひとのあたたかいコメントがほしいから。
あのひとと、軽妙にかけあいをしたいから。
みんな待っている。
その気持ちが届け。
そんな気持ちが固まってあのひとの助けになれ。
無力な私はそう願うのみ。
「庭でとれた梅でつけた梅干です。ちょっとしみができたけど、味はいいよ。」と優しさの小包が届いた。
きっと日本中に届いているのだろう。
すごいひとだ。
こんなときでも優しいんですね、あなたは。
「写楽ちゃん、きっとびっくりするよー。びっくりさせてあげてー。」と写楽の大好きキャラクターのチョコも一緒に。
アンパンマンのにこにこ笑顔が、なぜかにじむ。
くれぐれも身体には気をつけてください。
いつでもあなたは私のあこがれのひとです。

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