ニュージーランドでは、公園の遊具のあるところには、子供が怪我をしない工夫がなされている。
例えば、この公園では地面がゴムシートになっている。
衝撃を吸収するようにできていて、歩いてもひざに優しい。
また、この湖のほとりの公園には、木のチップがまかれていた。
このように、子供は思い切りこけるものであるが、
そういえば、公園でこけてもあまり怪我したことないな。
写真を撮ってるひまがあったら抱き起こせって?
写楽は泣きもせずにこのあと自分でちゃんと立ち上がり、チップだらけになった服を手で払っていた。
学校の校庭もほとんどが芝生敷きなので、怪我をしない。
写楽の場合、家の中で走り回って傷をつくるほうが多いかもしれない。
走って壁に激突したんこぶができるとか、窓枠にのぼって床におち、椅子にぶつけて青たんができるとか。
日本の学校は、土のグラウンドがほとんどやったよね?
私も小学校の校庭でこけて、ひざをすりむいたこと多々。
そういえば幼い頃は、常にひざ小僧にかさぶたがあった。
写楽は、私が子供の頃に比べて、ひざに怪我をする頻度が少ないように思う。
それは、きっと公園のチップや芝生のグラウンドのおかげなのだろう。
ラグビーフィールドももちろんほとんど天然芝である。
こけても痛くないから思い切ってタックルできる。こけても怪我しないからこけることを恐れず全力で走れる。
それゆえ、ニュージーランドのラグビー選手は強くなるのかもしれない。
年末に日本に帰ったとき、冬だったせいもあるが、青々とした芝生はほとんどはえていなかった。また、たまに芝生が植えてあっても、「芝生にはいらないでください」と注意書きしてあるところがほとんど。じゃ、なんのための芝生やのん?見るためか?
都会と田舎の暮らしぶりの違いかもしれない。
でも、私が幼い頃の金沢は田舎だった。いまでも大都会ではないが。
川や野原など遊ぶところはたくさんあった。
犀川のほとりで育った私。
「川は危ないから、かわらで遊んだらだめやよ」と母に言われていた。
でも、遊びたい。
遊び友達が川に行くのに、自分だけ行けないのはいやだ。
当然母にはナイショで川原に行く。
川にもはいる。
川の中で転んでビシャビシャになったパンツを脱いで、三角公園のブランコの柵にかけて乾かしながら遊んだ。
パンツがぬれていると、川にはいったことがばれるからだ。
今思うと、しめっぽいパンツでバレバレだったであろう。
でも、公園も校庭も土のグラウンドだった。
公園でこけると、はいてるタイツが破れて、これもおかんに怒られるので、「犬にかまれた」とウソをついたら、オカンが大騒ぎした。
「どこでかまれた?狂犬病になったらどうしよ?大丈夫か?」と。
犬にかまれたのはウソでホンマはこけたというと、嘘をついたことでまたしかられた。
街の中に芝生は少なかったなあ。
写楽が大きくなったとき、彼女は故郷の光景として、青々とした芝生がどこまでも続く原っぱや、ブランコの下のチップを思い出すのかな。
原風景、大事なものかもしれない。
私の原風景は、犀川のほとりのあの町だ。
土のにおいとさびの鉄っぽいにおいと、川原のじゃりじゃりと石をふむ音とともに。

0